従業員満足度向上が企業の「伝統」を創る
伝承的歴史観を漂わせる「伝統」という言葉と、一世を風靡(ふうび)した「伝説」という言葉は、CSRでは大きな意味の違いがある。創業者の経営理念のもと、何代かの歴代の経営者の一挙一動を積み重ねて培われた企業土壌、組織風土はその企業の「伝統」となり、従業員は自らの会社を、業界や市場の特徴ではなく過去の歴史的観点から特異な特性として認知している。そのような企業の従業員に自らの会社の特性を評価させると、誰に教えられることもなく多くの表現で熱く語ってくれる。彼らは優秀な広報マンなのだ。
一方、「伝説」のカリスマ経営者が創業したITに代表される新興企業では、その経営手腕を歴史に残すことはあるかもしれないが、企業風土の定着という点では極めて不安定である。従業員に自身の会社の特性を聞いてみても、経営者のカリスマ性に目を奪われ、社会との接点から見た自身の役割や企業活動の中での自身の立ち位置ですら答えられない者も多い。血の通わないロボット経営には、経営者のコミットメントという伝家の宝刀はあるものの、CSRによる企業価値創造という言葉はなじまない。
ブランドが一朝一夕に確立できないように、CSRによる企業価値創造も容易ではない。従業員から見て表現できない会社は、投資家や株主から見ても「実態のない会社」「何をしているのかわからない会社」に見えているはずである。
ここ数年、ES(従業員満足度)調査をすると、会社に満足している従業員は意外に少なく40%前後である。「満足度」が低い従業員は「やる気」も低く、「企業の定着率」も深刻である。従業員が充実した仕事・職場環境をイメージする場合、「適正な給与」や「適正な評価」を大きく超えて「仕事のやりがい」が突出する事例も少なくない。
昨今、残念なことに売上至上主義が軸足となりつつあるが、仕事の「誇り」や「自信」といった視点はどこに行ってしまったのか? かつて人は「仕事を任され」「それをやり遂げ」「褒められ」「周りから認められ」「信頼された」ときに「誇り」や「やりがい」を感じ、社内の居場所を認識する。同時に「お客様から褒められ」「お客様と喜びを分かち合う」瞬間に「感動」を共有していたはずだ。そうした毎日の「感動」がCSRの底力となることを失念している企業が多いことが残念なことだ。