講談社の編集者として『ドラゴン桜』『働きマン』『宇宙兄弟』など、数々のヒット作品を担当してきた佐渡島庸平さん。佐渡島さんは昨年の秋に講談社から独立し、漫画家や作家などのクリエイターのマネージメント会社である「コルク」を設立。現在の日本のメディア業界、コンテンツビジネスに対する問題意識、さらにその問題を解決するために新しい挑戦をしたいと考える佐渡島さんの志に共感し現在、阿部和重さん、安野モヨコさん、伊坂幸太郎さん、小山宙哉さんなど7名の作家がコルクの契約作家となっています。
大手出版社から独立し、出版という枠を超えて作家の作品を世に届けるアイデアを考え実践する佐渡島さん。その佐渡島さんに、メディアや情報発信の流れが大きく変わる今、特にメディア企業を目指す学生の方に向けたアドバイスを聞きました。また、佐渡島さんにメディアの今を知るうえでお勧めの書として紹介いただいた『MEDIA MAKERS―社会が動く影響力の正体』(著者:田端信太郎/宣伝会議刊)の読みどころについてもうかがいました。
――佐渡島さんが出版社に入った理由は。
僕はメディアそのものや、出版社というものに興味があるわけではなく、むしろメディアを通じて伝えられるもの、人の心を動かす制作物の方に興味がありました。ドラマなどテレビにも好きなものはあったけれど、僕の場合には書籍というメディアを通して伝えられるものに響くことが多かった。ストーリーのあるコンテンツが好きで、そのストーリーが書籍という形態で届けられる時に感動することが多かったので、出版社で書籍の編集の仕事をしたいと講談社に入りました。
――インターネットの登場以降、メディアやメディア企業を取り巻く環境は大きく変わっています。
これまで世の中に対して情報発信できる権限は、テレビ局や新聞社、出版社といったマスメディア企業に独占されていました。しかしネットが登場したことで、一部メディアが独占していたこの力を、すべての人が等しく行使できるようになりました。ネットの登場が情報発信においてすべての人を平等にしたと言えます。
「テレビでも新聞でもいいから、とにかくメディア企業に入りたい」「人に影響を与えるような仕事がしたいんだ」と言っている学生さんがいるとしたら、このメディアを取り巻く環境変化を理解した上で、改めて自分自身の進むべき道を考えたほうが良いと思います。
僕がメディア企業を目指す学生さんを見ていて思うのは、多くの人がメディアの持つ権力に憧れているのではないかということ。人に動かされるのではなく、人を動かす側に回りたい…。メディア企業に入りたいという言葉の裏に、自分の傲慢な気持ちがないかを考えてみるとよいと思います。今の時代、既存のメディア企業には彼らがイメージするような仕事はない可能性が高いからです。
そもそも、メディアそのものに価値があるわけではありません。人を感動させる制作物があるからこそ、メディアの力が生まれます。例えば日本で有数の価値を持つ土地、銀座。銀座という土地に価値を持たせているのは、そこを走る交通網だったり、人を集める魅力的な商業施設だったりします。土地の上にあるものが、すべて他の場所に移ってしまったら、銀座という街は今の価値を維持できないはずです。メディアとコンテンツの関係にも同様のことが言えると思います。
田端信太郎さんの『MEDIA MAKERS』には、こうしたメディアを取り巻く状況がわかりやすく書かれているので、今のメディア環境を正しく理解し、自分のやりたいことができる場所を探すうえで参考になると思います。
――誰もが情報を発信できるようになった時代、誰もがメディアをつくれるようになった時代だからこそ必要なことは、なんだと思いますか?
