大企業におけるオープン・リーダーシップ

透明性の時代の新しいリーダーシップ・スタイル

経営層からトップダウンで眺める企業像と、現場からボトムアップで見上げる企業像は、同じ実体であってもその見え方が全く異なっている。経営幹部にとって自社組織とは秩序だった経営資源であり、コントロールすべき精密な道具に見える。一方、現場社員にとって自社組織とは得体のしれない管理者の集合体であり、現場で日々起こる問題を先送りするスポンジのような存在だ。

企業は顧客からお金をいただくことで存続しているにもかかわらず、社員はいつの間にか給与額を決定する経営サイドに顔を向けるようになっていく。その結果、顧客の問題を解決することに割く時間より、社内報告や調整にあてる時間の方が増え、さらに管理者を管理する仕事まで増殖していく。本来、組織は有能な人材の持つエネルギーと専門知識を有効活用するために生まれたにもかかわらず、時に合理的マネジメントスタイルが社員の持つ個性的で多様なパワーを封殺してきた。

しかし、新しい時代が到来した。企業にとって都合の良い情報を発信し、顧客の購買行動をコントロールすること。権限管理と情報統制によって、社員の生産行動をコントロールすること。長く続いた統制志向のマネジメントスタイルは、顧客や社員が力を持たないことを前提とした時代のものであり、もはや通用しなくなりつつある。

「グランズウェル」の共著者シャーリーン・リー氏は、新著「Open Leadership」において、透明性の時代における新しいリーダーシップ・スタイル「オープン・リーダーシップ」を提言した。オープン・リーダーシップとは、謙虚に、かつ自信を持ってコントロールを手放すと同時に、相手から献身と責任感を引き出す能力を持つリーダーのあり方だ。これは、役員室という管制塔から顧客や社員をコントロールしようとする従来型マネジメントと一線を画すものだ。

日産を再建させたゴーン氏は、社員のマインド変革に注力した

典型的なオープンリーダーとして思い浮かぶのはザッポスのCEO、トニー・シェイ氏だろう。彼は共通の価値観を社員教育から人事評価にまで組み込み、社内に深く浸透させた。しかし、オープン・リーダーシップは小企業のものだけではない。セクショナリズムが深く組織に根づいた大企業でも、大胆な変革事例はいくつもある。最も典型的なのは、日産自動車に劇的なV字回復をもたらしたカルロス・ゴーン氏のリーダーシップだ。

1999年10月に社長に就任したカルロス・ゴーン氏は、経営再建計画「日産リバイバルプラン」を発表する。そして、この中で3つの大胆なコミットメントを明示、いずれか一つでも未達の場合には経営陣全員が辞任すると公約した。しかしながら、ゴーン氏のマネジメントスタイルは決して強引なトップダウン型ではない。実際に「日産リバイバルプラン」は部門横断で構成される9つのチームにおいて徹底的にディスカッションされたものをベースとしたもので3つのコミットメントはすべて1年前倒しで達成されることとなった。

再建においては、コストカッターとの異名を持つゴーン氏の本領が発揮されたカタチになったが、社内組織にも大胆に切り込んだ。当時、日産社内に深く根づいていたセクショナリズム、政治ゲームを排除し、現状打破するためにいかに前向きに考えるべきか、社員のマインド変革を徹底して行ったのだ。心が変われば行動が変わる。行動が変われば習慣が変わる。その上で、彼は何を目標とすべきかをリーダーに明示し、現場を信頼して責任を与えた。

ボトムアップでも大企業を変革できる

ビジネス系媒体のインタビュー記事において、カルロス・ゴーン氏はマネジメントの極意を語っている。「マネージャーに対して権限を委譲することがとても重要です。マイクロマネジメントをしてはいけません」。マネジメントにおいて彼が重視しているのは権限委譲、その業務に責任をもってもらうことだ。ゴーン氏は「いつまでに何をどうしてほしい」という期待と「はっきりした方向性」をマネージャーに明確に伝えた上で、理解された彼らと契約を結ぶ。そして壁を乗り越えるための支援、コーチングを惜しまないが、あくまで主役はマネージャーなのだとゴーン氏は力説する。

ただしゴーン氏は、このストーリーはあくまで選ばれた人々、マネジメントスキルとリーダーシップを持っている人々に対しての話だと強調した。彼らは総じて自分に厳しい。他の誰よりも自らに厳しいので信頼してまかせられるのだ。そんな人材を見抜き、適材適所に配すること。それが前提となったマネジメントスタイルと言えるだろう。

今まで、大きな組織の変革には、カルロス・ゴーン氏のように経営トップの卓越したリーダーシップが不可欠だった。なぜなら、多くの大企業では組織維持が目的となり、部分最適化がすすみ、組織が縦割りとなっているからだ。社員がパワーを得た今、ボトムアップでも大企業を変革できる時代が来たのだ。そのためには、まず組織内に存在する目に見えない情報の壁を崩し、社内をオープン化していくことが求められる。ソーシャルメディア時代において、重要性が叫ばれているHERO(High Empowered and Resourceful Operative、大きな力を与えられ、臨機応変に行動できる社員)。これからの時代、主役は現場のHERO、それをバックアップするのはHEROと信頼で結ばれたオープンリーダーだ。


【お知らせ】
斉藤徹さんの著書新刊「ソーシャルシフト―透明性の時代のオープン企業戦略」(日本経済新聞出版社)が11月11日に発売されます。発売に先立ち、Amazonでは先行予約の受け付けが始まりました。事前に閲覧したい方は「ソーシャルシフトの会」にてご確認ください。

斉藤 徹「ソーシャルメディア時代のチェンジマネジメント」バックナンバー

斉藤 徹(ループス・コミュニケーションズ代表取締役)
斉藤 徹(ループス・コミュニケーションズ代表取締役)

1985年3月慶應義塾大学理工学部卒業後、同年4月日本IBM入社。2005年7月、ループス・コミュニケーションズを創業。現在、日本国内においてソーシャルメディアに関するコンサルティング事業を展開。業界を牽引するとともに、ビジネスへのインパクトを広く啓蒙している。
近著に「ソーシャルシフト~これからの企業にとって一番大切なこと」(日本経済新聞出版社、2011年11月発行)がある。

ループス・コミュニケーションズ: http://www.looops.net/
Twitter: http://twitter.com/toru_saito
facebook: http://facebook.com/toru.saito

斉藤 徹(ループス・コミュニケーションズ代表取締役)

1985年3月慶應義塾大学理工学部卒業後、同年4月日本IBM入社。2005年7月、ループス・コミュニケーションズを創業。現在、日本国内においてソーシャルメディアに関するコンサルティング事業を展開。業界を牽引するとともに、ビジネスへのインパクトを広く啓蒙している。
近著に「ソーシャルシフト~これからの企業にとって一番大切なこと」(日本経済新聞出版社、2011年11月発行)がある。

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