第一回「ビッグデータは幻想なのか?」(掲載中)
西内さん、田中さんのプロフィールはこちらから
第二回「データサイエンティストって、ぶっちゃけどうなの?」(今回の記事)
第三回「パーソナルデータで広告界の地殻変動は起きるか?」(掲載中)
「データ分析には仮説が必要」なんて絶対に嘘だ!
山本:冒頭の話に戻りますが、企業からすれば「いい情報が詰まっているからビッグデータを使いましょう」という話になるけど、結局のところ経営判断に活かせるかが勘所なわけですよね。「ビッグデータ使え!」「使ってみました、どうですか?」「面白くねーよ!」みたいな流れは辛い。
西内:それで言うと、一つ思うところがあって。よくコンサルタントやシンクタンクの人が「データ分析には仮説が必要」ってよく言いますけど、それは絶対嘘なんですよ!
田中:うははははは(爆笑)!!どのようなクラスタの方々の話なんだろうか。なんちゃって系?いわゆる系?
西内:仮説ありきでモノ言う人を、僕は信じないようにしてます(笑)。仮説に合わせてデータを使うなら、ビッグデータ以前の時代と何も変わらないでしょ。データを取得するのにコストがかかっていた時代は、仮説を立ててから収集するのが正解だった。
でも今は逆で、データが一杯手に入るわけだから「思いもよらないような人たちが、思いもよらないところでこの商品を買ってくれている」という傾向を発見することこそ、一番価値があるはずわけで。仮説をあれこれ考えてたって何も生まれないですよ。
田中:仮説ありきだと、仮説に見合った答えしか出てこないですしね。
西内:だから僕は「仮説」ではなくて、ビッグデータには「問い」が必要だと言ってるんです。これをリサーチデザインの専門用語ではリサーチクエスチョンとか言ったりもするんですけど。どんな人がいつどこで何を買ってくれたんだろう?っていう5W1Hの視点で、データに「問う」ことが必要だなと。
山本:そのビッグデータでの分析の結果、何とも腰が抜けてしまうような結論を導き出してしまう企業もありますけどね。マーケティング優良企業だったのにビッグデータに振り回されたのか、物凄くレガシーな戦略に転換してしまうとか。
また、ビッグデータだからと全量データで分析する方向に舵を切ってしまって、せっかく今までうまくいっていたサンプリングによる商品分析を捨てて迷走した食品大手もいます。
田中:ある意味、端から見ているぶんには面白いですけどね。ホントの意味で医療系とかで真面目にビッグデータの話をする場合とかは、さすがにそういうケースはない方向であってほしいですけど。
山本:医療も典型例ですが、「その取り組みでは明らかに効果が出ない」って誰でも分かるレベルなんですよ。食品や外食業界大手の会社でさえ、そういう残念なマーケティング始めちゃったりするんだから。ああ、ビッグデータ怖いなと。
味噌汁作るのに、「こういう味になるはずだ」と仮説を立てて、「全量解析」と称して作った味噌汁を全部飲み干して味を判断する行為ですね。そんなもの、よくかき混ぜて少量口に含みながら全体の味を類推すればそれで済むだろ。
田中:そこはもう、経営判断の範疇なんですよね。マーケティングの現場からするとつまらないでしょうけど…。
山本:そういう意味では、P&Gとかジョンソン・エンド・ジョンソンみたいな外資系企業って、なんてまともなマーケティングしてるんだと改めて気付かされるわけです。
田中:ビッグデータを伝家の宝刀と位置づけるか、経営判断のためのいちツールとして考えるのか。そこが企業によって違うんでしょうね。世界ベースで検討されてきたビッグデータの話と似て非なる「ビッグデータ」の話との違いをそれぞれの経営者サイドが認識しておく必要はありそうですねぇ。
それによって、ある市場や国民にとってはホントに伝家の宝刀になり得るかもしれないし、この話を契機とした自社や自社グループのデータの分析の見直しだけで、経営判断のためのツールとしては有用になるかもしれない。それが「いわゆる『ビッグデータ』」の話とされてきたような範疇の話でも。活用する経営者の見識も大きいんですかね。
山本:まさにおっしゃる通りで、自社のイノベーションの手段としてデータを受け入れられるかどうかで決まるんですよ。衰退しつつある業界でも、ビッグデータをちゃんと活用して、ユーザーになりえる属性を洗い出して改善して、きちんとニーズをキャッチアップしていけばヒットは生まれる、と。そういうイノベーションマッチングこそ、ビッグデータが仕掛けるべきことだと思うんです。
ビッグデータは今いるお客さまと向かい合うためのツールのひとつだ、ぐらいに考えるべきなんでしょうね。
第三回「パーソナルデータで広告界の地殻変動は起きるか?」(2月24日更新予定)に続く。