魅惑的なイタリア人が外国人を引きつける
こんなことを書いたら怒られそうですが、私のいる職場の人も含め、ローマにいる外国人の多くがローマに最初に来た理由として「イタリア人の恋人」を挙げます。北のミラノが商業のメッカだとすると、ローマは政治や外交の中心地。ここで働く外国人のほとんどは国連職員や外交官など行政関係者で数年の赴任でやってくる人、もしくは欧州内の他の国から来た短期契約で働くコンサルタントです。クリエイティブ関連のデザイナー、フリーライターなどで外国から来た人は後者の短期契約の人が多いです。こうした外国人にイタリア来訪の理由を聞いてみると「イタリア人の恋人」という答えの多いこと!
今日のコラムに登場するカート・ワグナー氏もそんな一人です。「アメリカでフリーのクリエイティブの仕事がそれなりに成功しはじめた矢先だったんだよ。イタリア人のダンサーと恋に落ちてね。クライアントに6カ月ほどイタリアに休暇もかねて行ってくる、戻ったらまた仕事を回してね、と約束してイタリアに来たのが3年半前さ」と振り返るカート氏。彼はうちのチームのプロジェクトにも何度も参加している凄腕デザイナーです。自分の会社を経営しており、何名ものお抱えデザイナーもいる彼がローマにきた理由もやっぱり「イタリア人の恋人」だったのです。
「ダンサーだった彼女について6カ月ほどイタリア各地を旅したんだ。いい経験だったね。破局したときはアメリカに戻ろうと思ったよ」。しかし、せっかくイタリアに来たんだからローマでデザインの腕を試してみては、と知り合ったイタリア人やアメリカ人の友達に説得されて残る決心をしたそうです。
厳しい南イタリアのクリエイティブ業界事情
「ローマで事業を興すのは至難の技だと思う。ましてやイタリア語もできないアメリカ人がクリエイティブをひっさげてお客回りするなんて、とイタリアの友人は皆驚いていたよ。最初の3年はほとんど仕事がなくて、しかもはじめの3件のプロジェクトはクライアントが『気に入らない』と文句をつけてフィーも貰えなかった」と苦労話を教えてくれました。イタリアは作品を見せてからお客にお金を払ってもらうという商習慣のため、カート氏はそこからアメリカ式への変更を提案するようになります。
「イタリアってデザイン大国というイメージがあるかもしれないけれど、フェラーリ、フェンディ、フェラガモなどの一流ブランドは北イタリアの一部のクリエイティブの仕事の成果。上部10%を除けば、イタリアのクリエイティブ業界は発展途上もいいところ」と厳しいコメント。「ローマのデザイナーやクリエイティブ関係者の8割ぐらいが自宅で細々と仕事をしているのが現状で、コミュニティらしきものも成熟していない」など現状を話してくれました。
「道を歩けば分かるけど、街中の広告やウィンドウなども、プリミティブなものが多いでしょう? 厳しいクリエイティブの事情の現れだよ」と言います。うーん、確かにテレビCMなんかもちょっとレトロな雰囲気だったり、ひねりがない表現が多いかもしれません。
海を超えて広がるクリエイティブを目指して
それでもイタリアにいるのはなぜ?と聞くと、転機について語ってくれました。「3年前の年末、クリスマスを目前に控えたころ、仕事も来ない、社員の給与も払えない苦しい状況に追い込まれたんだ。思いつめて、外に散歩に出て頭を冷やすことにした。それで、2月まで待って何もなければ今度こそアメリカに帰ろうと決心したんだ」。しかし転機は次の日に訪れたというのです。
「突然マイクロソフト社とFAO(国際連合食糧農業機関)から電話がかかってきて大掛かりなプロジェクトを任されたんだよ」。24時間で運命は様変わり。それ以来順調に仕事が続いているといいます。「特に国際機関相手の仕事の場合、英語ができるということが有利に働くみたい。おかげさまで楽しくエキサイティングなプロジェクトに沢山携われているよ。特にFAOのプロジェクトは、難しかったり、テクニカルなコンセプトをクリエイティブの力を使っていかに一般の人に伝えるかが勝負なので、楽しいよ」と仕事のやりがいを語ってくれます。カート氏いわく、最近ではポップなイラストを駆使したキャパシティディベロップメント(能力開発)の広報キャンペーンがとても記念に残る仕事だったそうです。
カートの経営するクリエイティブ集団の名前はスキップロック、直訳すると「飛ぶ岩」です。湖の多いミネソタで育った少年時代、水面に石を投げて遠くまで飛ばして遊んだ思い出から発想したそうです。「アメリカからローマに来て、大西洋を飛び越えながら様々な場所のクリエイターやデザイナーと一緒に仕事をしているし、海を超えて広がるクリエイティブの力を信じてっていう意味をこめたんだ」。苦しい時代を経験しながらも、エキサイティングなプロジェクトを次々生み出す彼のチームと一緒に仕事ができるのは恵まれていると感じます。今後もぜひ頑張っていって欲しいです。
山下 亜仁香「ローマで働く 駆け出し国連職員の日常」バックナンバー
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