※本記事は株式会社博報堂のコラムで掲載された記事を表示しています。
深谷:今日はお会いできて本当に光栄です。じつは以前から藻谷さんの大ファンで、ベストセラーの『里山資本主義』はもちろん、ご著書はほぼすべて読んでいました。
そんな私が4年ほど前から地方創生の仕事に本格的に携わるようになり、藻谷さんのご見識には遥か遠く及ばないものの、自分なりに地方創生の課題が見えてきた部分があります。
私が長く携わってきたマーケティングの手法や地方創生の代表的な政策パッケージが、現地でそのまま使えるケースはまずないこと。いわば「不自然」の最たる東京を中心に築かれたビジネスモデルが、「自然」の中にある地域に当てはまるわけがないこと。地方創生に共通解などなく、地域ごとにオリジナルの特殊解を見つけるべきであること。-最近、藻谷さんのご著書を読み返したところ、自分が感じていた疑問をすべて見事に言い当てられていて、改めて感銘を受けました。
藻谷:自分と同じような感覚を持っている方に、そう言っていただけると嬉しいですね。
深谷:今日はぜひいろいろとアドバイスをいただきたいと思っています。
最初にお話ししたかったのが、藻谷さんの「“犬棒”能力」という考え方です。ご著書でも執筆されていますが、藻谷さんは国内・国外問わず、「旅先で何を見るべきか」などをまったく予習しないで、そのときの直感にしたがって歩き、見て回られるそうですね。
藻谷:その通りです。もともと予習するのが子どもの頃から大嫌いで、学校で言われてもやりませんでした。予習したのでは本番で驚きがない。驚きがなくては面白くない。だから頭に残りません。
さらに社会人になると、現場を知らない誰かの言っている嘘を、予習してしまう危険にも気づくわけです。目の前にある現実を捉えることが大切なのに、嘘を予習していると、目が曇ってしまう。現場に行くことが「嘘の予習の再確認」でしかなくなってしまって、目の前の現実が世の常識とは違っていても、それに気づくことができない。
ただし私自身、平成合併前の全国3200市町村のすべてを訪れていまして、県単位では一番少ない県でも50回くらいは行っていますから、いわば予習をし尽くした状態です。以前に訪れた際の先入観にとらわれ、新たな変化に気づきにくいということが多々あります。自分の先入観と違う発見に驚き、面白がることができるように、常に自戒していますよ。
深谷:じつは私も、誰かに編集された情報を事前に摂取してからその土地を訪れることに強い違和感を感じるのです。そんな情報を見るぐらいだったら、まず行ってみて、わからないなりにうろうろ歩いてみて、現地でいろいろな情報を自分で感じ取るほうがいいんじゃないかと。
藻谷:その土地のことを予習せずに歩く際に必要なのが、私が名付けた「犬棒能力」です。「犬も歩けば棒に当たる」と言うごとく、驚くこと、面白いことにうまく行き当たる力のことですね。うまく棒に当たるには、単に偶然に任せるのではなく、直感を鍛えることが必要です。その結果、地元の人も気づかないようなその土地の魅力に気づくことができる。
この犬棒能力は、さきほどの「予習しない」とセットになっています。予習したことの再確認に行くのではなく、予習もできない現実に出会いに行くという心構えが大事なのです。
魅力のない地域などない〜可住地人口密度から見る日本の「地の利」
藻谷:予習をせず、先入観を排除して見れば、あらゆる地域に独自の大きな魅力があることがわかります。そもそも何かいいことがあるから、人が住み始めたのです。「地元には何もない」と毎日繰り返しボヤいている住民は、その地元を選んだ先祖に失礼ではないでしょうか。
深谷:同感です。私も地域を歩いてみて、魅力がない土地なんてないと確信しています。
そもそも、人々がそこに暮らして生業を興したということは、地形的な有利性・必然性があり、代々そこに暮らしたほうが得だから住んだはず。その土地の地形や地名、歴史、文化を丁寧に読み解いていくと、その土地ならではの価値が必ず見えてくる。過疎化が進んでいると言いますが、もしそこに住むことの良さがなかったら、最初から誰も住んでいなかったはずですから。
つまり、住む人が減っているというのは、その土地の資産や魅力が理解できなくなっているということで、そこが重大な課題の一つですね。我々が地方創生に取り組む上でも、まず最初に地形の特性を前提に人や物がどのように動き、地域の魅力がどう形成されてきたのか、「地形の文法」を読み解くことがとても大切だと感じています。地元の人ですら気づいていない、いわば「非認知の資産」がそこには数多く眠っているからです。
