とある若者クリエイターの緩やかな死と、バッターボックスの間

ぼくの前職、電通をはじめ、広告代理店のクリエイティブという人間は、ほぼ全員が超優秀であり、メチャクチャおもしろい。「なんでこんなすごいやつを知らなかったのか」と思うくらいだ。なぜ彼らがなかなか頭角を表さないのか?
きっと、こういうスパイラルに陥っているかたが多いからではなかろうか。

これを読んでいるみなさんにも、シュンペー君の人生について、ちょっと考えてみてほしい。

さあ、彼がこの負のスパイラルから抜けるには、
どうすればいい?

 

残念ながら、確率論でいくとシュンペー君が、今後ブレイクする可能性はかなり低いといえる。

このまま、約54分の1の確率でしか勝ち残れない日々がつづいたとする。
おおよそ、6.7日に一度プレゼンしないと、1年にひとつもアウトプットが出ない計算だ。

アウトプットが出ないから、彼は、クライアントとのやりとりも苦手だ。
プレゼン後、クライアントのオーダーというのは、ときに理不尽な形で、絶対に訪れる。というか、たいがいが理不尽だ。
うまく、先方の課題も解決しながら、面白さを損なわずに制作するという、「誰も教えてくれないスキル」が、この頻度では身につかない。

そもそもクライアントがどういう気持ちなのか理解できない

実際のところ、ほとんどの場合、クライアントの宣伝部のかたがたは、
キミの思いつきの「ちょっと面白い表現」とか、どうでもいい。おもしろ広告も研究していなければ、カンヌも関係ない。広告宣伝費全体をとおして、いかに105%、110%の前年比利益を手堅く出すかが、至上命題だったりする。

 

なにより恐ろしいのは、このままシュンペー君が、年功序列で、クリエイティブディレクターになってしまった場合だ。
成功体験も失敗体験もまだまだ足りないのに、優秀な若手が、シュンペー君による最高の決断・決定を、今か今かと待っている。
何が成功か、わかるほど経験値を積んでないのに。

若い才能を、自分の決断のせいで機会損失させてしまうことほど苦しいことはない。

さて、この緩やかな死から抜け出す方法は?

 

生徒A 「アイデアをもっと出す。10倍出す。5.4分の1まで勝率が上がります」

 

そりゃそうだ。
これが、いちばん単純な解だ。

しかし、現実問題、それ、できるだろうか?
現状の10個のアイデアだって、テキトーに出しているわけではない。
10倍時間がかかる。ひとつのブレストで100個もアイデア出されても、まわりもどう処理していいかわからない。

ぼくが、シュンペー君にオススメしたいのは、
「ぜんぜん違う角度を見つける」ことだ。

たとえば、ぼくの場合、もともと電通のクリエイティブの先輩方のような、すばらしいアイデアは到底思いつかなかった。ところが彼らは、アイデアはすばらしいのに、デジタルのアウトプットに落とすための具体的なディレクション方法が欠落していたのだ。
「こんな面白い感じにやってチョ」で、いいものができるはずはない。

ぼくは、サーバーサイドのAPI仕様を書いたり、アニメーションやインタラクションを実際に同じソフトで作って「このような動作にしましょうよ」と、具体的にデジタルプロダクションとの連携を取ることになった。

プランナーは、アイデアが理想に近い形でアウトプットになるので、喜んだ。
プロダクションも、自分の範疇より上のアウトプットになった。喜んだ。
そして、実際、仕様に解釈する時点で、かなりぼくのアイデアが盛り込まれている。

ぼくは、勝手にこの役職を「テクニカルディレクター」と称して、名刺をつくった。
当時、会社では「そんな役職ないので、名刺つくれません」と言われたので、
自分でキンコーズに入稿して、会社とは別に、名刺をつくった。

自分の立場がはっきり変わった。
まわりも、ぼくに声をかけるタイミングがわかってきた。

 

こうなると、アウトプットにこぎつけられる確率は、ほぼ100%になった。
事故でもなければ、まず確実にアウトプットにこぎつけられる。
なぜなら、大筋決まった、かつ自由に作れる仕事が舞い込むことになり、
当時の電通で、他に同じようなことをやっている人間が誰もいなかったからだ。

世に出すと、成功体験や失敗体験、経験値の蓄積が始まる
不思議なもので、世の中に出たその瞬間に「あ、やっぱこうしておけばよかった」と思ったりする。次からそれを、やらなくなる。そして、つくるもののレベルがひとつ上がる。

