Ingressで感じたデザインの本質
優志:Niantic, Inc.に入る前には、もともとWebmasterというチームのグラフィックデザイナーとしてGoogleの日本支社で働き始めました。そのあとAPACのマネージャーを務め、そしてこちらの本社に移りました。また同時にGoogleのホリデーロゴのプロジェクトにもイラストレーターとして参加しました。当時アメリカ人以外では初めてDoodleを描いたんじゃないかな。そしてまだ当時は社内スタートアップだったNiantic, Inc.にUX/Visual Designerとして参加しました。今はアジア地域のディレクターとして働いています。
高:じゃあNiantic, Inc.でも当初はワイヤーフレームを組んだり、UIをデザインされていたんですね。
優志:そうそう。今はマネージメントが主な業務だけど、手を動かしてつくることもなるべく続けていきたいです。
UXのデザインを長年やってきてすごく思うことがあります。最近ユーザーエクスペリエンスってとても注目を浴びているけれど、多くの人が頭の中で考えているUXって、まだまだ領域が狭いままで終わっているなって。多くの場合UXの領域がアプリ内で完結しまっている気がします。
僕はNianticにはUI/UXデザイナーとして入ったけれど、スタートアップなんで結局何でもやらなきゃいけなかった。UIのデザインをしつつも、イベントのコーディネートもしたりする。アジアへ出張に行ってイベントを開くと、最初は30人しか集まらなかった。それがだんだんと規模が大きくなり、次第に5000人を超えるイベントに成長した。そうやってIngressが成長するのを見てきて、UXの領域って見えているところだけではないはずだとすごく思った。アプリ内だけの体験はあくまで氷山の一角でしかなく、むしろアプリ外の体験がすごく大きいって。
例えば「2ちゃんねる」とかアメリカでは「Craigslist」、あれってUIデザイナーからすると一見何もデザインされていないように見える。でもユーザーはすごい増えた。今は見た目もファッショナブルで綺麗なUIのサービスってたくさんあるけれど、それが必ずしもユーザーの獲得には繋がっていませんよね。ユーザー体験の全体をデザインするために、デザイナーが見ないといけない領域が確実に広がっていると思います。
高:そういう話でいうと、最近インスタグラムが大幅にデザインをアップデートしました。僕はAndroidの携帯を使っていますが、Android版のインスタグラムはOSのデフォルトであるマテリアル・デザインを完全に踏襲したものに変わりました。それまではUI(ユーザー・インターフェース)のデザイン、例えばアイコンやボタンの動き方は、ある意味でブランディングの要素の一部でした。だからそこに独自性を出そうとする。ただ今回のリデザインでは、そういうインスタグラムっぽいUIがあえて全部外されました。僕はそれを見て、インスタグラムはプラットフォームとして成熟し、次のフェーズに入ったのだと思いました。きっとこれからは見た目のデザインではなく、もっと広義のユーザー体験のデザインに力を入れていくんだという姿勢がそこから垣間見れます。
インスタグラムが誕生した当初、同じようなアプリでPathというのがあったのを覚えていますか。UIデザイナーからすると、Pathはアニメーションやインターフェースにすごくこだわりを感じた。確実に良くできたアプリだったんですね。実際PathのUIに影響を受けたであろうアプリもその後に数多く続きました。対するインスタグラムの当初のデザインはどことなく野暮ったくてなんかダサかった。でも結果としてユーザー数を獲得したのはインスタグラムでした。
そんなことを目の当たりにして、多くのUIデザイナーたちは、これからは見た目のデザインに固執していてはダメなんだと危機感を持ち始めていると思います。
優志:僕がNianticに入った当初、僕は唯一の日本人でした。そのころのIngressを国別ユーザでみると、日本は24位ぐらいだったんですね。アプリは英語だし、日本人にはとっつきづらかった。それでどうやったらもっと日本人のユーザーを増やせるかを考えた時に、まずやったことはプロモーションのYouTubeビデオに日本語字幕をつけるとか、日本のイベントに行ってユーザーと会う。そういうPRとかマーケティング的なことから始めたんですね。僕はそれまでそういった経験が全くなかった。ただそういうことをやっていくうちに、見た目だけのデザインしか考えていなかった時には見えていなかった視点、そういうことを考えるようになった。従来のUI/UXだけに留まらない、全体を通してユーザー体験を上げていくためのダイナミズムみたいなものを感じたんですね。