藻谷:「天の時、地の利、人の和」という言葉があるでしょう。日本は「人の和」の国だと思っている人が多いけど、そうではない。まずもって「地の利」の国なんです。
私は現在までに海外105カ国のさまざまな街角を歩いてきましたが、歩けば歩くほど感じるのは、人が住むに適した場所がいかに少ないかということです。水がない、木が生えない、土が痩せている、年中暑すぎる、寒すぎる、そういうところに人類の多くが住んでいる。どこにでも清流のある「地の利」の宝庫のような日本で、何を文句言っているのだ? ということです。
そのあたりを客観的に示したのが、可住地人口密度です。可住地、つまり山や湖沼を除いて人が住むことが可能な土地1キロ四方に、どれぐらいの数が住んでいるかを示したものです。可住地人口密度が高い国ほど、自然が豊かで養える人口が多いわけです。
可住地人口密度が高いのは、もちろん世界共通で大都市部です。たとえば東京都は9500人、大阪府や神奈川県が6000人超ですが、大都市は、「地の利」の参考にはなりません。比較すべきなのはいわゆる「地方」です。たとえば北海道の248人という数字は、都道府県では最低ですが、中国の180人や英国の154人よりは格段に高い。米国は64人、ロシアに至っては17人ですからね。
国内では北海道の次に密度の薄い秋田県、岩手県が、人口が欧州最大のドイツと同水準。都市国家以外では欧州で最も可住地人口密度が高いオランダが、日本で39位の島根県と同等です。だから日本では、よほどの「地方」でも24時間営業の店が成り立つし、救急車も来る。
ちなみに、水と緑に恵まれた日本の人口が多いのは昔からのことであり、つい最近メキシコに抜かれるまでは、常に世界の国の人口ベストテンに入っていました。「日本は小国」、「田舎は人がいないので寂しい」、いずれも日本オンリーの常識であり、世界の非常識です。
深谷:なるほど。私も東京目線で語られる過疎化の議論にずっと違和感を感じていました。こうした確かな数字に由来した客観的な事実を見せられると、問題がより明確になりますね。
藻谷:そうです。過疎化論などというのは東京の価値観で語っているだけで、一顧だにする価値がない。世界的に見ても東京が明らかに異様なのであって、地方の人々がその価値観に惑わされるべきではないのです。
地方創生の具体事例① 島根県奥出雲町「雲州算盤(そろばん)産業再生プロジェクト」
深谷:私が取り組んできた地方創生の仕事について、少しお話しさせてください。
内閣府が進める地方創生事業の一つに「地方創生人材支援制度」があります。私はこの制度で参与を拝命し、行政サイドの立場でいくつかの市町村の地方創生業務を推進してきました。具体的には茨城県桜川市、つくばみらい市、鳥取県日野町ですが、それ以外で最初に関わったのが島根県の奥出雲町と江津市、富山県富山市などでした。「過疎」という言葉の発祥地と言われるほど早くから人口減少に直面してきた島根県で、私の地方創生の仕事を始めることができたのは大きな財産で、幸運だったなと思っています。
藻谷:具体的に、どんな活動をされたのですか?
藻谷 浩介 氏
日本総合研究所主席研究員/『里山資本主義』『世界まちかど地政学』著者
山口県生まれ。平成合併前の3200市町村のすべて、海外72か国をほぼ私費で訪問し、地域特性を多面的に把握。2000年頃より、地域振興や人口成熟問題に関し精力的に研究・著作・講演を行う。2012年より現職。近著に『デフレの正体』、第七回新書大賞を受賞した『里山資本主義』(共に角川Oneテーマ21)、『金融緩和の罠』(集英社新書)、『しなやかな日本列島のつくりかた』(新潮社、7名の方との対談集)。
深谷 信介
スマート×都市デザイン研究所長/博報堂ブランドデザイン副代表/博報堂ソーシャルデザイン副代表
事業戦略・新商品開発・コミュニケーション戦略等のマーケティング・コンサルティング・クリエイティブ業務やソーシャルテーマ型ビジネス開発に携わり、 近年都市やまちのブランディング・イノベーションに関しても研究・実践を行う。主な公的活動に環境省/環境対応車普及方策検討会委員 総務省/地域人材ネット外部専門家メンバー、富山県富山市政策参与などのほか、茨城県桜川市・つくばみらい市・鳥取県日野町など内閣府/地方創生人材支援制度による派遣業務も請け負う。
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