 

アウトプットを出して、世に問う。

 

バッターボックスに立つ。

 

電通の後輩の村田くんは、みずから進んで九州への出向を決めた。
周りから「都落ち」と言われたかもしれない。
どっこい、彼は九州で、いままで立てなかったバッターボックスに立ち、面白いCMを連発しつづけている。
きっと彼は、東京ででかい舞台に戻ってきたとき、まったく違う仕事の仕方ができるようになっているだろう。

とにかく、バッターボックスに立つ。打ってみる。ヒットかもしれない。アウトかもしれない。場外ホームランが出なくてもいい。

4番じゃなくて、あえて8番レフトを狙ってもいい。そもそも満員のドームじゃなくて、草野球に変えてみてもいい。

 

また、もっと身近に「つくりかたをつくる」という用法もありうる。

ラジオ「すぐおわ」のゲストに、ワトソン・クリックの山崎隆明さんが登場したときの話が、とてもおもしろかった。

 

あの名作「ホットペッパー」のCM(※権利の関係で直接リンクできないので、こちらから検索してごらんください)は、山崎さんご本人の声であることは、けっこう有名だ。
しかし、そのつくりかたはあまり知られていない。
まず、撮影時にCMのセリフを考えない。
そして、ずっと同じ撮影素材がループするMA(録音室)に、山崎さん自身がこもり、思いついたセリフを瞬発的にアテレコしつづけて、何百テイクも行った、というのだ。
で、監督とスタジオのミキサーさんが「プッ」と吹き出したらOKテイクになる。
通常、ナレーションの録音というものは、ものの数分で終わってしまう。通常のナレ撮りワークフローを当たり前だと思っている我々からすると「衝撃のつくりかた」だ。

文語じゃなくて口語的、左脳じゃなくて右脳的なネタを作り出すためには、右脳専用の「つくりかた」が、はじめにつくられているのだ。

 

 

キミは、圧倒的な天才だろうか?
他の人と同じトラックを走るマラソンで、ぶっちぎりの1位がとれるだろうか?

ぼくは、ちがう。
天才にはとても勝てないと思ったので、全く別の方法をとった。

これは、クリエイティブの話だけじゃない。
なぜ、キミだけセールスが低いのか?なぜキミの記事は採用されないのか?
もしかして、ぜんぜんちがう角度から攻めてみたほうがいいんじゃないのか?

原理原則は、
とにかくひとつでも多くバッターボックスに立つこと。
そのための工夫を、どう凝らすかだ。

バットは振らなきゃ当たらない。
10億円のBIGは、買わなきゃ当たらない。

実は、成功する人が、ほかと同じ道筋ではなく、独自のメソッドを勇気を出して選んだことは、公の場では、ほとんど語られない。
たとえば、急に歌を作曲して吹き替えてみる、とか、
iPhoneで動作するWebGLを学んでみる、とか、
会社の奥底に眠っているすべてのマーケ資料に目を通す、とか。

 

 

ありとあらゆる手法を使い、角度を変えて、
とにかく自分をバッターボックスにねじこんでみよう。

 

 

悩むのは、それからだ。

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中村 洋基(PARTY クリエイティブディレクター)
中村 洋基(PARTY クリエイティブディレクター)

1979年生まれ。電通に入社後、インタラクティブキャンペーンを手がけるテクニカルディレクターとして活躍後、2011年、4人のメンバーとともにPARTYを設立。最近の代表作に、レディー・ガガの等身大試聴機「GAGADOLL」、トヨタ「TOYOTOWN」トヨタのコンセプトカー「FV2」、ソニーのインタラクティブテレビ番組「MAKE TV」などがある。国内外200以上の広告賞の受賞歴があり、審査員歴も多数。「Webデザインの『プロだから考えること』」(共著) 上梓。

中村 洋基(PARTY クリエイティブディレクター)

1979年生まれ。電通に入社後、インタラクティブキャンペーンを手がけるテクニカルディレクターとして活躍後、2011年、4人のメンバーとともにPARTYを設立。最近の代表作に、レディー・ガガの等身大試聴機「GAGADOLL」、トヨタ「TOYOTOWN」トヨタのコンセプトカー「FV2」、ソニーのインタラクティブテレビ番組「MAKE TV」などがある。国内外200以上の広告賞の受賞歴があり、審査員歴も多数。「Webデザインの『プロだから考えること』」(共著) 上梓。

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