いまはマス・マーケティングからソーシャルグラフへの岐路
さいとう・とおる
1985年、慶応義塾大学理工学部卒業後、日本
IBM入社。1991年、フレックスファーム創業。
携帯コンテンツ変換ソフト「x-Servlet」で日経新聞
優秀製品賞・広告賞を受賞。2005年、ループス・
コミュニケーションズ創業。国内での企業向け
SNS構築分野でトップシェア。企業コミュニティを
多様なソーシャルメディアと有機的に結びつけ「ク
チコミ動線」を設計・構築・運用するコンサルティン
グ・ファームとして事業を展開。SNSをはじめとした
ソーシャルウェブのビジネス活用、クラウドソーシン
グの企業経営への活用を支援する。経営への活
用を支援する。著書に『ソーシャルメディア・ダイナ
ミクス』(毎日コミュニケーションズ)、『新ソーシャル
メディア完全読本』(アスキー・メディアワークス)、
『Facebookブランディング』(翔泳社)などがある。
――ソーシャルゲームCity Ville(シティビル)のユーザーが短期間で1億人を超えたことが話題になりました。ソーシャルゲームは人々のつながりにどんな影響をもたらすのでしょうか。
斉藤 ソーシャルゲームの良さは、サッカーの第6回女子ワールドカップで日本代表「なでしこジャパン」をみんな応援した、あの感覚に似ています。あのときテレビを見ながら日本中のお茶の間がつながったと感じられたのではないでしょうか。ソーシャルゲームにも同じような効果があり、オンラインでつながってチームで一緒にプレイすることもできます。
最近注目されているのが「ゲーミフィケーション(Gamification)」です。これはゲームを面白くするために使われる技術やノウハウのことで、たとえば、一定の時間、アクセスしないと花が枯れてしまうとか、10段階までいけば完成するので8段階までいけば残りの2段階は続けてやってしまうとか、ロールプレイングゲームなら、マネー化できるアイテムを加えるなど、さまざまなものがあります。
行動心理学や脳科学を応用したいろいろなテクニックが発達してきていて、これをマーケティングや社会貢献などに応用していこうとする取り組みも始まっています。
小林 これからはソーシャルビジネスなんかもみんなゲーミフィケーションを取り入れていくことになるんじゃないでしょうか。どこでどんな活動に参加したか写真やテキストをアップして体験をシェアしたり、ポイントをためてプレゼントをもらえたり、友人にあげたりすればそれ自体がゲーム化します。
たとえば、「イフ・ウィ・ラン・ザ・ワールド」というサービスは、何かをしたい個人と同じ気持ちをもつ人をつなぎ、社会的な活動を形成させます。「ジュモ」というサービスは、個人とNPOなどをつなぎます。このように身近なことから個人が社会に働きかけることができます。
それらサービスは、ソーシャルグラフ(ユーザー間のつながり)との相性もよく、単独のアプリより仲間を増やします。
斉藤 その意味ではフェイスブックはよくできていますね。機能を増やすよりシンプルさを追求して成功しています。友人同士でつながっている、なんらかの関係性のある情報のほうがマスメディアから流れてくる情報よりもインタレスト(関心)が強いので、逆にマスメディアの情報への関心が薄くなっています。
小林 企業のソーシャルグラフの活かし方という点では、いまは岐路ですね。キー局のゴールデンタイムのテレビコマーシャルだとか、マス・コミュニケーションではなくて、ソーシャルグラフを介して、その人にとって関心の高い情報を届けることができる時代であるということを、マーケティング担当者がどれだけリアリティをもって感じているか。それにより今後のプレゼンスが決まるといってもいいでしょう。違いがいまは表立って見えないけれど、数年後に振り返れば大きなターニングポイントになっていると思います。
斉藤 いま「ソーシャル」で起きている変化は、数年前に話題になったリンデンラボの3次元仮想世界「セカンドライフ」とはまったく違うものです。セカンドライフにはリアルな関係性はありません。
一方、フェイスブックがまだハーバード内のSNSだった頃、話題になったのが「フェイスマッシュ」という、悪戯心のあるゲームです。学校内のみんなが知っている女の子の顔写真を並べて「どっちがいい?」と人気投票をやったわけです。すぐに人権団体に非難され、ザッカーバーグも反省したそうですが、もし、同じことをファッションモデルの顔でやっても話題にはならなかったでしょう。
つまり、リアルに知っている人だから面白いということです。情報に対する熱さが違うし、自分だけ参加しないわけにいかないということになります。
小林 それに、セカンドライフは大きなマシンパワーを必要とするので「スマートフォンでいつでもどこでも…」というわけにはいきません。フェイスブック同様、ソーシャルゲームもユーザーに必要以上のことをやらせないのが成功のポイントです。
斉藤 ゲーム途中で出てくるアイテムの選択肢も少ないほうがいい。15個以上だとだれも買わないので、2~3個から選べることがポイントです。そういうさまざまなノウハウがたまってできたのがシティビルやその前身のファームビルなので、一気に火がついたのです。
オープンソースでクラウド型問題解決が可能になる
――ソーシャルメディアやソーシャルゲームを、地球環境問題に配慮したコーズ・リレーテッド・マーケティングやまちづくりなどに活かすにはどうしたらいいでしょうか。
小林 いまは環境にかぎらず、いろいろな社会貢献活動のリソースを共有できるようになっています。たとえば、アーキテクチャー・フォー・ヒューマニティ(AFH)という団体は、建築のためのリソースをオープンにしていて、たとえば紛争地域では、地元の専門家と協力して技術知識提供を行い、難民のために迅速に住居をつくれるように支援しています。クリエイティブ・コモンズは、著作物の引用公用ルールです。
斉藤 英語以外の各国語のフェイスブックは、ボランティアが翻訳したものに利用者が投票して対訳が決まってきました。本社は翻訳に一切かかわっていません。そういう設計がされていればみんなが参加してスピーディに展開することが可能です。
小林 これまでの中央集権型な組織運営は上意下達というやり方でした。これからはソーシャルを使って分散型の超フラットな「協働型」になっていくでしょうね。頭脳を一カ所にもたないヒトデ型の組織運営によくたとえられます。
たとえば、代替エネルギーを使って発電するとして、そのためにクラウドから資金を集めてREIT(不動産投資信託)のように運用するなど、同じ思いをもった人々の間にもゲーミフィケーションを活用できる素地はあるでしょう。地球の未来を考える人たちが知恵を出し合い、課題解決に向けたゲームを開始するわけです。
斉藤 ゲームに夢中になってしまう感覚で、みんなが参加したくなる仕掛けをつくればさまざまな環境問題が一気に解決へと向かうことも期待できます。総論賛成、各論反対の典型が環境問題ですが、ソーシャルメディアの世界ではすでに1人ひとりの暮らしと世界の問題がひとつにつながっているので、いままで解決不能に見えた問題にも新しい解決方法が見えてくるのではないでしょうか。
【お知らせ】 9/12(月)より、斉藤徹さんのコラム「ソーシャルメディア時代のチェンジマネジメント」が
スタートします!
エネルギー問題や自然環境保護など、環境問題への対策や社会貢献活動は、いまや広告・広報、ステークホルダー・コミュニケーションに欠かせないものとなっています。そこで、『環境会議』では、旬なキーワードを取り上げ、基本的な考え方から先進事例まで、経営層やCSRの担当者が知っておきたい内容をコンパクトにまとめてお届けしています。 発行:年2回(3月5日、9月5日)