これまでマスメディアが担っていた、情報を媒介する役割にはネットが浸食し、ネットにとって代わられていくはずです。しかし、その中でも新聞社や出版社など、従来のメディアが培ってきた力が必要とされる場面が増えるのではないかと考えています。
グーグルで検索した結果、出てくる情報は、人によりコントロールされているわけでありません。一方で従来のメディアは、例えばテレビであれば1日24時間と言う限られた放送枠があり、その枠内で何を流すかを、特定の人の意図によりコントロールできます。だからこそ、そこに権力が発生してしまうわけですし、時にこの力は、メディアに載る制作物にまで影響を与えてしまいます。
しかし本来、メディアが情報を取捨選択する目的は、「読者のために」という大前提に立っています。そして、この前提がメディアに関わる人たちが、流すべきコンテンツを選ぶ際、いい意味でのハードルになっています。制限なく情報を発信できるネットメディアでは、このハードルが生まれづらい。ハード面でのユーザビリティは考えていても、ソフト面でのユーザー目線は、まだまだ十分に育っていないと考えています。こうしたことを考えられる人材は、まだマスメディア業界に残りすぎていて、IT業界への転職がおきていないからです。
確かに、そこに権力や影響力が発生してしまうがゆえ、「読者のために」という名目が、編集者や記者が編集権を振りかざして権力の上に居直る盾になってしまうという問題もありました。しかしコンテンツ発信に際しての「心のハードル」がとても大切だと感じています。この問題について、田端さんが著書の中でとても鋭い指摘をしていました。
「編集権の独立」とは、「ジャーナリスト様」「カリスマ編集者様」が、ビジネスを統括する管理者に向かって、「俺らのやることに口を出すな」と自分たちの既得権や組織を守り、居直るための「盾」ではないということです。
あくまでも「読者やユーザーの利益のために、メディアの影響力が行使されること」を確保するためのルールであるべきです。つまり、「全ては読者のために」です。
「編集権の独立」を欠いたメディアというのは、信仰心のない教会や寺院のようなものです。しかし、教会や寺院が曇りのない「信仰心」だけでは維持できないように、メディアもまた売上や利益を必要とします。そのような状況において「編集権の独立」とは、決して、額に入れて飾っておくようなものではなく、関わる一人ひとりが毎日の仕事の実際の現場で培っていくしかないもの、極めて危ういバランスの中で、最終的には関わる人間たちの気構えや矜持によってしか維持されない、非常に壊れやすいものだと私は思っています。
僕もこの意見に賛成です。特にここ数年で無数のネットメディアが登場しましたが、そうしたメディアを見ていても発信者には「読者のため」という前提に基づく心のハードルが必要だし、さらにその視点がメディアの影響力をつくっていくのだと思います。
――メディア環境の変化がコンテンツそのものに与える影響をどのように見ていますか。
これまで社会には常に情報格差があり、情報を持つ人は尊敬の念を抱かれてきました。マスメディアが大きな力を保持してきたのも、皆が知らない情報を持っていたから。例えば、雑誌の編集者は読者よりも情報を持っているから、雑誌がおすすめするレストランやファッションがありがたく受け止められました。昔は難しい本を読んで、意味がわからなかったら「わからないのは自分に知識がないからだ。勉強しないといけないな…」と思ったものです。しかし今は「わからないような書き方をする発信者が悪い」と言われてしまう。時にマスメディアの報道の誤りが発見され、一般の人たちにより拡散されてしまう状況ではメディア企業だけが情報を持ち、尊敬の念を抱かれた時代とは違う発想が必要だと思います。
さらに情報格差がなくなった影響で、あらゆるものが単品売りされるという現象も生まれています。よく出版と同じコンテンツビジネスに属する音楽業界は出版業界の未来の姿だと言われます。音楽業界を見ると、まさにこの単品売り現象が進んでいます。以前はレコード、CDというパッケージで提供されていた音楽が、今はオンラインで自分の好きな曲だけ選んで購入できるようになりました。作り手側、提供者側が「この順番で聞いてほしい」と考えてつくり、パッケージ化されたアルバムよりも、単品の方が受け入れられている。
