最近よく聞く「パーパス」って何ですか?Vol.8 森林貴彦監督が目指す、「KEIO日本一」という目標の先にある「目的」とは

多くの企業が近年取り組むようになったパーパスの策定。会社という大きな単位で取り組むものという印象が強いパーパスですが、実は部署、商品開発や店舗開発など、あらゆる場面で活用できます。今回、こちらのコラムに登場いただいたのは、2023年夏の甲子園で、107年ぶりに日本一を制した慶應義塾高校 森林貴彦監督。勝利を重ねる度に「高校野球を変えていきたい」と強い意志を公言されていた森林監督は、「野球の監督というよりも中小企業の経営者という意識でやっている」と話します。『パーパス・ブランディング』著者である齊藤三希子さんがインタビューをしました。

インタビュー:齊藤三希子(SMO)


写真 人物 森林貴彦監督とインタビュアーの齊藤三希子氏

専門家に関わってもらい、野球部の「経営陣」をつくる

齊藤:夏の高校野球では、いち卒業生として陰ながら応援していました。さっそくですが、夏の甲子園での優勝について、どのあたりが勝因だったと思われますか。

森林:結果が出るとその代が誉められるのですが、今年の代がこれをやったから上手くいったという方程式で言える問題ではなくて、今までの107年間の監督と選手、OBその他関係者の積み重ねであると思っています。同じように頑張っていても、結果が出ないような時もありますし。ただ、選手の頑張りと、前からやってきたこと、ここ数年で取り組んできたことが、ちょうどピースが今回揃ってはまった!という感覚はありますね。ここ数年の取り組みとしては、自分だけではやりきれないところを、良いと思う専門家にチームとして入ってもらったり、致知を使った勉強会や、人間力を高める取り組みも行いました。

齊藤:試合後のインタビューで毎回、周りや歴代のサポートへの感謝についてもおっしゃっていたのがそれだったんですね。

森林:メンタルコーチを付けて、脳をボジティブにコントロールするやり方を学んだり、夏の間2ヶ月半ずっと暑い!って中で、フィジカルの面とのトータルでコンディションを保つためのご指導もあったし、帯同していたトレーナーに体を調整していただいたり。こういった人の縁と、あとは運と勢いもありました。

齊藤:部活というよりは、プロスポーツだったり、一つの企業組織に近い感じにも聞こえます。いつごろからそのような形を導入していったのでしょうか?

森林:2015年に監督に就任して最初の3年くらいは、全部自分で吸収しようとやってみたんですが、結果、自分ひとりじゃ無理だ!と思ったんです。それぞれの専門家、いい人に関わってもらって、いい経営陣を作ろう、と方向転換して。常に、良い人いないかな!っていう目で探していますね。コロナがあり動けなかった時期を経て、人とめぐり合いながら、取り組んできたことが実を結んだように思います。

齊藤:さきほどおっしゃった、脳をコントロールするメンタルトレーニングというのは、具体的にどんなことを?

森林:SBT(スーパーブレイントレーニング)といって、どんなときでもプラスに考えられるように脳をコントロールする方法です。野球で言えば、エラーを出しちゃった時に3秒ルールで切り替えるなど、振り子みたいに揺れ動く心をすぐにプラスにもっていけるように、言葉、しぐさ、表情、No1ポーズをする、などでお互いに影響しあって、良い状態にするんです。

齊藤:どうりで、ピンチの時でも笑顔だったり、余裕の表情を見せていると思いました。

森林:笑顔でやろうとは一言もいってなくて、いい顔してプレーしよう!と言ってるんです。その「いい顔」が時には笑顔だったり、真剣なまなざしだったり、仲間を気遣う声だったりですね。それと、「ありがとう」はたくさん言うようにしています。お互いに言われても、言っても嫌な人はいないパワーワード。責めてもマイナスになるだけだから、言葉・表情・しぐさ、これらの心のトレーニングが今年よく出来たのはあると思います。


写真 人物 森林貴彦監督

ミッションは「日本一」と「恩返し」

齊藤:監督の本(『Thinking Baseball ――慶應義塾高校が目指す”野球を通じて引き出す価値』)も拝読させていただきました。こちらの本を書かれたきっかけは何だったのでしょうか?

