デザイン会社経営の「ジレンマ」とは?
室井:佐藤さんは2013年に執筆された書籍『ウラからのぞけばオモテが見える』で、「デザインを頑張れば頑張るほど、お金にならない」というジレンマについて書かれています。要約すると、クリエイティブなアイデアを必要とするデザインは費やすお金と時間の労力のわりに収入が見込めず、アイデアをさほど必要としない“流れデザイン作業”はコストパフォーマンスがよい現実がある、ということ。ただ、収入のために後者ばかりをやると、デザイナーの感性はやせ細り、日本のクリエイティブ産業の競争力が低下すると危惧されています。そのジレンマを解決するために、佐藤さんはnendoを「品質の高いデザインを安定供給するプラットフォームのような場所にしたい」とも書かれていました。nendoは2002年に6人からスタートして、現在は35人の社員がいると聞きましたが、その成長プロセスではどのようなジレンマがあり、どう向き合ってきたのでしょうか?
佐藤:感性を重視すると収入は減り、収入を求めると感性が摩耗するという話は根が深くて、根本的な解決策はまだわかりません。ただ、つい2週間ほど前に「入口と出口戦略」という仮説を思いついたんですよ。つまり、入口と出口のどちらかに偏ってもダメで、両方のクオリティを担保しなければいけない。そのバランスを維持することがあらゆるポイントで重要ではないかと。
室井:入口と出口というのは?
佐藤:簡単に言えば、入口は経営者などの意思決定者と対話することで、出口はモノとしての訴求力を上げることです。僕たちはクライアントと会社のビジョン設定や課題の創出について対話して、そこから形にするわけですが、最終的には魅力的で話題にもなる力のあるアウトプットが求められます。その双方を常に1本貫いて活動しないと、収入と感性のバランスは崩れます。逆に言えば、双方を押さえておけば、さまざまなところとコラボレーションするなど、中間の動き方をより自由にできて、出口の幅が広がるのかもしれません。
室井:なるほど。設立時のnendoは入口と出口、どちらからスタートしましたか?
佐藤:nendoはとにかくものづくりが好きではじめた会社なので、完全に出口ですね。常にやってきたのは、「自分が満足するクオリティのものを出しつづけること」です。お客様の満足は状況によるものですが、少なくとも自分が満足していないものを世に出してはいけないと思っています。クオリティを維持するためには、企画の決定権を持つ責任者と目線を合わせて仕事をする、またはこちらがその目線を調整する必要があります。だから、必然的に入口の対話に上がっていったという感じですね。実際には、結果を出している責任者ほど現場に来て、照明の明るさやテーブルの高さなどディテールまでチェックするものです。入口から出口まで意識が行き届いているというか。そのときに僕たちは「こういう理由でここはこの照明にしています」と、納得してもらえるように説明できなければなりません。そう考えると、収入と感性の問題はコインの表裏のような関係にあるのかもしれないですね。
他業種とのアライアンスが続々とデザイン会社の「第3フェーズ」とは?
室井:最近、nendoは乃村工藝社と結成した「onndo」やソフトバンクとの共同事業「DoT.(Design of Things)」など、他業種とのアライアンス事業を積極的に展開されています。そういう意味では、nendoはさらに次のステージに進んだのではないかと見ているのですが、いかがでしょうか。
佐藤:これも仮説ですが、近ごろ「第3フェーズ」が見えてきた気がするんです。デザイン会社のこれまでを振り返ってみると、第1フェーズは「お題をもらって解決して納品する」、第2フェーズは「経営者の隣に座って、企業の中で整理や課題解決を行うCDやAD」だと言えます。先ほどの「入口と出口」の話で言えば、第2フェーズのクリエイターは入口から出口まで一貫してできるので重宝がられますが、1つ大きな欠点があります。それはその人が抜けると、会社が以前の状態に戻ってしまうことです。「変わったときは新鮮だったけど」という話をよく聞きますが、変化を維持するのは難しいんですよね。そこで僕が考えたのが、「外の会社とアライアンスを組む」という方法でした。それが第3フェーズなんじゃないかと思っています。
室井:なぜ、変化を維持するのにアライアンスが必要だと考えたんですか?
佐藤:そもそもの話をすると、「インハウスデザイナーに日常業務とは違う刺激を与えることでより大きな成長を期待することはできないものだろうか?」というような話が頻繁に出てきたことがきっかけでした。それも1社ではなく、ソフトバンク、ミュージックセキュリティーズ、メーカー、テレビ局、雑誌社や広告会社などから同時多発的に相談を受けたんです。その状況を解決するための策として、社外にnendoが場所をつくった、ということです。僕は実験で使う丸いガラス皿のシャーレをイメージしていて、そこにアライアンスを組んだ協力会社がお互いに人・モノ・アイデアを入れて培養していけば、人は育つ、プロジェクトは生まれる、互いにノウハウが手に入るなど、多数のメリットがあるのではないかと考えました。ここにいた人が元の会社に戻れば、シャーレの中で育ったものが移植されて、その会社の中で変化が広がっていくイメージです。
室井:そのシャーレ自体が新たなプラットフォームになるんですね。
佐藤:多くの企業がこの悩みを抱える背景には、インハウスデザイナーは優秀なのに会社の枠組みの中では新しいアイデアが生まれにくい状況に陥ってしまうという環境の問題がある気がします。僕は、人は自分の能力以上のものを期待されるからこそ大きく成長できると考えているので、こういうシャーレのしくみをつくることでクリエイティブ産業全体の活性化にもつながるのでは、と期待もしています。入口と出口さえ押さえておけば、中間はごちゃごちゃやったほうがものづくりは楽しいですし。nendoからデザイナーが独立しても、このようなプラットフォームがあれば一緒に仕事することもできます。そう考えると、将来、nendoという組織の輪郭は溶けてなくなっていくかもしれません。