今週末にも安倍晋三首相が参加を表明すると報じられているTPP。Trans-Pacific Strategic Economic Partnership Agreementの略で、日本語では「環太平洋戦略的経済連携協定」という。農産物の関税撤廃などにより、これまで以上に地球環境への負荷が高まる可能性が指摘されており、仮にTPP交渉を進めるにしても、地球環境問題への配慮が不可欠だ。
特に重要な「農業」と環境との関係についての主要な論点は、フードマイレージ、耕作放棄地、遺伝子組み換え、生態系の破壊の4つ。
TPPで世界一高い日本のフードマイレージがもっと高くなる可能性
環境問題の専門家などから、特に問題視されているのは、輸送が膨大なエネルギーを消費することだ。農産物の場合は、運搬物が大量の水分と空気を含んでいるため、輸送には膨大なエネルギーを消費することになる。生産地と消費地が遠くなると、フードマイレージはより大きくなり、輸送にかかわるエネルギーもより多く必要になり、地球環境に大きな負荷をかけることになる。TPPにより、広大な太平洋をまたいで物流量が激増する可能性も否定できない。
また、日本のカロリーベースの食料自給率が40%程度と低いことは食料安全保障の観点からリスクが大きいだけでなく、輸出国の環境にも大きな負荷をかけていることになる。TPPにより、自由競争によるアグリビジネスの活性化といったメリットが期待される面もあるが、それ以前に農産物を生産できないような環境になってしまえばそれどころではない。地球環境問題への長期的な展望をもった交渉が展開されることが期待される。
TPPで農耕放棄地はもっと増える可能性
TPPにより、海外の大資本によるアグリビジネスとの価格競争になれば、日本の耕地面積の小さな農家は壊滅状態に追い込まれるとも懸念されている。そうなれば、都市と山林のあいだにあって、自然環境と調和した暮らしや豊かな生態系を担う「里山」も荒れ放題になってしまう。現時点でも、高齢化や過疎化により、田畑の維持が難しくなっている。それを保護するために、2010年の生物多様性COP10では、「里山イニシアティブ」が提唱された。しかし、TPP交渉で里山の保全への配慮がなければ、こうした取組みもムダになってしまいかねない。
里山には、洪水による土壌の浸食防止や水質保全といった機能もあり、農業をやめる人が増え、耕作放棄地が増えれば、自然環境の破壊のみならず、防災対策にこれまで以上にコストをかけなければならない可能性もある。
「里山イニシアティブ」は日本が世界に向けて発信したメッセージであり、政権が変わったからといって、これを無視した交渉では、日本の国際社会における信用を著しく損なうことになるのではないだろうか。
TPPは日本の生物多様性戦略とも矛盾
上述の「里山イニシアティブ」に加えて、日本は2010年生物多様性COP10で「生物多様性戦略」を掲げた。日本人の心の原風景ともいえる里地・里山・里海は、単に情緒的な価値だけでなく、歴史的に、人間の働きかけとの相互作用のなかで、豊かな生態系を守る役割を担ってきた。このような自然を「二次的自然」といい、生物多様性が高く維持されていることが日本の自然環境の特徴だ。
TPPによって、文化遺産と自然遺産の両方の価値を合わせもつ里地・里山・里海を放棄するようなことになってはならない。交渉においても、そうした点への配慮が必要である。
遺伝子組み換え種のリスク
そしていま、環境の専門家らが警鐘を鳴らすのが、遺伝子組み換えGMO(Genetically Modified Organism)植物のリスクだ。遺伝子組み換え植物が在来種を駆逐するようになれば、その影響はほかの生物種に及び、生物多様性がもたらす生態系サービスが著しく損なわれる可能性が高い。遺伝子組み換えで、病害虫の問題はなくなっても、将来草も生えない土地になってしまえば本末転倒だ。
すでに諸外国で起きている問題をみてみよう。
ブラジルの農家と米バイオテクノロジー企業大手モンサント(Monsanto)との法廷闘争がよく知られている。ブラジルでは、14年前に不法に持ち込まれた遺伝子組み換え大豆の栽培が急速に広がり、2012年時点で、大豆総生産量の85%(2500万ha)を占めるほどになっている。モンサントはブラジルの農家500万戸に対して、売上げの2%の特許使用料の支払いを要求。農家側の弁護団は、「種子を購入する際に代金を払っている」ことから支払う必要はないと主張。2012年4月には、ブラジル南部リオグランデドスル州裁判所が農家側の主張を認めた。モンサントはこれを不服とし、上訴するという泥仕合が続いているのだ。
また、カナダでは、種が風で飛んできて、自分の畑のほとんどが知らない間にGMO植物になってしまった、というケースがあるが、同様に、アメリカの特許保持者から支払いを命ぜられ法廷で戦っている。
石破茂幹事長がTPP交渉の6項目を「公約」と断言
