ぼくの場合は、「今、自分がやれることのちょっと上」を目標に定めるようにしている。
たとえば 理論上はできるが、メチャクチャ大変なこととか 、だ。
最近で大変な思いをしたのは、たとえば「Haruhi Hunting」というキャンペーン。
パチンコ「涼宮ハルヒの憂鬱」のお宝ムービーをいちコマずつ看板やコンビニ、雑誌広告など日本中に配し、みんなが写メしてはじめてひとつのムービー作品が浮かび上がる。
本来1種類のはずの「版」を、ごく短期間で707種類、10,000ヶ所以上の場所を考えて入稿しなければならなかった。
本来なら不可能な物量だが、Adobe Illustratorのプログラムを開発して、
版のサイズを入力するだけで、瞬時に入稿データができるようなシステムをつくったり、いろいろ工夫して、不可能が可能になった。
そういうところにおいしいモノが隠れてるんじゃないかな、と思う。
そのすべてにユーザーが反応してくれた。
707種中1枚も、撮り逃しはなかった。
完成した動画を見たとき「なかなかできないところまで行ったかな」とちょっと思う。
「やれることのちょっと上」を獲得したら、そこがまた「やれること」の地平になれる。
福里真一さんは、「困っている人のためのアイデアとプレゼンの本」のなかで、
「人は、自分のできることしか、できない。」と語っている。
人は、ベストオブベストを求めすぎると、判断が狂う。
そんな幻想のような都合のいいものは、結局ありはしない。
高望みをせず、今できることを、ひとつ積み上げていく。
決して向こう見ずな挑戦ではなく、背伸びしすぎず、
でも、ひとつだけ、尖る。
バカで向こう見ずな仮説を立てて、自分が面白いと思うものを、
みんなが見てみたいものか、検証する。
ひとつ、またひとつ。
ちょっとずつ積み上げていく。
そうして、10年くらい経って、ふと後ろを振り返ってみると、
ずいぶん遠いところまで来ている自分に気づく。
ふだんのしごとに「ちょっとだけ尖った、自分がやってみたいアイデア」を混ぜるクセをつけるだけだ。
「いらん」と言われても、ボコボコにされても、意に介する事なく。
腹筋も、ランニングも、英会話も3日坊主であっても、これくらいならできるんじゃないだろうか?
自分以外、誰もいない、静かな夜のオフィス。
みんな、もう帰ってしまった。
世の中の酸いも甘いも経験し、事情にもみくちゃにされ、
何が正しいのかまちがってるのか、何が正義で何が悪だか、よくわからなくなった。
なんのために、こんなことやってるんだろうなあ。
だれのために、こんなことやってるんだったっけ?
月が明るい。
「私って、結局何が見たいんだっけ。」
ひとりごちる。
こんな時間に、ひとりでむにゃむにゃ考えて、悩んでいるのは、日本中で自分だけかも?
……だいじょうぶ。
少なくともひとりくらいは、同じようにむにゃむにゃ悩んでいるバカ野郎がいるから。
たぶん、代官山あたりに。
● ● ●
アドバタイムズでの私の連載は、これで終わりです。
これは広告の話ですが、そうじゃなくても、本気になればなるほど、純粋に何かを成そうとすればするほど、悩んでない人なんていないんじゃないか、と思います。
少しでも、悩める人の足しになれば幸いです。
ボツと遅延だらけの連載、最後まで読んでくださって、ありがとうございました。
中村洋基先生の次回作にご期待ください!!!!
【最近の中村洋基】
●TOKYO FM「澤本・権八のすぐに終わりますから。」毎週ゲストとして中村、出演中!アドタイとも無軌道にコラボしています!
●中目黒に「TINTO COFFEE STAND」というコーヒー屋台はじめました。関連したコラムはこちら。