森林:5年前に甲子園に出たときに、本を出さないかと言うオファーがあり、コロナ禍を経て出版に至りました。野球が大好きでやってきている反面、高校野球に関しては半分嫌いという気持ちがあり、ここ数年でそれが特に強まってきていて、枠の中での勝った負けただけでなく、枠を広げることをしたいという思いで出しました。ちょうど今回甲子園で活躍した3年生、2年生は、この本を読んで想いに共感してくれて入ってきている選手が多いので、その意味では良かったです。

齊藤:なるほど、企業だと、理念が浸透するのがなかなか難しくて、朝会で社長の動画を流したり、採用時にサイトで伝えたりして、あの手この手で浸透活動をするのですが、選手に対してそのように機能したのは興味深いですね。

森林:選手もマスコミ向けに「この本を読んで、慶應野球部を志望しました!」なんて言ってますけど、リップサービスかもしれないです(笑)。ただ間違いなく、こうした想いは選手とも共有しながらやっています。それが、1年前の新チームスタートの時に、ミーティングで決めた、“目標”と“目的”です。「KEIO日本一」が”目標”で、それによりこれまで支えてくれた人への恩返しをすること。そしてそれらの最終”目的”が、「高校野球の常識を覆す」。

齊藤:日本一と恩返しがミッションであり、そのミッションを見事クリアされ、その先にある壮大な目的=パーパスが、高校野球の常識を覆す、ということですね。そこにもリンクしますが、慶應義塾のパーパスとも言える、塾の目的「先導者を育てる」※1もあります。

※1慶應義塾は単に一所の学塾として自から甘んするを得す其目的は我日本国中に於ける気品の泉源智徳の模範たらんことを期し之を実際にしては居家処世立国の本旨を明にして之を口に言ふのみにあらす躬行実践以て全社会の先導者たらんことを欲するものなり(福沢諭吉「慶應義塾之目的」)


パース・イメージ スローガン「他喜昇り KEIO日本一と恩返し 常識を覆す」
慶應高校野球部のWebサイトに掲げられているスローガン

森林:福澤(諭吉)先生がつくった慶應義塾の教員※2として、この目的に共感していますし、そういう人を育てなければいけないという気持ち、自負は強いです。勝った負けたや、野球でないところで、どんな人になってくれるのかってことを忘れずに、運営にあたっています。

選手は目先のことに目が行きがちだけど、大人や指導者は同じ目線でやったらだめですね。よくある、結果の良し悪しで監督の首がかかっている、なんて状況では、なんのために高校野球が、野球部があるのかと、見ていて辛いです。

プロ野球選手を何人だすかとかはどうでもよくて、野球だけ教えてちゃだめ。野球を通じて、人として育てたいという思いが年々強くなっていまして。優勝したあとのいまこそ、それを発信するタイミング!ということで、どんどん言っているわけです(笑)。

※2森林監督は、日中は慶應幼稚舎(小学校)教諭を、夕方と週末は慶應高校野球部の監督を務めている。

齊藤:長い人生を見据えた人材育成、短い高校生活の中での勝利、一見、対立する二つを、両立できることを今回の優勝で示せたのでは、とおっしゃいました。

森林:メディアは勝負をとるか育成をとるか?って図式にしがちなのですが、勝利を求めるということと、待ちながら成長を促す、これはシーソーではないと思っています。ひとりひとりが成長していったら、結果として勝利、より成長(チーム・個人)が結果として勝利につながる。なんでも二分して対立を煽るでなくて、ちょっとした塩梅、割合の違いですね。