僕自身はもちろんIngressが好きだし、ユーザーからの愛もすごく感じる。そうやって作り手とユーザーの両方から愛されるプロダクトってすごく大事だし、じゃあ何故そうやって愛されているのかなって考えるのもとても大事だと思う。
僕はデザインには2つの役割があると思っています。
ひとつは人の要望を満たすデザイン。たとえばこういう機能が欲しいって言われたからその機能をつける、そういった役割。
もうひとつは、人の行動を変えるデザイン。例えばiPhoneが出た当初、スマートフォンはBlackBerryが市場を占めていました。それまではハードウェアのキーボードのボタンがついているのが常識でした。ただiPhoneはそうしたデザインのすべてをそぎ落として、ひとつの方向性を提示した。そしてそれによって人の行動が変わりました。こういう人の行動を変えるデザインって強い信念が必要だと思います。まだ世の中に受け入れてないものを、それでも「これが正しいんだ」って貫かないといけない。
面白い例えがあります。財布のデザインを頼まれた。ユーザーはクレジットカードを平均10枚は持っているので、それが収まるようにデザインを依頼される。一つの方向性は、もちろんカードが10枚うまく入る財布をデザインすること。ただ逆の方向性もあって、3枚しか入らない、けれどその分薄くて持ち運びに便利な財布をデザインするってことも考えらえる。3枚しか入らないので持ち主には必要なカードを選んでもらわないといけない。ただその行為を強いることで、実際に必要なクレジットカードって実は1枚か2枚ってことを気付かせることになるかもしれない。もしくはどうやったらカードの量を減らせるかっていうことを考えるきっかけをつくるかもしれない。
そういう要望とは別の、人の行動を変化させるデザインが面白いと思う。Ingressもそういうデザインを意図しています。本来ゲームって家の中でやるものですよね。でも世の中を良くするためには人が外に出た方がいいんじゃないか、じゃあどうやったら人を外に出せるゲームを作れるか。人の行動を変えるのは簡単なことではありません。でもどうすればデザインやテクノロジーの力で人の行動を変えることが実現できるのか、それがIngressの挑戦です。
行動が変わる、そうした能動的な「気付き」が達成できると自然と愛着も湧くんですね。愛着が湧くから人にも伝えたくなる。それがIngressが広まった大きな理由だと思います。
高:日本ではSONYのウォークマンが素晴らしい成功例だと思います。録音機能なんかもすべてそぎ落とし、まったく新しい形を提示できた。それによって音楽を聴くというライフスタイルも変化しました。ただ近年の例を見てみると、日本から生まれてくる多くの家電は、マーケティングリサーチによって生まれたものばかりです。リサーチによって要望された機能をやたらと盛り込んだ家電。短期的にそのマーケットでは売れるかもしれないけれど、それではそのマーケットを越えてスケールはしないし、爆発的な人気を呼ぶことも難しい。
でもアップル製品やGoogleの各種プロダクト、AirBnBやUberなど、この10年で世界的に人気を呼んだ製品はマーケットリサーチによって生まれたものではないですよね。優志さんの言う「人の行動を変えるデザイン」が社会をドライブすることに僕らは気が付いてきている。
優志:日本でも素晴らしいデザイナーが多くいて、そうした本質的なデザインを積極的に広めようとしてます。もちろん毎日上から降ってくる仕事をこなしていると、理想を実現する余裕はなかなか生まれないかもしれない。だけど視野を広く保つのは大事。もし理想が実現できない状況なら、実現できる環境を探す。そうすればきっと道はあると思うんだよね。例えば海外に出るのも一つの手段。実際に日本を飛び出て活躍しているデザイナーやエンジニアはたくさんいます。電気自動車のテスラでも日本人デザイナーが活躍してるって聞きます。こっちは言葉が出来なくても実力さえあれば認めてくれる。そういうメッセージをこれからもどんどん発していきたいと思います。
まだまだ続く川島さんのお話。次週の後編では、成長するためにすべきこと、アメリカ生活では切っても切れない英語について。そして海外での子育て事情について伺いました。そちらも是非お楽しみに!