「ステルスマーケティング」と「マーケティング」の25の境界線を戦略広報の視点で考える

ぬえ

鵺(ぬえ)は日本で伝承される妖怪や物の怪である。この意が転じて、得体の知れない人物をいう場合もある。

こんにちは。片岡英彦です。第8回目は、予定を変更して「今が旬」の話題、「ステルスマーケティング」(以下、STM)について25の視点で考えてみたいと思います(STMは私の勝手な造語です)。

STMの定義は一般に「宣伝と気づかれないように宣伝行為をすること」とされています。しかし、STMについての議論の多くは抽象的で、「建前」と「原則論」が多いような気がします。消費者が「宣伝と気づかない」とは具体的にはどういうことなのか!? なぜ企業はSTMを行うのか?

STMに好んで予算を使いたい経営者や宣伝・広報担当者はいません。一方で、宣伝・広報の「アイデア」や、「作業」に多くの予算を使いたいわけではありません。「結果」に対してそれに見合う予算を使いたいのです。

かつてに比べて純広告の効果が薄れてきていると言われています。その理由や真偽についてはここでは触れませんが、なぜ経営者や宣伝担当者(時に代理店の人)は「宣伝ときづかれないように」したいと思うのかを考えることも重要です。

ここから先は全てが「架空のストーリー」です。「STM」と「マーケティング」や「戦略広報」の境目がいったいどこにあるのか、一人一人の方が考え、議論するお役に少しでも立てばと思います。

