【クイズ】本当にあった怖いコンペの話
これは実際に私が経験したコンペの話です。企業名は伏せますが、このケースを読んで、A社の「不採用理由」が何だったのか、少し想像してみてください。(A社がどこかは、私のプロフィールを見たらバレバレですね。笑)
とあるエンタメ業界の競合のお話。年間数十億円の広告費を運用している。ある時、社運をかけた大型施設のローンチがあり、そのプロジェクトが発足。クライアントと既存代理店との付き合いは長く、大きな不満もないが、数年ぶりにコンペを実施することに。
業界3番手の代理店A社は、小さな案件での取引実績があり、声をかけられた。クライアントは公平な競争を促すため、調査データをはじめとする各種情報は可能な限り開示。A社は、優秀なスタッフを集め、何度も企画を練り直し、企画書の仕上がりも渾身の出来栄え。万全の状態で提案に臨んだ。提案の反応は上々。その後、前向きな再提案の要望があり、複数回のやり取りが発生。
ところが、なかなか「決定」との連絡がもらえない。しばらくして、既存代理店の継続が決定した。
敗退の連絡とともにクライアントから頂いたのは、このような言葉でした。「A社さんの提案は一番でした。でも今回は既存代理店に決めました。」さて、A社の不採用理由は何だったのでしょう?
【答え】A社という会社そのものの不安を払拭できなかった
あまり期待せずに呼んだ、業界3番手の代理店A社。蓋を開けてみたら、思いのほか、提案内容が良い。いや、何なら一番評価が高い。既存代理店から替えても良いのではないか? そんな意見が社内で上がる。そこで初めて真剣に考えた。大きな取引実績のない業界3番手の会社に、数十億円の年間予算と社運をかけたプロジェクトを預けて、本当に、本当に、本当に大丈夫だろうか? やっぱり付き合いの長い相手の方が、今回は良いのではないだろうか。絶対に失敗できないし……。
不採用となった代理店側からすると、「そんなことだったら最初から呼ばないでよ……」と思いました。元も子もない理由です。まるで、最初から落とし穴が用意されていたかのようです。かけた労力は水の泡。でも、クライアントの立場で考えてみるとわかります。社運をかけたプロジェクトです。絶対に失敗できません。
もし、自分の一存でA社に決めて、キャンペーンが失敗したら? その担当者はきっと、責任を追及されるでしょう。最大手の代理店に依頼して失敗しても損失は同じですが、責任の追及され方が違います。「最大手に頼んで失敗したのだから、そもそも難しかったプロジェクトなのだろう」という気持ちが働くのが人情です。
買い物に3つ目の選択肢は要らない
もちろん、業界最大手、2番手にも、それ相応の悩みや苦しみがあると思いますが、いったんそれは脇に置いてください。私が申し上げたいことは、3番手(以下)という存在が、競合において、いかにビハインドかということです。
コンビニのような、狭い店舗を思い出してください。よくよく棚を見ると、1つのジャンルにつき、基本的には2つのブランドしか取り扱っていないケースが多いことに気づきます。よほど人気で売上が大きいジャンルであれば、3つ以上のブランドが並べられていますが、基本的には2つ。正直に言うと、買い物客は「選べれば良い」のです。つまり、買い物するのに3つ目のブランドは要らないのです。
これと同じことが、コンペでもいえます。クライアントがコンペを行う最大の理由は、複数の提案を比較検討したい、というもの。乱暴に言えば、選べれば良いのです。となると、絶対に呼ぶのが業界最大手。その比較対象として、業界2番手。それ以下は、呼ぶ必然はありません。3社以上呼ぶケースも多々ありますが、それには何かしらの「理由」が必要です。
競馬に例えるのも失礼な話ですが、本命、対抗、大穴という言葉があります。「当て馬」なんて表現もありますね。このように、そもそも3番手以下には、「ひょっとしたら……」という淡い期待しか抱かれていないことがわかるかと思います。
3番手以下が勝つために必要なスキル
業界3番手以下の会社が、コンペで勝つための最低条件は「提案の中身で1着になる」ことです。提案の中身が2着以下なのに、業界3番手以下の会社が採用されることはありません。でもこれは、クリアすべき最低条件。その上で、3番手以下の会社を不採用にできる、些細な理由すら与えてはならないのです。ほんの少しでも不安要素を与えたら、3番手以下は採用されないのだと、私はこのケースで痛感しました。
もちろん、質の高い提案をつくることは、並大抵の努力ではできません。そのために必要なスキルはいくつもあります。真面目なビジネスパーソンほど、敗因を「自分の努力や能力不足」に求めがちなので、「提案の中身づくり」のためのスキル、自分の専門領域のスキルを、一生懸命に勉強します。かく言う私も、(自分で言うのは恥ずかしいですが)そんな一人でした。課題設定、マーケティング戦略、コピーライティング、アイデア発想法、などなど。様々なスキルを学び、コンペ仕事に取り込んできました。
