この悪条件下でオバマが競り勝った背景を、マーケティング広報戦略の観点から分析した。
文:埼玉大学教養学部 教授 平林紀子氏
(広報会議2013年1月号より、本稿は加筆掲載。)
夏の広告合戦でも決着はつかず
オバマは、08年の“Change we can believe in.”のような大きなメッセージ、国民を鼓舞する物語で惹きつけるのではなく、“Forward.”という現実的な政策実現の意思と実行力をめぐる選択として、この選挙を意味づけた。
メッセージが強いほど、実現しない時の失望も大きい。その可否を問う国民投票になればオバマは負ける。逆に中間層の利害を守る意思と能力の競争では、日々執務に励む現職大統領の露出の高さや議題設定力を使う「ローズガーデン戦略」に利がある。さらに共和党対立候補ロムニーとの対比を鮮明にするために、反感を生む危険が高く現職は通常避けがちな、ネガティブな“定義論争”を早期に決断していた 。
オバマ側は徹底してロムニーを中間層の敵と性格づけした。庶民の気持ちを理解しない富裕層、税金逃れ、庶民を食い物にした金融界の代表、首切り上手、雇用海外流出の先導者、国民の「47%」を社会保障依存と侮蔑する常識外れという具合である。実際この大統領選では、両陣営と政党、「スーパーPAC」など建前上は独立の外部支持団体を併せて、9億ドルの記録的なテレビ広告費が費やされ、その8割はオハイオ、フロリダ、バージニアなど12の激戦州に集中、しかも全体の9割近くを中傷広告が占めた。陣営間の比較では、オバマは支出額、本数ともに、ロムニーの倍以上を出稿している 。
しかし広告の応酬は飽和状態で、負けないためには必要でも、勝つ決め手にはならない。過去20年間に州ごとの党派色分けが強まり、米国全体では接戦状況でも、州でみれば接戦州の数は減っているからである 。しかもそこでの有権者は両陣営の集中的な働きかけの対象になり、真に説得可能な層は5%程度にとどまる。
“友だち”関係を含む膨大な有権者データ
この層を動かす説得と、既存支持層の確実な動員が勝敗を分ける。オバマのマーケティング広報戦略の最大の焦点は、それを可能にする有権者のメガデータファイルの構築と、行動科学に基づくミクロターゲティングだった。
政党の支持者・献金者・運動員のリストに世論調査、個人の消費行動データを統合したメガファイルをもとに、属性やライフスタイルなど個人の特性と政治行動との関連パターンを読み取り、潜在的支持者の探索やピンポイントの説得動員に使う方法は、共和党ブッシュ政権の主導で02年中間選挙から実用化された。08年選挙でオバマ陣営は、データの収集更新の効率化、説得可能度や支持活動度に従って細分化された層別の訴求と組織化に道を開いた。今回は、前回の課題だったフェイスブックなどSNS上で蓄積された人脈社交情報とのデータ統合に成功し、誰から誰へ、どのピンポイントメッセージを送れば狙う効果が得られるかが一つの流れで行えるようになった。「人を動かすのは人」と知る元地域組織家オバマと、そのモデル化に情熱を注ぐ数字オタクの選対本部長ジム・メッシーナ。外部委託でなく陣営内部に行動科学者集団を擁する点も画期的である。またリベラルな社会工学実験シンクタンクAnalyst Instituteの支援や、大容量データとアプリを動かすアマゾンのクラウドサポートなど、技術投資総額1億ドルを投資した従来の選挙産業の枠を超えた態勢だった。
ちなみにオバマ陣営のミクロターゲティング統合システムは「Narwhal(歯クジラ)」、ミクロターゲット説得用アプリは「Dreamcatcher(ドリームキャッチャー)」、運動員の地上戦用アプリは「Dashboard(ダッシュボード)」という。ロムニー陣営の同様のシステムは、鯨も食い殺す獰猛なシャチ系クジラの「Orca」という名称だが、投票当日に自分の方がクラッシュしたのは皮肉だった。
このほか、10月初旬の第一回候補者討論会の失態、続くロムニーの攻勢の流れを断ち切ったハリケーン「サンディ」への迅速な危機管理対応と報道の注目も、投票日の出口調査結果が示すとおり、オバマに有利に働いたのであろう。
とはいえオバマ戦略の真骨頂は、膨大な個人情報の蓄積とその活用実態の秘密性、計画と計算の精密さにある。技術投資総額1億ドルといわれるその資金の出所は?二年連続でピュリツアー賞を受賞した米国調査報道サイト「プロプブリカ」がいま追跡しているのはそれである 。
※広報会議2013年1月号より、本稿は加筆掲載。