※この記事は『宣伝会議』2月15日号に掲載されたものです。
マーケターは「新しくない要素の組み合わせで、差異を作り出せる人」
――日本のメーカーにおいて、商品のコモディティ化が進んでいると言われています。その担い手でもある、企業のマーケターの課題をどのように見ていますか。
マーケターのキャリアは似通っていて、ほとんど同じような教育を受けて、同じようなメディアに日々接しているのが現状だと思います。マーケターは本来、「新しくない要素の組み合わせで“差異”を作り出せる人」であるべき。それが人材の均質化によって、「似たような思考」の中で「合理的」に開発された「似たような商品」しか生みだせなくなっているのが現状ではないでしょうか。
この10年、私は投資先としてマーケティング関連企業に関わることもありましたが、今求められているのは原材料の調達から商品開発、そして店頭での販売まで統合的に見ていくような人材でしょう。今や「宣伝」だけで差異を生み出せるような時代ではなくなっている。
ところが外注先に仕事を“丸投げ”してしまうマーケターがあまりに多いですよね。さらに広告会社が提供価値を高めていった結果、流行りの手法に飛びつく企業が増えて、マーケティング手法もコモディティ化していく…という悪循環が起きているんです。
例えば「『宣伝会議』という雑誌のタイトルはなぜ、『宣伝会議』なのか?」という問いに対し、明快に説明できるマーケターは一体どのくらいいるのでしょうか。このタイトルは“広告宣伝で差別化が可能だった時代”と共に歩んできた雑誌の歴史と、今必要とされている統合的なマーケティングとのギャップを表している、ということを理解できているのか。
実際、『宣伝会議』で紹介されている内容も宣伝手法だけでなく、マーケティング全般に広がっていますよね。にもかかわらず、未だに「広告宣伝」という領域だけが仕事であると考え、「宣伝会議」ばかりしているマーケターがいる。
コモディティ化しない『源氏物語』の革新性に学ぶ
――ご指摘のとおり、マーケターの仕事の領域は広がり、新たなテクノロジーの登場も相まって業務が複雑化しています。
マーケターが自ら手掛けるブランドについて誰よりも知り尽くしているのは当然で、さらに既存のアイデアをうまく組み合わせることで、新たなイノベーションを生み出すことができます。そこで参考になるのは、自分が属さない業界のマーケティング事例をよく研究すること。他の業界のマーケターと交流を深めるのもいいと思います。
業界の中で既に成功している企業を後追いしても、大した成果は得られません。「イノベーション」というと、何か難しい技術を取り入れなければと思いがちですが、「新しくないもの」の組み合わせから差異を生み出すことは十分に可能なわけです。
その土台として重要なのが、マーケティングの歴史はもとより、専門外の知識や歴史を学ぶこと。流行りのマーケティングのノウハウが詰まった教科書は皆が一斉に飛びついてしまうものなので、何の役にも立ちません。私が「武器としての教養」「リベラル・アーツ(一般教養)の重要性」を訴えている真意はそこにあるんです。
例えば『源氏物語』は、紫式部が当時の女性はあまり読まない漢文の影響を受けて書かれたものであり、なおかつ「恋愛」をテーマとしたことが革新的だった。その結果、日本における歴史的文学としてコモディティ化することなく読み継がれてきたわけです。数々の名作が過去の作品を研究して生まれてきたように、歴史を知り、まったく異なる分野からヒントを得ることはとても重要だと思います。
ブランド管理の外注は危険、広告会社は定期的に見直すべき
――以上を踏まえ、パートナーとなる広告会社とはどのように付き合うべきでしょうか。
私はビジネスパートナーを固定せず、定期的に新たな会社と組むことを検討すべきだ思います。特定の広告会社と付き合うメリットは「ブランドの一貫性を維持するため」とよく言われます。ただ、これは本来、広告主が持つべき機能であって、広告会社に無責任に手放してはいけない。ブランド管理ができないマーケターは、ブランドの構築自体を外注しているということですから。
ソーシャルメディアという情報をコントロールできないプラットフォームが出てきた以上、広告主がブランドの軸を定義できなければ即座に市場に振り回されるだけです。マーケティング担当者がブランドを体現する存在であってこそ、生活者との直接的なコミュニケーションが実現できるわけです。ソーシャルメディアでは「ただ面白い発言ができる人」を目指すのではなくて、ブランドの根幹をしっかりと確立することが必要でしょう。
ストーリー消費で長く売れるのが理想、目指すは『思考の整理学』
――その一方で、外部のコンテンツやキャラクターを活かしたプロモーションで「付加価値」を生み出し、コモディティ化を脱しようという動きが盛んです。
それは短期的には売れるかもしれませんが、「商品の個性がない」と自ら宣言しているようなものです。マーケターは生活者と向き合い、その商品が持つ固有のストーリーを真剣に考えた方がいい。本来は外部のキャラクターを使うよりも商品自体が面白いブランドストーリーを持っているはずで、それを活かした方が長く売り続けることができます。
分かりやすい例でいえば、キングジムの「ポメラ」はストーリーで売れた商品ですよね。「15人の役員中14人が反対、1人が絶賛したことから発売した」といった開発秘話がユーザーの共感を得てヒットしたように、そのストーリー自体がブランドになっている。仮に「市場調査でニーズがあるので作りました」といった売り方をしていたら、これほどポメラはヒットしなかったと思います。
実は『僕は君たちに武器を配りたい』(講談社)、『武器としての決断思考』『武器としての交渉思考』(いずれも星海社)という一連のシリーズも、ブランドストーリーで売っています。「武器」というキーワードを用いているものの、実は明確なスキルやノウハウを打ち出しているわけではない。私はあまり自分自身を語るのは好きではないですが(笑)、投資家である自分のバックグラウンドや経験を踏まえたストーリーとブランドを軸にしています。
目指したのは、外山滋比古さんの『思考の整理学』(1983年、筑摩書房)のように、時代を超えて読み継がれていく一冊になること。だから本を増産するつもりはないんです。
京都大学 客員准教授/エンジェル投資家 瀧本哲史(たきもと・てつふみ)
京都大学産官学連携本部イノベーション・マネジメント・サイエンス研究部門客員准教授。東京大学法学部卒業。東京大学大学院法学政治学研究科助手を経て、マッキンゼー&カンパニーにて、主にエレクトロニクス業界のコンサルティングに従事。内外の半導体、通信、エレクトロニクスメーカーの新規事業立ち上げ、投資プログラムの策定を行う。独立後は、企業再生やエンジェル投資家としての活動をしながら、京都大学で教育、研究、産官学連携活動を行っている。全日本ディベート連盟代表理事、全国教室ディベート連盟事務局長、星海社新書軍事顧問なども務める。