でもこれは、私も後で気づいたことですが、勝利に必要なスキルの、ひとつの側面だけだったのです。努力の方向は間違っていませんでした。でも、勝つために必要な「もう半分のスキル」の存在に、当時はまだ気がついていませんでした。
先ほどの「会社そのものへの不安」という元も子もない落とし穴は、「提案の中身づくり」のためのスキルをいくら真面目に磨いたところで、どうにも回避できません。でも、事前に対策できなかったのかといえば、そんなことはありません。もしプレゼンで、体制面での強固さをもっとアピールできていたら? もし社長のトップ外交で、全社でバックアップする姿勢を事前にアピールできていたら? いわゆる「経験則」をベースにしたスキルを身につけていたならば、結果は違っていたはずなのです。
経験則は重要だが、成功事例は扱いにくい
皆さんの会社でも、ケーススタディと称して、コンペ獲得の事例共有会が開かれることがあるかと思います。しかし、他の案件にも適用できる汎用性の高い知見を、成功事例(勝ったケース)から抽出するのは、意外と難しいものなのです。そして、成功事例が扱いにくいのには理由があります。
人は、自分が所属する集団(内集団)の「成功」は「努力や能力のおかげ」とし、逆に「失敗」は「運や環境のせい」と、原因を考える傾向があります。社会心理学ではこれを「究極的な帰属の誤り」と呼びます。
2002年のFIFAワールドカップを題材として、日本人大学生を対象に行った研究があります。日韓共催だったこの大会で、日本はベスト16、韓国はアジア勢初のベスト4に入りました。この好成績となった理由をどう推測するか尋ねたのですが、その結果が興味深いのです。「日本がベスト16になったのは、これまでの努力の成果」「韓国がベスト4になったのは、運と勢いによるところが大きい」と答える傾向があったそうです。つまり、日本という内集団の成功は、「努力や能力のおかげ」とし、韓国という外集団の成功は、「運や環境のおかげ」としたのです。
客観的で冷静な判断が求められるビジネス上の結果分析において、「成功」を「努力や能力のおかげ」と結論づけやすいバイアスは、厄介な存在です。成功事例を聞くことで、真面目なビジネスパーソンは、自分の能力向上に、ますます時間と労力を費やすでしょう。しかし、個々人の能力というものは、一朝一夕には向上しません。つまり、「努力や能力のおかげ」と結論づけられがちな成功事例からは、なかなか「すぐに使える知見」は得られにくいのです。
勝利の前に回避してきた無数の落とし穴がある
もちろん、成功事例に学ぶことはたくさんあります。それは否定しません。でも考えてみてください。企画書の中身や、当日のプレゼンテーションだけが、コンペではありません。オリエンを受ける前から、プレゼンが終わった後まで。その全ての時間の過ごし方がコンペであり、その集大成として、成果物である企画書やプレゼンテーションが出来上がります。そう考えると、「勝利を決定付けた要因」の影に、「勝利のために回避してきた無数の落とし穴」があることに気づきます。そしてお察しの通り、この「落とし穴」を回避するためのスキルこそ、このコラムで言うところの「もう片方のスキル」です。そしてそれは、「敗因分析」から導かれます。
落とし穴を回避して、勝つ環境を整えよう
先ほどの「究極的な帰属の誤り」によると、内集団の「失敗」は「運や環境のせい」と分析する傾向があります。「究極的な帰属の誤り」は、社会心理学系のバイアスであり、一般的には歓迎されるものではありません。しかし、客観的で冷静な判断が求められるビジネス上の結果分析において、(運はさておき)環境などの「外的要因」のおかげとする分析は、むしろ好ましいといえるでしょう。なぜなら、環境が要因なのであれば、その環境を変えれば良いだけであり、個々人の能力向上と比べたら、圧倒的に改善が楽だからです。そして私の言う「もう片方のスキル」は、まさに「勝つ環境を整えるスキル」に他なりません。
負けたケースには、必ず理由(=敗因)があります。そして敗因分析から得られる知見は、汎用性が高い。敗因とは、他の案件でも起こり得る「落とし穴」だからです。だからこそ、負ける理由は潰せます。別の言い方をすれば、負ける確率は減らせるのです。勝つために、負けない戦いを身につける。「もう片方のスキル」を習得して、落とし穴を事前に回避し、勝つ環境を整える。それが、本コラムで提唱する「コンペの勝ち方」です。
いかがでしたでしょうか?
第2回(6月14日掲載)では、「もう片方のスキル」の正体、「アシストスキル」について詳しく解説します。