架空のストーリー

あるお菓子メーカーが新商品の無料サンプリングを屋外イベントとして行いました。

  1. 最初に試食品を配ったお客さんに、配布スタッフが「おいしいですか?」と感想を伺いました。お客さんは「おいしいです」と答えました。「人が人を呼び」他のお客さんが集まってきます。(何か問題ありますか?)
  2. 集まった他のお客さんたちにも試食品を配りました。スタッフが「おいしいですか?」と伺いました。多くの方々が「おいしいです」と答えました。試食イベントは盛り上がります。(何か問題ありますか?)
  3. 雑誌の編集タイアップページ(有料)や、地方局のインフォマーシャル枠の取材を予定していました。会場には数社の週刊誌のライターとカメラマン、ローカル局のテレビカメラなどが合流し、ますます賑わってきました。(何か問題ありますか?)
  4. あるスタッフが、集まったお客さんたちに「家に帰ったらブログに試食の感想を書いてくださいね」とお願いしました。雑誌のライターには「おいしそうに記事を書いてください」と頼み、テレビ局のクルーには「おいしそうに撮影してください」と頼みました。(何か問題ありますか?)
  5. 集まったお客さんに「ブログに書いてくれるようでしたら、もう1個持って帰ってください」と試食品をもう1個ずつ配りました。記載内容を誘導するような指示はしませんでした。(何か問題ありますか?)
  6. 3人の「カリスマブロガー」(A氏、B氏、C氏)が通りかかりました。スタッフが3人に声をかけ「試食品10個お渡しするのでブログに感想を書いて頂けますか?」と頼みました。(何か問題ありますか?)
  7. 有名タレント(D氏)も通りかかりました。「ギャラを払うのでテレビ番組で『おいしい』って言ってください」と頼みました。(何か問題ありますか?)
  8. カリスマブロガーAは、自分のブログに「おいしい」と感想を書きました。本当に「おいしい」と思ったからです。(何か問題ありますか?)
  9. カリスマブロガーBは、内容について指示がなかったので、自分が思った通りに「まずい」と書きました。(何か問題ありますか?)
  10. カリスマブロガーCは、「おいしくない」と思いましたが、試食品を10個もらいましたし、社員に知り合いもいるので気をきかせて「おいしい」と書きました。(何か問題ありますか?)
  11. 有名タレントDは、この商品に関して「おいしい」と本当に思ったので、ゲスト出演したテレビの人気番組で「おいしい」とコメントしました。試食品をもらった事実も(明示)話しました。この件ではメーカーから直接「ギャランティ」は受け取っていません。番組出演料は番組制作会社からもらいました。(何か問題ありますか?)
  12. 有名タレントDは、このメーカーと3000万円の年間CM契約を結んでいました。(何か問題ありますか?)
  13. この人気テレビ番組はこのお菓子メーカーの一社提供番組でした。(何か問題ありますか?)
  14. やがて会場は人だかりができました。近くのホールに記者会見の取材に来ていたテレビ局の経済部の記者がこの人だかりは「何だろう?」と興味を持ちました。試食品を食べたところ、おいしかったので、その日のニュース番組で「おいしい」と報道しました。(何か問題ありますか?)
  15. この記者が取材した「記者会見」は、実はこのお菓子メーカーの決算発表でした。このメーカーは自社の会見に報道関係者が集まることを想定していて、消費者向けの無料サンプリングを実施したのです。ニュース番組内でサンプリングイベントの様子、参加者の「おいしい」というコメントが報道されました。この報道に関して「広告料」は発生していません。(何か問題ありますか?)
  16. この放送局は、このお菓子メーカーから年間で10億円ほどの広告収入を毎年得ていました。決算発表会にはいわゆる「営業要請」で営業部の社員も出席していました。記者会見後、営業部員たちも試食品を貰いイベントに参加し、この場にいました。(何か問題ありますか?)
  17. 雑誌社の編集タイアップページと地方局にインフォマーシャルの内容については、このメーカーは事前にチェックを行いました。ブロガーが書く記事は事前にチェックはしませんでした。(何か問題ありますか?)
  18. 「インセンティブを得ていることを明示しないと倫理上の問題がある」との助言があり、やはりブログの記事も事前にチェックすることになりました。試食品を貰ったことが「明示」されているかどうか全て代理店とイベント運営会社が確認し、「明示」がない場合は、「明示」をするようにと、ブロガーに「具体的指示」を与えました。(「コントロールしない」のと「コントロールする」のと、結局、どちらが問題なのでしょうか。)
  19. このイベントで、一番、最初に試食品をもらい「おいしい」と答えた顧客が、実は、このメーカーの社員だったことが判明しました。この日、この社員は代休を取得していて、偶然、この近辺でショッピングをしていたのでイベントに立ち寄ってみたそうです。(何か問題ありますか?)
  20. この社員がテレビ報道に映ってしまいました。 Twitterに「集まった顧客の中に社員がいる」と書き込まれ、ネット上で「やらせ」だと「炎上」しました。(代休で、偶然この場にプライベートで来ただけだったとしたら、何か問題ありますか?)
  21. ネット上での炎上がマスメディアでも報道されました。このメーカーはメディア各社に対して、この件は「誤解なので報道しないように」とお願いしました。(何か問題ありますか?)
  22. このメーカーはマスメディア各社に対して「もし報道したら、今後、CM出稿や番組提供を差し控える」と報道自粛を要請しました。その結果、報道を自粛した放送局がありました。(何か問題ありますか?)
  23. 何社かがそれでも報道しました。ところが、テレビでの商品の露出が増加した結果、予想以上に多くの人がこの商品を購入しました。値段の割に「おいしい」と「クチコミ」で評判になり、結果的には大ヒット商品になりました。(何か問題ありますか?)
  24. 代休を取得中に「偶然」この会場に立ち寄って試食をし、炎上の原因になった社員は、実はこの新商品の宣伝責任者でした。「炎上」も含め、全て意図して行った「仕込み」でした。ただし、この日、勤務表上の「代休」を取得していたのは事実でした。(何か問題ありますか?)
  25. そのお菓子メーカーは、新商品の売上の1%を、恵まれない子供たちにクリスマスにケーキを贈る活動に寄附する取り決めをしていました。多くの批判もありましたが、以降、毎年、約1000万円がこの支援活動の資金となっています。(何か問題ありますか?)

クライアントが飲食店のオーナーであれ、大企業のマーケティング担当者であれ、STMより効果的(効率的)な提案があれば、そちらを選択します。STMを選択する余地(誘惑)が生まれるのは、STMよりも安価で効果的なマーケティング(PR)プランが、このクライアントに提案されていないからだと思います。

一般に「広報」は「信頼性」と「コスト」には強みを持ちます。一方、「確実性」や「再現性」に弱みがあります。「戦略広報」的アプローチで、この弱点を補うこともできますが、それでもやはり「広がり」(露出量)の担保という点で不安が残ることがよくあります。

もちろん反対意見もあるでしょうが、私が戦略広報で失敗した時の原因を突き詰めていくと、多くは「露出量の不足」(Critical Mass/クリティカルマスに達しない)に行き着きます。最もクライアントに対しては、「失敗の理由」は「切り口(テーマ)設定」が良くなかったと報告されるかもしれません。(クライアントが事前に承認するのは「切り口」についてであって「露出量」ではないですから。)