齊藤:文武両道、という評価もあり、それを高いレベルで両立させているイメージですね。企業でも、売り上げ・社会貢献・サステナビリティ…すべていいとこ取りというのは難しいけれど、対立ではなくバランスをとりながら、両方追い求めている企業が生き残れる企業だと思っています。

本当にやりたいことを剥き出しにやりとげる

齊藤:いまの高校生世代はまた違うと思いますが、企業で働くミドルエイジを見ていると、忖度が多くて、自分の考えはともかく、上が求めている答えだけを出しがちな人が多いと思うんです。

森林:そういう企業では、上が欲しい答えを出すような子を採りがちですよね。本当に自分が何をやりたいのか、世の中のために何をやったらよいのか?という視点が欠けていて、今この立場だったらこういうのを言った方が良い、自分のアイデアは出さない方が良い、というのが無意識に刷り込まれているのが怖いですね。それをどう打破するかを解らせてあげるには、本音同士で思いをぶつけ合う経験が少ないんじゃないかなと。プレゼンで上手に熱弁しても、本当にそうしたいの?と聞くと実はそうじゃない人が多くて、気づいた時には実は幸せじゃないのでは?と思うんです。クビになってもいいから頑張ってやる!っていう方が、楽しい人生じゃないかなって。本音をぶつけ合えるような組織だったら良いなと思うし、一人一人そういう生き方を選択してほしい。

齊藤:本当に自分が何をやりたいのか、世の中のために何をやったらよいのか?とおっしゃったのは、まさに個人のパーパスにつながりますよね。経営者の方であっても、意外とそういった個人のパーパスに気づいていない方が結構多くて、組織のパーパスと重ね合わせるために、個人的なパーパスを洗い出し、ワークショップなども行って、その過程を経てようやく気づいた、とおっしゃる方も多いのですが、監督がそのようにパーパス的なお考えに至ったきっかけは何だったのでしょうか?

森林:監督就任後、最初の一年間は全く上手くいかなくて、気を遣っても相手には伝わらないし、本当に思っていることも剥き出しでやって、それでダメだったら良いやって思ったんです。自分が本当に思っていることは何?と、まさにパーパスは何かを自問自答して、本を書いたのも、その思いを整理するためでもありました。

齊藤:「野球の監督というよりも中小企業の経営者という意識が強い」という森林監督の発言も拝見しました。尊敬・参考にしている経営者などはいらっしゃるのでしょうか?

森林:その人ひとりに全部に惚れ込んで寄っていくということはしたくないので、ちょいちょいつまみ食いのいいとこ取りです(笑)。坂本龍馬は好きなので、ああいうでかいことをしよう!とか、かっこよく言えば、日本をなんとかしよう!という、そんなイメージを目指しているというのはありますね。

齊藤:監督なら現代の龍馬になれそうな気がします。それでは最後に、さきほど自問自答され執筆で想いを整理されたという森林さんご自身のパーパス、何のためにやっているのか?を教えてください。

森林:高校野球の注目度は高いですが、高校野球という枠だけでなく、日本におけるスポーツ全体の価値を高めることや、スポーツを通じて人を育てる、そういう役割を果たしたいですね。もっと言うなら、スポーツを通して日本をもっといい国にして、日本そして世界をもっと平和にするとか、日本や世界に貢献すること、でしょうか。

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写真 人物 森林貴彦監督

森林貴彦 もりばやし・たかひこ

慶應義塾高校野球部監督。慶應義塾幼稚舎教諭。
1973年生まれ。慶應義塾大学卒。大学では慶應義塾高校の大学生コーチを務める。卒業後、NTT勤務を経て指導者を志し、筑波大学大学院にてコーチング論を学ぶ。慶應義塾幼稚舎教員をしながら、慶應義塾高校コーチ、助監督を経て、2015年8月から同校監督に就任。2023年夏の甲子園で甲子園(夏)の全国制覇を果たす。

『パーパス・ブランディング』~「何をやるか?」ではなく、「なぜやるか?」から考える
齊藤三希子 (著) 
ISBN: 978-4883355204




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