ブレイクスルー20分前。ケトル沸騰の瞬間

会社を立ち上げてよかったなあと思うことのひとつは、やったことのないことに怖がらずに踏み出せるようになったことです。

実は、あんまり人に話したことはないんですが、僕はケトルをつくる直前に一日だけものすごく不安な気持ちに陥ったことがあるんです。
会社名や体制の青写真もできて、いざ具体的に動き出そうという段になったときでした。こんな会社作って本当にうまくいくのだろうか。そんな不安が突然むくむくとこみあげてきたのです。言葉では言い表せないイヤーな気持ちです。今までイケイケで準備してきた分、それまで封じ込めていたものが一気に噴出したのかもしれません。

ちょうど休日だったのですが、ひとりでドーンと落ちてしまったので、誰かと話さなきゃと思って古くからの親友に電話しました。彼は車を飛ばしてすぐ僕の家に来てくれ、僕にこう言ってくれたのです。

「世界一周に出る前の日の自分を思い出しなよ」
その瞬間、そのモヤモヤは、ぱっとなくなりました。
それ以来、その日に味わった不安は二度とやってきませんでした。
不思議な体験です。

世界一周旅行に旅立ったのは、大学3年生明けでした。
バイトでためたお金と借金で、休学してバッグパック背負って世界一周旅行に出かける決意をしたはいいけど、直前になってすごく不安になったのです。
お金が足りなくなったらどうしようとか、病気になってのたれ死んだらどうしようとか、帰国して友達もいなくて就職もできなかったらどうしようとか、不安は一度吹き出すとどんどん連鎖するものなのです。
でもその時は、そんな不安を無視して1年間の旅に旅立ちました。旅の途中では、暴漢に襲われたり、戦争が始まったり、病気にもなったりいろんなピンチがありましたが、人生二度とはない貴重な経験を得て帰ってきました。

「不安が大きければ大きいほど、乗り越えたときに得るものは大きい」
親友から世界一周の話を聞いたとき、僕はそのことを思い出したんだと思います。

TCC年鑑に出稿したケトルの純広。制作:船木研。この広告は、コピーライターを募集しているのでしょうか?それとも募集していないのでしょうか?

さて、ケトルは「手口ニュートラル」というコンセプトでスタートしました。
得意先や社会の課題を解決するために、あらゆるコミュニケーションの手口を、従来のメディアやフレームにとらわれずニュートラルに発想して、本当に効くことをやろうという考え方です。

ここ数年で、「戦略をつくってください」とか「表現をつくってください」といったフレームがある相談がぐっと減った一方、「難しい課題を解決して欲しい」といったフレームのない相談がぐっと増えたと思います。伸び盛りな市場が減り、予算潤沢な仕事が減り、物欲旺盛な顧客が減った結果でしょう。今までのパターン思考では対応できない仕事が増えたのだと思います。

ケトルでは、設立当初からそんな「パターン思考では通用しない難題」を「手口ニュートラル」で解決する仕事が多かったので、当然、自分がやったことのないことや、前例のないことに挑戦しなくてはならなくなることが多い。
ところが、そういう時には必ず大きな不安がやってくるのです。
失敗する不安、期待を裏切る不安、プライドが傷つく不安。
何かの分野で実力が認められている優秀な職人タイプの人ほど、新しい領域に恐怖を感じるものだと思います。

この不安をどうすれば乗り越えられるのか。
その秘密は「手口ニュートラル」の奥にあるスピリットにあります。
それは、
「どんな難しい課題にも必ず鮮やかな解決策があるのだ」
という楽観的で能天気な思い込み。
新しい手口はどこかに見つかると自分に言い聞かせて信じ込める自己暗示の力。
これがケトル流のプランニング哲学だと思っています。

そもそもクリエイティブやプランニングの仕事は、不安の中で何かを生み出す仕事。オリエンを受けた瞬間に抜けたアイデアがピーンと浮かぶこともありますが、プレゼン直前になっても抜けないときには、ものすごい不安になります。

何年か前、ケトル全員でのぞんだある大きな仕事でこんなことがありました。
ケトルらしい斬新な提案をしようと志高く打ち合わせを重ねたものの、プレゼン直前になってもさっぱりいい案が出ない。
行き詰まった深夜の打ち合わせ。全員無言で暗い顔。

「うーん、完全に迷宮入りした感あるよね」
「やばいな、今日見えないとプレゼンできないんじゃない」
「でもこのまま掘っても答えはないよね」
おっと、みんな不安なまなざしで一斉に僕を見ているではないか。
「どうしようか」
俺はちらりと営業さんの方を見る。すると彼らはその何倍も不安そうなまなざしで僕をじっと見つめている。
あー、不安と不安のはさみあげだー。もうだめー。

母さん、わたしの才能もついに枯渇してしまいました。
いや、おれら、ちょっくら志が高すぎたんだべ。
もう普通の男の子に戻って普通のプランニングをしたーい(涙)。

そんな風に弱気になるとつい、
「じゃ、前に自分たちがやったアレを焼きなおそう」とか
「じゃ、他の人がやったアレと同じことをやろう」とか
「じゃ、自分の得意な専門領域でなんとか乗り切ろう」とか
「じゃ、ボツ案をリサイクルしてみよう」とか、
そんなポンコツなディレクション欲求に駆られてしまうのではないでしょうか。