しかし、実際には「露出量」(企画書上は努力目標)が不足したことが本当の原因であることの方が多いと思っています。そして事前に「露出量」が不足するのではないかと不安を感じる「嗅覚」(メディアインサイト)を持っていますと、最低限の露出量を何とか担保したいと考えるのです。そして露出量の担保のために「ペイド」的な発想を入れようとします。そこにSTMの誘惑(危険性)が生まれる落とし穴があります(戦略広報の視点からSTMに陥る可能性)。

一方、「純広告」(マスマーケティング)からのアプローチの場合、「信頼性」(信憑性・説得力)という弱点がどうしても残ります。企業が自ら発する情報(手前味噌)だからです。これらを補強する手法として「記事広告」「編集タイアップ」(メディアタイアップ)もあります。

しかし「純広」と同じ「広がり」(露出量)を期待しますと、「手離れが悪い」「コストが高い」「客観報道ほどの信頼性はない」など課題が残ります(もちろん、代理店のマージンが薄くなることなども考えられます)。

また、(比較的)「安価」で、「信頼性」(信憑性・説得力)のあるコミュニケーション手法として「人をメディア」として活用する「バズマーケティング」からのアプローチもありますが、今度は「確実性」を担保することが難しくなります。「クチコミ」はコントロールすることはできないからです。この「クチコミ」を無理にコントロールしようとすることに「STM」の誘惑(危険性)が生まれる落とし穴があります(バズマーケティングの視点からSTMに陥る可能性)。

宣伝(マスマーケティング)もクチコミ(バズマーケティング)も決して悪いものではありません。しかし、仮に「純広告」が効かなくなってきているのだとするならば、本来は何らかの解決策が提案されていなければなりません。この提案がなされず「課題」だけが残っているのが現状です。その「鵺」(ぬえ)のような存在がSTMなのだと、私は思っています。

せっかく商品やサービスがよいものなのに、「宣伝力」が弱くて結局、顧客に認知させられず、メリットを訴求できない(顧客がアクションを起こさない)ケースが多くあります。STMの話題をマスメディア(純広メディア)が、よく他人事(ネットの世界の悪しき出来事)であるかのように「報道」しますが、この問題はネットメディアだけではなく「広告」を得る全てのメディアに関係することは言うまでもありません。

STMを批判するのは簡単ですが、いくら批判をしてもマーケティング(PR)の「課題」は残ります。そろそろ批判ではなく課題の「解決策」を提案していくことが大切なのではないでしょうか。

Never up, never in
届かなければ入らない(トム・モリス/プロゴルファー)

来週は、ジャニーズ事務所と吉本興業の「二次使用」について戦略広報の視点で考えます。

それではみなさま。また来週。

片岡英彦「片岡英彦のMPR(Marketing PR)な人々」バックナンバー

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片岡 英彦[コミュニケーション・プロデューサー/片岡英彦事務所代表]
片岡 英彦[コミュニケーション・プロデューサー/片岡英彦事務所代表]

1970年9月6日 東京生まれ神奈川育ち。京都大学卒業後、日本テレビ入社。報道記者として「阪神・淡路大震災」や「オウム事件」の取材を、宣伝プロデューサーとして「電波少年」「伊東家の食卓」「箱根駅伝」等を担当。2001年アップルコンピュータ株式会社のコミュニケーションマネージャー。MTVジャパン広報部長を経て、2006年日本マクドナルドマーケティングPR部長。ミクシィのエグゼクティブプロデューサーの後、2011年「片岡英彦事務所」を設立。企業のマーケティング支援活動の他、フランス・パリに本部を持つ国際NGO「世界の医療団」の広報責任者を務める。マガジンハウス/Webダカーポでインタビューコラム「片岡英彦のNGOな人々」を連載中。

片岡 英彦[コミュニケーション・プロデューサー/片岡英彦事務所代表]

1970年9月6日 東京生まれ神奈川育ち。京都大学卒業後、日本テレビ入社。報道記者として「阪神・淡路大震災」や「オウム事件」の取材を、宣伝プロデューサーとして「電波少年」「伊東家の食卓」「箱根駅伝」等を担当。2001年アップルコンピュータ株式会社のコミュニケーションマネージャー。MTVジャパン広報部長を経て、2006年日本マクドナルドマーケティングPR部長。ミクシィのエグゼクティブプロデューサーの後、2011年「片岡英彦事務所」を設立。企業のマーケティング支援活動の他、フランス・パリに本部を持つ国際NGO「世界の医療団」の広報責任者を務める。マガジンハウス/Webダカーポでインタビューコラム「片岡英彦のNGOな人々」を連載中。

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