いまだから話せる、あのCMの裏側

『アドタイ・デイズ 2013』に伊藤さん登壇
アドタイ初のリアルイベント。広告界の未来を構想する2日間
テーマ:人を動かす*世の中を動かす言葉

箭内氏とタッグを組んで世に出たCMは30本くらいに及ぶかと思います。もちろん当たったCMもありましたし、オンエア後さっぱり売上に結びつかないものもありました。

「これは、あのCMがあったから売れたな」と実感できたのは、ぶっちゃけ3割くらいでしょうか。

売れないと二人して、へこみました。

少なくともコンテの段階では「これは、おもしろい!」と盛り上がっていたはずが、結局世の中からは受け入れられなかったのですから、その経験、感性をすべて否定された気分です。でも、落ち込むだけじゃなくて、次回以降の対策も冷静に練りました。

氏自身に演出をお願いするようになったのも、「あのコンテのおもしろさを一番理解しているのは、箭内だったんだから、誰かに任せるんじゃなくて監督までやるべきだったんじゃない?」なんていう僕の提案から生まれた改善策です。

3割という数字を聞いて「えっ、そんなに低いの?」なんて感じた方もいらっしゃるかもしれません。でも、氏に発注した仕事の多くは、新商品ではなく既存商品でしたから、この確率は胸を張れると思います。

同窓会

26年ぶりの再会でした。超たのしかったー。

僕が在籍していた会社の既存商品も、ご多分にもれず市場に生き残るために日々改良を加えていました。味はもちろんのこと、パッケージのデザインや、包装に至るまで、プロマネは手を変え品を変え、何とか消費者から忘れ去られないように、日々施策を練り続けているのです。

ところが、悲しいことに消費者は移り気です。元来「新しもの好き」で、雨後の筍のごとく、次々と世に輩出される新商品に、どうしても目がいってしまいます。そんな彼らの購買意欲をつなぎ止めるために、数々の施策と手を携えながらCMもまた機能しなければなりません。口では言うのは簡単ですが、結構な至難です。

何しろ改良を加えているとはいえ、商品自体に新鮮味はありませんから、たかが15秒の中で「やっぱり、これだよな」と思ってもらうためには、相応のアイデアが求められます。

しかも、この連載の別の回でも触れたように僕が携わっていた商品の出稿量はせいぜい年間で2000~3000GRPでしたから、それほど視聴者の目に触れる機会が多いとは言えない中での戦いでした。

氏との仕事でとりわけ印象に残っているのは、浜崎あゆみさんに出演してもらったハイチュウでしょう。中でもその第一弾の時のバタバタは、今でも仲間内では語り草になっています。

当時のハイチュウは前年実施した2粒増量の施策が見事に当たって、更なる売上アップを求める声が社内で盛り上がっていました。

そこで、Jポップ界の歌姫としての地位を完全に確立していた彼女に白羽の矢を立て、一層のハイチュウの飛躍を目論んだのです。

ハイチュウの飲食経験率はターゲットに限れば、90%を超える高さです。したがって今更、商品の特性を訴求したところで購買意欲が喚起されるとはどうしても思えず、僕は浜崎さんの発信力にかけていました。タレント頼みのかなり無謀な発想ですが、プロマネと話し合いを重ね、悩みぬいた末にたどり着いた結論です。

彼女の出演している他のCMはミュージックビデオ的な演出が多く、少し見せ方を変えれば、目立つことはできるんじゃないかという勝算はありました。もちろん「箭内なら、何とかしてくれる」というおんぶにだっこ的な気持ちが過ぎっていたことも事実です。

早速「アユがやりそうにないCMを作りたい」という何ともいい加減な(?)オリエンの元に、氏がいくつもコンテを考案してくれました。

ところが、どの案も浜崎さん側の了解がとりつけられない……。
2度3度と、繰り返しましたが、ダメでした。当然、出口が見えずスタッフの気分が萎えていく中、救いは氏だけが一人、常に前向きだったことです。

「伊藤さん、彼女がOKしない理由、何となくわかってきましたよ。さすがだよなあ」なんて、平然とのたまうのですから。

いつもながら氏のすごいなと思うところはここ!
出演してもらうアーチィストやタレントの才能をちゃんとリスペクトしていて、その才能に自身ものっかろうとするのです。
まさに氏が普段から提唱しているところの「合気道」。
他のクリエイターがなかなかマネのできないところだと思います。

多くは自身の能力に傍で見ていて意固地なくらいに陶酔していて、そこにタレントをはめ込もうとするのです。これでは向こうだって才能に自信があるのですから、衝突するだけで、前には進みません。

そしてある日、不意に電話があって、「思いついたんですけど……。今のこの状況をそのままCMにしたら、おもしろいと思いません?」なんて、箭内ワールド全開の提案を受け、できあがったのが件のCMです(ご覧になったことのない方は、youtubeで鑑賞可能なので、是非見てください)。

僕自身も出演するというおまけつき(笑)。ちなみにこれは浜崎さんからの提案でした。

撮影現場は盛り上がったなあ。氏から「カット」の声が出る度にスタッフも浜崎さんも笑顔に包まれ、みんなのベクトルが同じ方向に向いているのを実感できた一日でした。

えっ?それで売上はって?野暮なこと、聞かないでください。売れないわけないじゃないですか。だって、僕が出てるんですよ(笑)。


※先週のコラムに書かれていた箭内道彦さんの書籍「僕たちはこれから何をつくっていくのだろう」(宣伝会議)が3月下旬に発売になります。伊藤さんとの対談も掲載されています。

伊藤 洋介『伊藤洋介の「こうすればよかったんだぁ」』バックナンバー

伊藤 洋介(東京プリン/マルチクリエイター)
伊藤 洋介(東京プリン/マルチクリエイター)

1963年生まれ、兵庫県出身。慶応大学卒業後、山一證券に入社。同社在籍中にシャインズを結成・デビュー。その後、某製菓会社にて17年にわたりCM制作に従事(09年退社)。シャインズ解散後、東京プリンを結成し、エイベックスからデビュー。全楽曲の作詞を担当する。「携帯哀歌」で97年度有線放送大賞音楽賞を受賞。その後、13枚のシングルと6枚のアルバムを世に創出。
現在、東京プリンとしてアーティストへの詞提供、番組やラジオのパーソナリティ等幅広く活動する他、BeeTV「麻布十番学園」の総合監修を勤め、幻冬舎からBeeTV「麻布十番学園」の書籍化、DVD「ミテルだけ for lady」を発売。ダイエットをコンセプトにした「カロリー気にしてる会?」への詞の提供も行っている。

伊藤 洋介(東京プリン/マルチクリエイター)

1963年生まれ、兵庫県出身。慶応大学卒業後、山一證券に入社。同社在籍中にシャインズを結成・デビュー。その後、某製菓会社にて17年にわたりCM制作に従事(09年退社)。シャインズ解散後、東京プリンを結成し、エイベックスからデビュー。全楽曲の作詞を担当する。「携帯哀歌」で97年度有線放送大賞音楽賞を受賞。その後、13枚のシングルと6枚のアルバムを世に創出。
現在、東京プリンとしてアーティストへの詞提供、番組やラジオのパーソナリティ等幅広く活動する他、BeeTV「麻布十番学園」の総合監修を勤め、幻冬舎からBeeTV「麻布十番学園」の書籍化、DVD「ミテルだけ for lady」を発売。ダイエットをコンセプトにした「カロリー気にしてる会?」への詞の提供も行っている。

この記事の感想を
教えて下さい。
この記事の感想を教えて下さい。

このコラムを読んだ方におススメのコラム

    タイアップ