正直に言って、タイ・モンタギューの呟きに対して僕が言い返した時、僕は彼らの言ったことが完全に間違っているとは思えなかった。真実性が少なからずともあるのを嫌でも認めなくてはならない。
60、70年代から急成長を遂げてきた日本。10年以上前までは日本の製品が少し高くても他に選択肢があまりなかったがために、日本製品は売れていた。しかし今では韓国のSAMSUNG や台湾のHTC の様な会社が世界をいろいろなカタチで駆け巡っている。今や日本の製品には元気がない。
僕が日本を出たのは90年代。人生の半分以上が海外での生活になってから暫く経つ。まだ10代の頃、英語もほとんど喋れない状態で留学するのは、命綱なしでロッククライミングをする様な感覚だった。英語も全くネイティブではないし、その上、人前で話すのが得意ではなかった僕が無謀にもコミュニケーションをデザインし、それをクライアントにプレゼンするというこの仕事をし続けて、10余年になる。
当初はプロフェッショナルな場のどこに行っても、日本人は僕ひとりだった。今の仕事場のAKQA でも2004年入社当時は、日本人は僕ひとり。それから6年余り経って、 当社全世界の社員数が1000人余りの中に日本人が数名いる。
ロンドン・オフィスでNike のアカウントのクリエイティブ・ディレクターをしているナカデ・マサヤ君。彼は今年、200万回以上ダウンロードされた「NikeWomenTraining Club」というiPhoneのアプリを監督した。
うちの会社内でダントツトップのデザイナーはタカハシ・アキラ君だ。また、元バスキュールのトビタ・マヨちゃんは20代後半、英語が全く喋れない状態(ゴメンね、マヨちゃん!)で渡米し、1年間語学修行をした後、08年にAKQA に入社。2010年にはサンフランシスコ・オフィス350人中、社員最優秀賞に輝いた。
つまり言わせてもらう。日本人はめちゃくちゃ優秀なのだ。
これは僕がエコヒイキをしているわけでは全くない。彼らが自分のチカラでやってきたのだ。20世紀後半、電気製品や自動車など、日本人ならではの「製造の業」に頼り、戦後復興してきた日本。しかし冒頭のTwitterの呟きにある様、その産業は残念ながら日本の未来ではないと思う。日本は資源には乏しく人件費も高く製造の国であるにはとっくに限界が来てしまった。
しかし長年、海外で生活し活動してきて、いま僕が確信しているのは、21世紀の日本の未来は「創造(クリエイティビティ)の業」に託されているということだ。そしてそれが最も世界に通用する可能性がある。
「Japan’s Edge─日本の強み」つまり日本の最大の資源は日本人である。
これから数回にわけて、今後、世界の中での日本のこの業界がどうあるべきなのかを考えていきたいと思う。
20世紀、世界初の広告代理店がアメリカの食卓に毎週、登場することになるアイデアを出した様に、21世紀は世界の人々が毎日使うアイデアが日本の広告代理店、いやそれ以外の会社や人から出ることを期待している。
「Made in Japan」ではなく「Made by Japan」だ。という具合に。では、また。
AKQAレイ・イナモト「MADE BY JAPAN」
- 特別篇―「Agency of Tomorrow」次世代のエージェンシー
- 第3章(後篇) 「Agency of Tomorrow」次世代のエージェンシー
- 第3章(前篇) 「Agency of Tomorrow」次世代のエージェンシー
- 第2章 Idea & Executionアイデアとエクゼキューション
- 特別寄稿―僕とジョブズと「海賊の会社」
レイ・イナモト(稲本零)
英Creativity誌「世界の最も影響のある50人」の1人にも選ばれた、世界を舞台に活躍するクリエイティブ・ディレクター。R/GA、Tronic Studioなどを経て、2004年10月、欧米大手デジタル・エージェンシーAKQAにグローバル・クリエイティブ・ディレクターとして入社 。2008年にはチーフ・クリエイティブ・オフィサーに昇進。2010年には日本人として初めてカンヌ国際広告祭チタニウム・インテグレーテッド部門の審査員に抜擢されるなど、「広告業界のイチロー」とも呼ばれている。
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