この現象はコンテンツビジネス以外でもあらゆる場面で生まれています。例えば以前であればレストランに行っても、旬の食材の美味しい食べ方はお客さんよりも料理人の方がよく知っていた。だから、料理人のお薦めに沿ったフルコースが提供され、お客さんは、その薦めに沿って味わうという構図になっていました。しかし今は違う。コースでなくてアラカルトで楽しめるだけの知識を身につけ始めています。僕は飲食業界で、カレーやラーメンなどの専門店が増えている裏にも、この情報格差の問題があるのではないかと思っています。それがコンテンツでも起きています。
田端さんは書籍の中で、次のようにこの現象を解説しています。
音楽の消費スタイルを寿司に例えるならば、頑固にネタにこだわる昔気質の寿司職人がカウンター越しに客と向きあいながら、オススメコースを食べさせるような寿司屋から、客が勝手に、自分が食べたいものを、好きなだけ食べる回転寿司へ・・・、というような単に流通の問題だけでない利用スタイルそのものの質的な変化までもたらしたのです。
僕がコルクという会社を立ち上げ、書籍だけにとらわれずに、作家をはじめとしたクリエイターの人たちがつくりだすコンテンツと読者との接点をつくりたいと考えた背景にも、こうしたコンテンツビジネスを取り巻く環境の変化が背景にあります。
――佐渡島さんは講談社から独立し、コルクを立ち上げられました。
出版社にいたら、当然ながら書籍というメディアしか使えません。しかしメディアが多様化して、読者が作品と触れる接点が増えている今の時代、作家とともに作った作品をあらゆるメディアを使って伝えていきたいと考えたからです。
コミックがアニメになったり、ゲームになったりとその形態は変わっても、僕はいつも作家を中心に考えていますし、作家の才能を活かすという意味であらゆるメディアを等しく見て、適切なメディアを選んでいきたいと思っています。『MEDIA MAKERS』を手に取ったのも、全てのメディアのことを知って正しく使えるようになりたいと思ったためです。
――雑誌を作る、書籍をつくる…既存のメディア企業にいれば、作るべきコンテンツのフォーマットが存在します。佐渡島さんの仕事は、毎回ゼロからどんなパッケージで作家の作品を届けるかゼロから考える必要があると思いますが。
確かに走り出した時は、結果がどう出るのか想像がつきません。それでも自分にはできると信じて進むしかありません。僕がこう考えるようになったのは講談社に入り、人気作家や漫画家の方と一緒に仕事をするようになってから。すごい作家の方でも作品を作り始める直前まで、どんな作品になるか模索している。最初から、すべてをわかっている人なんていないんだ。それがわかってから、前例のないことに挑戦するのが怖くなくなりました。
僕が学生さんを見ていて思うのは、マニュアルを欲しがったり、誰かに何かを教えてほしいと考える人が多いなということ。でも誰かに教えてもらえるようなことは、これまでの社会がつくったレールの上を歩くということ。よく「親の敷いたレールの上を歩くのが嫌だ」と言う人がいますが、そう言いながら社会の敷いたレールの上を歩きたがるのは僕にとっては不思議なこと。親だったらダメで、社会だったらよい理由はわからない。
今の日本なら、食べていくだけならどうにかなる。会社や既存の組織にしがみつくのではなく、自分の方法で自分のやりたいことに挑戦してみてもよいと思います。
コルク 代表取締役社長 佐渡島庸平氏
1979年生まれ。2002年
東京大学文学部を卒業後、講談社に入社。2003年に立ち上げた三田紀房「ドラゴン桜」は600万部超、小山宙哉『宇宙兄弟』も累計1000万部超のメガヒットに育てあげる。2012年10月講談社を退社して、クリエイターのエージェント会社、コルクを設立。現在に至る。
個人や企業の命運をも左右する「メディア」。企業のマネージャークラスであれば「財務諸表は読めません…」とは恥ずかしくて言えないのと同様に、今の時代「メディアについて分かりません」は通用しなくなっています。「R25」、「WIRED」、「LINE」…数々のメディアビジネスを経験した著者が、その成り立ちから影響力の正体を解き明かします。KDP版は4月末まで500円にて販売しております。ぜひこの機会にお買い求め下さい。