自由民主党の石破茂幹事長は、12日に行われたJA主催のTPP反対集会で、TPP交渉の6項目を「公約」と断言した。6項目は次の通り。
- 聖域なき関税撤廃を前提とする限り、TPP交渉参加には反対。
- 自由貿易に反する自動車などの工業製品の数値目標は受け入れない。
- 国民皆保険制度は守る。
- 食の安全安心の基準は守る。
- 国の主権を損なうようなISD条項※は合意しない。
- 政府調達、金融サービスなどは我が国の特性を踏まえる。
※「投資家対国家間の紛争解決条項」(Investor State Dispute Settlement)の略語。自由貿易協定(FTA)を結んだ国同士において、多国間における企業と政府との賠償を求める紛争の方法を定めた条項。具体的には、「ある国の政府が外国企業、外国資本に対してのみ不当な差別を行った場合、当該企業がその差別によって受けた損害について相手国政府に対し賠償を求める際の手続き方法について定めた条約」ということになる。
これら6項目のなかでも、とりわけ1の「聖域確保」と4の「食の安全安心」が守られ、「環境にも配慮した交渉が進められるなら」、規制緩和による経済効果に期待が持てる。しかし、安倍首相は、2月28日の国会で、紙智子議員の質問に対する答弁のなかで、この6項目について「正確には公約ではない」発言している。首相と幹事長の発言に大きな食い違いがあるのは明らかだ。
今週末にTPPへの参加表明をすると報じられているが、安倍首相が国会答弁を修正し、「6項目は公約」と認めるのか、それとも石破幹事長の発言が間違っているのかは自民党内の争点となりそうだ。仮に「6項目が公約」であり、遵守されない場合は「交渉離脱」ということになれば、米国議会が日本の参加を受け入れない可能性もある。
以下、3月12日のJA主催のTPP反対集会での石破幹事長発言を紹介する。
3月12日のJA主催のTPP反対集会での石破幹事長発言
震災から2周年になります。(中略)農地や浜や森で大勢の方がご参集になりました。
自由民主党は必ず公約を守る政党であります。公約を違えれば、何が起こるのか、ということは前政権が示した通りであります。公約を守る。それは、私どもが何としても死守せねばならないことであります。何を我々は総選挙において、公約にしたのか。
「聖域なき関税撤廃を前提とする限り、TPP交渉参加には反対。自由貿易に反する自動車などの工業製品の数値目標は受け入れない。国民皆保険制度は守る。食の安全安心の基準は守る。国の主権を損なうようなISD条項は合意しない。政府調達、金融サービスなどは我が国の特性を踏まえる」
この公約は何としても守っていかなければなりません。守らなければ、何が起こるのか。ということは私ども良く承知をしていたしております。
先般、安倍総理とオバマ大統領との会談が行われました。安倍総理からはこの6項目について、すべて申し述べました。大統領はこれに一切異を唱えませんでした。アメリカ国内でどのような議論が行われているのか。それは私は存じません。
しかし、合衆国大統領が我が日本の総理大臣との間に、異例ともいうべき共同声明が発せられました。それは、日本には一定の農産物、アメリカには一定の工業製品、そのように特別な配慮を必要とする事項が存在するということです。あらかじめすべての関税撤廃を約束するものではない。この点が極めて重要であります。総理からは、この首脳会談の成果を踏まえ、「一任してもらいたい」という申し出がありました。私ども自由民主党として、参加するのか、しないのか。そして、その判断をいつ行うのか。その時期は総理に一任をいたします。
あわせて「地域の実情を最も知っている自民党。この考え方をきちんと聞いてもらいたい」とその旨、申し上げた、総理もそのことに同意をされました。
私どもはこの問題に関する「外交経済連携委員会」を総裁直属の機関に移行させました。党全体として、この問題に取り組んでいかなければなりません。政策の問題のみならず、皆様方との信頼関係をいかに維持するのか。いかに情報開示を行うのか。
先ほどの公約を踏まえました。(6項目の)決議を行いました。そのことを総理に申し入れました。この決議は極めて重いものであります。総理が仮にも(交渉)参加を表明される場合でも、この遵守が何が何でも必要となります。コメ、乳製品、砂糖、牛肉、そういうものをはじめとする品目は必ず死守をしていかなければ、なりません。それは我が国の国益であり、仮に交渉に参加をするならば、それを守るべきは極めて当然のことであります。そのことについて、どのように守るのか。明確な方針なくして、交渉に参加することはございません。そして守るべきものは守る。そのことを皆様方にお約束をいたします。
(以下略)
(石破茂幹事長発言の取材・執筆はフリージャーナリスト、横田一)
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