小林弘人氏 (インフォバーン代表取締役CEO)
斉藤 徹氏 (ループス・コミュニケーションズ代表取締役)
シェア住居に住んだり、カーシェアリングを利用したり、「シェア」するライフスタイルが社会に定着しつつある。一方、会員の間でモノの貸し借りができるシェアリング・サービス「シェアモ」が終了。トラブルを克服するために実名ソーシャルメディア「フェイスブック」に期待が寄せられる。ソーシャルメディアはどこまで社会変革の推進力になれるのか、IT化の黎明期からオンライン・コミュニケーションをリードしてきた小林弘人氏と斉藤徹氏に聞いた。
(注)この記事は、「環境会議」2011年秋号(9月5日発売、宣伝会議発行)に掲載されたものです。
近代化以前は「シェア」が当たり前だった
――日本では根付かないと言われていた「シェア」するライフスタイルが、子育て世代のコミュニティや若い世代を中心に、急速に拡がってきています。この傾向をどのように見ていますか。
小林 講演やセミナーでもよく聞かれますが、「日本では…」という日本特殊論はちょっと違う気がします。高度経済成長や80年代バブル期を経て育った僕らの世代は「大量消費社会の申し子」と言われてきましたが、それは歴史的にはごく最近のことで、もっとさかのぼればシェアすることは当たり前のことだと思いますよ。
斉藤 お父さん世代はシェアに抵抗があるけど、20代の孫とおじいちゃん世代は「シェア」に共感できるんじゃないでしょうか。長屋に住んで井戸を一緒に使い、近所の人がみんな同じ銭湯に通っていた時代はそんなに遠い昔のことでもないわけですから。
小林 いまは経済のダウントレンド(下降傾向)が「買う(所有)よりシェア(共有)」という流れを後押ししているところもありますが、それ以前から「大量消費にうんざり」してしまった人も多く、インターネットやソーシャルメディアは、そういう思いを持った人をつないでいます。余っているところから足りないところにモノを流して均衡させ、資源やエネルギーのムダを減らしていくことはソーシャルメディアが提供する新しいソリューションといってもいいでしょう。
斉藤 日本人が “特殊”とは思いませんが、欧米人と比べて少し違うとすれば、ムラ社会から都市化して、生産手段も家内制手工業から近代化して大量生産の時代になるまで、短期間で進んだ点でしょう。そのあいだにムラ社会の緊密な人と人とのつながりも急速に希薄化しましたが、 21世紀に入って今度はインターネットやソーシャルメディアを介して世界とつながっていく時代になりました。
小林 いま若い世代はWebのコミュニティを介して、子ども服やおもちゃを貸し借りしたり、休日にはカーシェアのクルマで出かけたりしてどんどんシェアに抵抗感がなくなってきているでしょう。
斉藤 フェイスブックCEOのマーク・ザッカーバーグが言っているのは、シェアされる情報の量が圧倒的に増えていること。それによって世界の透明性が高まるということです。実際、1人の人がシェアする情報量は2004年と比べて8倍に増えていると言われています。これからも同じようなペースで増えていくと人と人とのつながりが広く、濃くなっていきますよね。
理由は簡単で、シェアすると楽しいから。いらないものがあれば誰かに使ってもらう、面白いアイデアがあれば友達に伝える、それだけで楽しい。欧米と比べると、日本は少し遅れている面もあるけれど、この世界的な流れはもう止まらないでしょう。
いまは「つながり」を取り戻す時代のターニングポイント
こばやし・ひろと
1992年同朋舎出版に入社。1994年、米インター
ネット雑誌「WIRED」の日本版、「ワイアード」を
創刊、編集長。1998年インフォバーン設立。
月刊誌「サイゾー」を創刊、編集長(2007年に事
業売却)。2003年、著名人ブログのプロデュース
に携わり、『眞鍋かをりのココだけの話』『がなり
説法』がベストセラーに。2004年、元マイクロソフ
ト・ジャパン社長の成毛眞氏と共に「出版バ
リューマネジメント研究会」を創設。2005年、総務
省・内閣府のコンテンツ政策委員就任。2010年、
東京大学大学院情報学環教育部で非常勤講師
として「メディア産業論」を教える著書『新世紀メ
ディア論―新聞・雑誌が死ぬ前に』(バジリコ)、
監修・解説書に『シェア〈共有〉からビジネスを生
み出す新戦略』(NHK出版)『フリー〈無料〉から
お金を生みだす新戦略』(NHK出版)などがある。
――若い世代でもモノがないと不安な人やモノがあっても満たされない人がいます。そういう心の隙間に「シェア」はどんな変化をもたらすのでしょうか。
小林 それはお金って何なのかという問いでもあります。グローバル化が進む一方で、所得格差や社会不安はさらに拡大しています。幸福になるはずが、そうではない現実があります。そこで、シェアというのは、孤独化してしまった社会の揺り戻しとしてコミュニティ回帰への流れなのではないでしょうか。
僕がブログを書きはじめた頃よく聞かれたのは「情報共有する意味って何?」「目的は?」「メリットは?」「いくら儲かるの?」。でも、シェアすることに目的もメリットも必要ない。「マズローの欲求五段階説」でいわれるようにシェアしたり、人とのつながりを確認し合ったりするのは人間の欲求のひとつです。
斉藤 リーマンショック以降の景気後退も大きく影響していると思います。共産主義国が倒れてから20年近く、アメリカ資本主義が独り勝ちしてきたところで2008年に金融危機になり、価値観が変わらざるを得なくなった。
小林 加えて2001年の米同時多発テロ(9.11)も大きなインパクトがありました。あのとき「アメリカはこんなに世界から憎まれていたのか!」と驚くと同時に、心のつながりを取り戻そうとする動きが加速したのではないでしょうか。
斉藤 日本では3.11東日本大震災が大きなターニングポイントです。結婚相談所のオーネット登録者が震災後に5倍に増えたそうです。人とのつながりをもつことは生物としての種の保存の法則なのかもしれませんね。
小林 シェアハウスに住む人たちが日本でも増えているというのも、つながりを取り戻す潮流のひとつということでしょうけれども、共有において国を問わず大事なのは信用の可視化です。海外の「エアビーアンドビー」や「カウチサーフィン」のような余剰スペースをレンタルするサービスでも登録には既存会員からの紹介や本人確認が条件になっていて、これまでの取引に対する他者評価を確認できる仕組みになっています。
斉藤 アマゾンやヤフオクでは中古品の出品者の評価を確認できることがポイントですが、住居をシェアする場合も同じように、ピア(仲間)の評価が求められるわけですね。 (次ページへ続く)
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