でも、その時僕が直観的にひらめいて、とっさに言ったコトバはその真逆でした。
「よーし、なんか見えてきたぞ。大丈夫。みんな、あと20分後に絶対ブレイクスルーするから」
全く出口が見えない中での、根拠のないひとりよがりな予告です。
メンバー全員「へ?20分後?まじー?」みたいな顔になりました。

しかし、その瞬間に全員にカチッとスイッチが入ったのです。
「答えがない」と思っていたけど「答えは近くにある」かもしれない。
10分後、ひとりがぼそっと出したあるアイデアをきっかけに、全員がものすごい集中力で次々にアイデアを重ねて重ねてジャジャジャジャーン!
鮮やかな解決策、斬新な手口、ワクワクする具体案、一貫した戦略ストーリー。
これぞブレイクスルー!
驚くべきことに予告通りぴったり20分後でした。
「できた。おれたち天才だべ!」
まさに沸騰の瞬間です。

せっかく志高くプランニングを始めても、追い込まれたときに、前例の焼き直しや自分の得意な専門分野に逃げ込んだら「手口ニュートラル」ではなくなってしまうし、ブレイクスルーの飛距離を縮めてしまいます。

「どんな課題にも必ず鮮やかな解決策がある」
と楽観的に信じ込んで、志を下げない、沸点を下げない。
これが、パターン思考に逃げこみたくなる不安に打ち勝って、世の中を動かすイノベーティブなキャンペーンを生み出す一番のポイントだと思います。

僕は、人間はいろいろな感情を経験することで豊かな人生を送ることができるのだと思っています。だから不安も楽しんだほうがいい。
選挙の季節になると「不安のない社会」という言葉を聞くようになりますが、本当に不安ゼロな世の中は堕落するのではないか。
新しいことを始めるとき、変化を起こすときには不安はつきもの。不安があるから達成のよろこびもあるし、不安の分だけ人は成長できるのだと思います。

不安は達成や成長のエネルギー。僕が旅とケトルで学んだ人生訓です。

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木村 健太郎(博報堂ケトル共同CEO エグゼクティブクリエイティブディレクター/アカウントプランナー)
木村 健太郎(博報堂ケトル共同CEO エグゼクティブクリエイティブディレクター/アカウントプランナー)

1992年博報堂入社。戦略からクリエイティブ、デジタル、PRまで職種領域を越境したスタイルを確立し、2006年、従来の広告手法やプロセスにとらわれない課題解決を提案、実施するクリエイティブエージェンシー博報堂ケトルを設立。AP(アカウントプランナー)とCD(クリエイティブディレクター)の2足のわらじを履く。

ソニーαNEX“Focus Your Love”、KDDI “android au”などのインテグレートキャンペーンや、ソニーBRAVIA “Color Tokyo”、 “Sony Recycle Project JEANS”、Google“未来へのキオク”といった、デジタルやアウトドアを使ったイノベーティブなキャンペーンを得意とする他、サントリー“伊右衛門”のアカウントプランニング、JUJUのミュージックビデオ“Hello Again”や震災被災地向けの“Dear Japan, from Phuket”などの映像作品制作も手がけている。

受賞歴に、カンヌ、クリオ、ワンショウ、D&AD、ロンドン国際、NYフェス、アドフェスト、SPIKES、ACCなど多数。また、カンヌ、クリオ、アドフェスト、ロンドン国際、NYフェスの各国際広告祭でフィルムやインテグレートからデジタルやアウトドアまで多様な部門の審査員経験を持つ。

コミュニケーションデザイン実践講座ほか宣伝会議講師。

twitter ID: tabinokanata
Facebook: http://www.facebook.com/kimurakentaro
Hakuhodo Kettle: http://www.kettle.co.jp/

木村 健太郎(博報堂ケトル共同CEO エグゼクティブクリエイティブディレクター/アカウントプランナー)

1992年博報堂入社。戦略からクリエイティブ、デジタル、PRまで職種領域を越境したスタイルを確立し、2006年、従来の広告手法やプロセスにとらわれない課題解決を提案、実施するクリエイティブエージェンシー博報堂ケトルを設立。AP(アカウントプランナー)とCD(クリエイティブディレクター)の2足のわらじを履く。

ソニーαNEX“Focus Your Love”、KDDI “android au”などのインテグレートキャンペーンや、ソニーBRAVIA “Color Tokyo”、 “Sony Recycle Project JEANS”、Google“未来へのキオク”といった、デジタルやアウトドアを使ったイノベーティブなキャンペーンを得意とする他、サントリー“伊右衛門”のアカウントプランニング、JUJUのミュージックビデオ“Hello Again”や震災被災地向けの“Dear Japan, from Phuket”などの映像作品制作も手がけている。

受賞歴に、カンヌ、クリオ、ワンショウ、D&AD、ロンドン国際、NYフェス、アドフェスト、SPIKES、ACCなど多数。また、カンヌ、クリオ、アドフェスト、ロンドン国際、NYフェスの各国際広告祭でフィルムやインテグレートからデジタルやアウトドアまで多様な部門の審査員経験を持つ。

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