リスクマネジメントと危機管理を同一視する概念を捨てる
国内の企業は、リスクマネジメントと危機管理の概念の違いを明確に持たず、現実の事故や危機的事態を軸に前後の時間的関係から一本の線でとらえようとする。そこに大きな問題が生じる。
リスクマネジメント(Risk Management)とは「今後発生するであろう損害・損失を最小限のコストで効果的に防御する事前手法」であり、一方、危機管理(Crisis Containment)とは「予想外の、あるいは予想を超えた問題事案の拡大防止や、それに伴う風評被害、ブランド劣化から発生する損害・損失の極小化による利益確保のための事後処理」である。
リスクマネジメントは「リスク移転」「リスク回避」「リスク保有」「リスク低減」の4つの手法を巧みに利用して、ある種のリスクを全くなくしてしまったり、軽減させることが可能である。そうした意味では、リスクマネジメントは周到な計画と緻密な頭脳によって管理されるしくみであるといえる。
一方、危機は防ぐことが不可能であり、一度発生すれば損害・損失を無にすることができない。危機の発現から拡大までのスピードはリスクマネジメントにかけた時間とは比べものにならないほど短く、早ければ3時間でピークを迎える。また、その状況変化は千差万別であり、経営トップダウンによる指揮権発動と経験・応用力に長けた実務部隊及び訓練された組織こそが不可欠である。彼らのミッションは軍隊における戦術行動(Maneuver)に等しい。
このようにリスクマネジメントと危機管理が適切に機能するには、危機的事態を境に体制や組織の乗り換え(Vehicle change)と指揮手法の変更(Driver change)が瞬時に行われる必要がある。
内部統制中心の管理態勢で弱まる経営者の危機管理能力
「危機」とは単発の事態の羅列ではなく、それ自体が引き金となって同時多発的に発生する新たな危機を誘引する起爆剤である。危機的事態が連鎖し、時間が制約されている中、経営者ができることは極めて限られている。トップダウンによる指示を出す立場の経営者は、①アクションプランの提示 ②危機的状況における「情報収集」「事実確認」「噂の排除」「機密情報の漏えい対策」などの情報管理 ③危機管理対策のタイムマネジメント ④大胆かつ適切な経営判断を心がけなければならない。
日本において企業の不祥事は頻繁に発生しているものの、正しく情報開示がなされる事例は少ない。初動の事実確認が甘く、適切な方法で事実を裏付けていく基本姿勢に欠け、訂正報道が繰り返されている現実がある。不祥事や危機が生じると噂や風評が跋扈し、信頼できるソースから裏付けられた事実との判別が瞬時につきにくい状況が一定の期間継続される。限られた時間の中で、事実のみを抽出して開示できることが「危機に強い会社」の第1条件であることを理解すべきである。
事実が判明すれば、正しい情報を基に、危機発生のメカニズムが解明され原因が明確になる。合理的な説明から求められた原因究明が利害関係者の期待する2番目の回答となる。
「危機に強い会社」は同時に危機に対処する能力も要求される。一次被害をどれだけ早期に止められるかは、その企業の経営者の力量・社員の訓練度合い、知識のレベル、専門家の有無などによって大きく影響される。
事実が判明し、原因が究明されても責任が明確にならないことがよくある。責任を表明しない会社は、いつまでたっても同じ危機的事態を繰り返し、悪弊として従業員の心に深く刻み込まれる。責任表明ができることはステークホルダーにとって期待できる会社であるかどうかを確認する試金石となる。
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