「デジタル」に従来型メディアを変える可能性見出す
Print Adsにはネット広告のような「アルゴリズム」は存在しなかったが、「広告主が出したい場所は、自社に合うようなオーディエンスがいるところ」という法則に従えば、自然とマッチングされた広告が掲出される。もちろんそのためには前述したように、広告枠に対して多数の広告主が必要になってくる。しかし小さな広告主が新聞広告の枠なんて買えるのだろうか? という疑問が出てくるかもしれないが、そもそもアメリカは全国紙文化ではないので、それほど高くないという背景があったのとともに、大きい枠は買えなくとも小さな枠なら買えるはず、という目論見もあった。例えていうなら、ケーキを丸ごと一個買う人の数と、スライスされたケーキを買う人の数でいうと後者の方が数が多い、ということと同じようなものである。
またもう一つの課題として、「検索連動型広告などはテキスト広告中心だから誰でも作れた。でも新聞広告は作れないでしょう?」というものがあった。それについては“Ad Creation Market Place”という「広告制作者と広告主のマッチングプラットフォーム」のようなものがあり、広告主はいくつもの制作者にオファーを出し、一社選んで制作させるということもできたし(しかも制作物を制作会社がアドワーズ上に入稿できた)、簡単なものであればアドワーズの管理画面から広告主自ら画面を見ながら作成することができ、そのまま入稿できるという仕組みまで開発されていた(後者はのちにDisplay Ads Builderとして、オンライン・ディスプレー広告作成の仕組みとしてリモデルされた)。
さて、ここまで出来ていたものが「サンセット(日が落ちる=中止されるの意)」となったのは非常に残念だった。アメリカへの出張を何度も行い、同広告商品のプロダクトマネージャーたちとも話をし、日本の新聞社、代理店の方々へもデモを行い、日本になんとしてでも持ってきたかったのだが、本社側でプロジェクト中止になったのでどうしようもない。
ただ、このプロダクトを通じて学んだことがある。それが最初に書いた広告のビジネスにおける「イノベーション」と「リノベーション」だった。グーグルという会社は検索連動型広告という新しい広告市場の「イノベーター」ではあったが、もしかすると「リノベーター」となるには会社が若すぎたのかもしれないし、「リノベーション」をする先はレガシー(旧来の)市場なのでそこで働く人々・市場構造に手を入れるだけの「大人な判断」が必要であり、一筋縄ではいかないのだ。新興市場のプレイヤーは新しいビジネスフィールドだから伸びているのに過ぎないのかどうか、ビジネス展開の上で判断する必要があろう。
レガシーな市場が「リノベーション」によって生まれ変われるという可能性を目の当たりにしたのは非常にラッキーだったと思う。従来型メディアですら、デジタルのチカラによって(単に電子出版になるとかいう単純なデバイス置き換え論ではなく)変化できるという可能性がある。ネット業界のプレイヤーにもぜひ、レガシーなフィールドへの進出、それによる再生に目を向けてもらいたいと思う。
高広伯彦の“メディアと広告”概論 バックナンバー
- 第11回 グーグルから学んだこと――広告ビジネスのイノベーション、そして広告人としての個人的興味:2(1/31)
- 第10回 グーグルから学んだこと――広告ビジネスのイノベーション、そして広告人としての個人的興味:1(1/24)
- 第9回 消費者行動の再考--コンテクストプランを考えるうえで(1/17)
- 第8回 メディアの「エンゲージメント」を活かすという視点(1/11)
- 第7回 注目すべきは従来メディアのリノベーション――メディアが本当に変わるのは、これから10年(1/4)
- 第6回 B to Cのマーケティングは、B into Cのマーケティングへ(12/20)
- 第5回 セグメンテーションからコネクションへ(12/13)
- 第4回 コンテクスト・プランナー:2(12/6)