同じキャッチコピーでもこれほど違う!
先週、アドタイコラムニストの大田英基さんのコラム「海外で見掛けるBuy 1,Get 1 Freeマーケティングとは」を読んで、共感した。ただし、私の場合は危機管理コンサルタントとして違う視点からである。通常は、この言葉は、一つを買えば、もう一つおまけがついてくる、という意味である。しかし、危機の現場ではこんな風になる。
「1人分を購入すると、もれなくもう1人分がついてくる!」 解釈によっては、まるでどこかのテレビ通販で、商品を売るために司会者が話している決まり文句のようだ。しかし、そんな軽々しい問題のことを指しているのではない。これはアメリカで著名な誘拐対応コンサルタントのPRキャッチコピーである。その種のキャッチコピーはほかにもよく聞く。
「当社は過去10年間において、死なせてしまったケースは3人だけである。」 自らが担当し、交渉に失敗して死亡させてしまった数を、PRに使うなど前代未聞だが、誘拐事件の場合、仮に生還したとしても、約50%の確率で精神障害もしくは体の欠損を伴うことが、通例とされていることから考えると、10年間で3人の死亡は「奇跡的手腕」となるのである。
誘拐事件対応で差がつく「get one free」の意味するもの
では、この「Please buy one, get one free!」というキャッチコピーは具体的にどんなおまけがついてくるのか?
こんな事件が現実に発生した。南米において、ある現地法人社長(日本人)を乗せた社有車が3台の車に囲まれ、無理矢理停車させられた。黒装束の男達数人は、現地法人社員の運転手と社長を拉致して、そのまま彼らの隠れ家に拘束した。
彼らは現地法人社長に対する高額の身代金を要求するが、それだけではない。現地採用の運転手に対しても、高額な身代金を要求するのである。多くの場合、企業は誘拐保険(Kidnap and Ransom Insurance)に依存している。なぜなら、誘拐保険はこのような事態に対して、有能な危機管理コンサルタント派遣を付帯サービスとして提供しており、有事になれば即日対応を開始するからである。
ところが、この誘拐保険があだになることもある。通常、誘拐保険の被保険者(保険の対象者)となるのは、役員や上位の管理職者であり、運転手のような一般社員は対象となっていない。保険会社が派遣した危機管理コンサルタントが交渉を担当するのは、被保険者に限定されていることがほとんどである。
このような場合、上記の事例は交渉の大きな支障になってしまう。仮に、社長だけを救出するために、現地採用の運転手の命が犠牲になるようなことになれば、現地法人の従業員達は、この日本企業の本社の決定を決して許さないだろう。さらに言えば、労働問題やサボタージュを含めた別の問題が、発生することも予想される。
そこでこの危機管理コンサルティング会社のキャッチコピーは大きな意味を持つ。本事例のような場合を想定し、保険の対象者1人に対して、もう1人の保険対象外の拉致者に対しても、無料で交渉を行うというのである。このように現実の局面にあわせて、コンサルティングの幅を持たせてゆくことは極めて重要であり、事態の進捗に大きな影響を与えるものである。
単に、買い物のおまけで何かをもらえるのと違い、地球の重さよりも重いとされる人の命、助かるかどうかを決める「buy one, get one free!」はどんな宣伝文句よりも大切かもしれない。
白井邦芳「CSR視点で広報を考える」バックナンバー
- 第27回 「日中韓首脳会議で見えてくる江戸時代流『踏み絵』の世界」(5/26)
- 第26回 「危機の現場で見え隠れする日本人の脆弱性」(5/19)
- 第25回 「脚光を浴びる『フォールトトレランス』と『レジリエンシー』という概念」(5/12)
- 第24回 「復興、再生の強い意思を胸に、日本人ひとり一人が行動を始めることが重要」(4/28)
- 第23回 「日本が変わるために、まずは原発被災者を救済することが先決」(4/21)
- 第22回 「『スパゲティウエスタン』化する原発問題」(4/14)
- 第21回 「『今そこにある危機』を再認識する」(4/6)
- 第20回 「Emergency Plan(緊急対応計画)を持たない日本の孤立化」(3/31)