ジャーナリスト 佐々木俊尚氏
3エリアで異なる、消費に対する感覚
震災後、石原都知事の「花見自粛」発言が話題になりましたが、被災地にいる人たちのツイッターを見ると、「自粛なんかしないで、これまでどおりに経済活動をしてほしい」という声があるのも事実です。
被災者のことを考えれば、「浮かれた気分になれないし、ひっそりと彼らのことを考えたい」と思うのは当然ですし、否定されるべきではありません。しかし自粛とは、自分から進んで行いや態度を慎むことであり、他人に強制されることではない。お酒を飲みながらでも、被災者やこれからの日本がどうなるか、を考える必要はあるでしょうし、震災の影響で、日本の経済がものすごい勢いで停滞する可能性も出てきています。被災者を応援する気持ちとは別に、消費活動をきちんとしていけばいいのではないかと思います。
これまでの地震や台風などの災害は、ある程度、エリアが限定されていました。私が毎日新聞の記者だった当時、阪神大震災の現場で取材をしましたが、直下型地震だったため、建物の倒壊が激しいエリアからほんの数キロぐらい離れると、ごく普通の日常があり、京都や大阪も健在でした。被害がピンポイントだっただけに、少数の被災者とそうでない膨大なバックヤードという区分けができていたのです。だからこそ、支援物資を集中的に運ぶことも可能でした。
ところが今回の東日本大震災は、被災地が広大だった。そしてもう一つ重要なのは、東京も被災地であるということです。地震や津波の被害は少なくても、福島の原発事故は東京の人の心にも強い影響を与えました。テレビや新聞では、被災地についての報道がほとんどなので、東京の人が不安におびえて暮らしていることまでは、西日本の人には伝わっていないところがありますが、水を求めてパニックになったり、買占め騒動がおきたり、東京にも暗い心理的影響をあたえています。
被災地と首都圏、そして名古屋から西の非被災地の3つのエリアで、受けている感覚が違うのです。3つのエリアによって、自粛や消費に対する考え方も違うはずですし、今後どのように広告をしていくかを考える上でも、この感覚の分断は重要な問題になってくるでしょう。
メッセージ受容の鍵は当事者か傍観者か
終末的な気分に覆われている東京というのは、おそらく終戦直後以降、日本人が経験したことがないことでしょう。その中で受け入れられる広告を考えるには、「当事者か傍観者か」という意識が必要です。
ものすごく単純化すると、西日本は地震について第三者的ですが、首都圏は当事者意識が強いのです。放射能におびえる人がたくさんいて、千葉県・浦安市などでは液状化の被害も受けています。メディアを使って情報発信をしていく側も、この当事者意識を救い上げる必要があるでしょう。
震災直後、「放射能がくる」と見出しを付けた週刊誌の『アエラ』は批判され、「日本を信じよう」と見出しをつけた『週刊ポスト』は評価されていました。2誌の違いは、当事者意識を持っていたかどうかにあります。もしアメリカのメディアが『アエラ』と同じ見出しをつけても誰も気にしなかったでしょう。傍観者としてはあの見出しでいい。しかし不安におののいている人たちからみると神経にグサっとくる言葉だったわけです。
一方『ポスト』は、当事者としての意識が鮮明に打ち出されていて、そこが共感を得た要因ではないかと思います。広告においても、今後は共感をどうやって作っていくかが大事になってきます。それがないと、情報として受容してもらえないのです。
震災で見えてきたメディアの使われ方
もちろんこの状況下で全員に共感してもらう情報を流すのは難しいことです。たとえばテレビでは通常の番組が復活し、バラエティやアニメを放送していますが、「非常時なのだから震災のニュースをもっと流してほしい」とクレームを言う人たちがいます。一方で災害の映像がPTSDを引き起こしやすいこともあり日常モードに早く戻りたいと思っている子どものいる家庭もあるのです。両社の意見とも否定できるものではありません。
またエリアによっても求められる情報は異なります。仮設住宅はどうなるのか、といった具体的な生活支援情報は被災地に送り届けるべきですし、首都圏には不安を極力やわらげ痛みをわかちあえる情報を、西日本はまた別なもの……というように切り分ける必要があります。
しかし全国一律に同じ情報を流す旧来のマスメディアの仕組みでは、異なる情報を欲する人たちへの対応がうまくできないことが震災で明らかになりました。それを補っていたのがラジオやソーシャルメディアでした。
ただし、伝播力の強いツイッターはリアルタイムでつぶやけますが、情報の出どころがあいまいでデマも発生しやすかった。140文字しかないため、きちんとした情報を送り届けるのが難しいといったツイッターの限界も見えてきました。
信頼できる情報をキュレーションする(選びとり、共有していく)には、ツイッターだけではなく、たとえば東大病院の放射線治療チームのブログなど、専門家が発信するブログだったり、他者評価がわかるフェイスブックだったりを組み合わせ、ソーシャルメディアに多様性をもたせる方向に行かざるを得ないでしょう。
今回の震災で、ケータイの音声通話がつながりにくかったことから、家族にツイッターアカウントをとらせよう、と言っている人たちも出てきていますし、ソーシャルメディアは都市部の20代、30代だけでなく、幅広い世代が使うようになってくるでしょう。野村総合研究所が行った、重視している震災の情報源について聞く調査でも、新聞社によるインターネットの情報とソーシャルメディアの情報は、ほぼ同じ割合という結果が出ていました。今年の後半ぐらいには、ソーシャルメデイアが情報流通の基盤になる時代が本格的にやってくる可能性が高いと見ています。(宣伝会議 2011年 5/1号より 一部抜粋)
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(ささき・としなお)
1961年生まれ。毎日新聞記者、『月刊アスキー』編集部を経て、フリージャーナリスト。主にIT分野を取材。『キュレーションの時代』『電子書籍の衝撃』、『2011年新聞・テレビ消滅』など著書多数。