「一流の書き手を目指すなら、仕事を頼まれる理由を持つこと」――直木賞作家・池井戸潤氏に聞く(『編集会議』秋号より)

日本の工場技術や職人魂を描いた小説「下町ロケット」で直木賞を受賞した池井戸潤氏。銀行員の経験をもとに、ライターの仕事を経て小説家となった。池井戸氏に、作家になった経緯や小説への思いについて聞いた。

(注)この記事は、『編集会議』2011年秋号「書く仕事で生きていく」特集内のインタビュー記事を抜粋したものです。

最初の壁

いけいど・じゅん 小説家、1963年、岐阜県生まれ。三菱銀行(当時)を経て独立。96年『銀行取扱説明書』(中経出版)でデビュー。コンサルタント業のかたわら金融系のビジネス書を精力的に執筆。98年、一作目の小説となる『果つる底なき』で第44回江戸川乱歩賞受賞。10年『鉄の骨』で吉川英治文学新人賞受賞。11年、大企業に挑む中小企業の人間ドラマを描いた『下町ロケット』で第145回直木賞受賞、ドラマ化も決定。

作家になろうと思って銀行を辞めたわけじゃないんです。最初は、IT関連の会社を立ち上げるために独立しました。いざ事業を始めてみると、結構、大変。独立すればもう少し楽ができると思ってたのに、完全にアテが外れた感じでした。このままじゃまずいと思って、自分の強みは何なのか、必死で考えたんですよ。即座に出て来た答えが「お金の貸し借りに関する知識」と「書くこと」の二つだったんです。

とにかく一度書いてみようと思い、銀行から資金調達を考えている経営者に向け「お金の借り方」のノウハウを指南する原稿を書き、出版社に持ち込みました。原稿の評判もよく、最終的に別の出版社を紹介してもらって、『銀行取扱説明書』という本になりました。

これがきっかけで他社からも声が掛かる様になり、二年間で10冊ほどの金融関係の実務書を手掛けることになったんです。ライターの仕事も入ってきたので、二年目以降は銀行員時代の収入を上回ることができました。

ただ、この手の本は、新しい企画をどんどん考えて行かないといけない。それがすごく大変なんです。この時ぶち当たったのが「企画の壁」で、このまま行くとまたどこかで行き詰まると実感しました。もっと自由に書ける場所はないかと考え、江戸川乱歩賞に作品を出すようになりました。幸い二年目で受賞し、ビジネス書のライターから作家に転身することができたのです。

ストーリーは登場人物に任せる

自分の本で好きな作品を聞かれたら『BT’63』と『シャイロックの子供たち』のふたつを挙げますね。この作品の頃に、“ひとの書き方”がわかったんです。デビュー当時は、最初にしっかりと構想し、プロット通りに物語を進める書き方をしていました。

ただ、このやり方だと、どうしても予定調和というか、人物に深みが出ない。作家の立てたプロットに沿って、都合良く登場人物を動かしたり発言させてしまう。ここに読者がギャップを感じると、物語に感情移入できなくなるんです。だからあえて、プロットに縛られない書き方を試したんです。

『BT’63』を書いてる時に何となく気づいて、『シャイロックの子供たち』では気づいたことを実際に小説にしてみた。書く段階で登場人物の心情になって行動し発言するんです。『空飛ぶタイヤ』では細かいことはほとんど決めずに、登場人物に任せるつもりで物語を進めていったんです。 1000枚を超える小説で失敗したら大変なので、すごく勇気のいることでした。

結果的に、作品の中に登場人物それぞれの伝記が流れているような人間ドラマを描くことが出来ました。 まさしく『下町ロケット』の原点となる書き方です。

読者にとっては、端役の登場人物であっても、人格を持った「ひと」なんですね。それぞれに人生があり、悩みや葛藤を抱えて生きている。主人公を困らせる憎まれ役にも、会社での立場があって、自分の生活を守るために本心ではないことも黙々とやっている。

登場人物の人生を理解し、作者が登場人物を「ひと」としての敬意を払っているかというところに、すべての答えがあるのです。

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