ソーシャルシフト:ステップ2 ブランドコンセプトを練り上げる

ブランドの哲学を明文化する

ソーシャルシフト推進室の最初の一歩であり、かつ最も重要な課題のひとつが、社員共通の価値観を明文化することだ。日本企業の弱いところでもあり、多くの企業は実態が伴っていないのが現実だ。ブランドにはレイヤーがあり、グループ、コーポレート、事業、カテゴリー、個別商品と5つの階層にそれぞれブランドが存在する。ベースは「コーポレートブランド」、それと整合性を保つカタチで「商品ブランド」を規定するのが基本となる。

企業理念に準ずるカタチで、「ミッション」「ビジョン」「コアバリュー」を明文化していく。これらはブランドの哲学を構造化したもので、「ミッション」とはそのブランドが何のために存在するのかをあらわす「そのブランドの存在意義」であり、ブランドの持続可能性を決定づけるものだ。それに対して「ビジョン」とは未来を創りだすもので「ブランドにとって望ましい未来像」を描き出したもの。そしてもう一つ、「コアバリュー」とは核心的な価値、「そのブランドは何を大切にしているか」をあらわすもので、社員にとっては行動規範に通ずるものだ。

ブランド哲学と顧客の価値観が共鳴すると、そのブランドは顧客の心の中に確固たるポジションが築かれる。この三要素はそれぞれが密に連携しているものだが、あらゆる顧客接点で統一したブランド体験を提供するために、特に重要になるのは「コアバリュー」だ。社員がどう考え、どう行動するか、そのベースになる共通の価値観だ。顧客接点で発生するコミュニケーションをセンターからコントロールすることは不可能だ。これからは個別顧客ごとの事情や感情などに心を配り、最適な顧客サービスをすることが重要な差別化手段となるため、このコアバリューをいかに持つかがブランド価値を決定づけるキーファクターとなってくる。

ブランドを規定する方法は多様で、様々な手法が開発されている。アドタイの読者は専門家の方も多いので具体論に踏み込まないが、これから学ぼうとする方には、阿久津聡氏、石田茂氏著書『ブランド戦略シナリオ 〜 コンテクスト・ブランディング』をおすすめしたい。ブランドを明確に構造化し、ブランド構築の戦略シナリオを明示してされている。また企業視点と顧客視点、それを結びつける方法論が、ニチレイ「アセロラドリンク」などの具体的な事例とともに記されている。

このコラムでは、ソーシャルメディア活用の先進企業として名高い全日空と無印良品の事例を紹介したい。前者はトップと現場の力をあわせたもので、後者は外部ブランド組織を有効活用としたものだ。いずれもお題目ではなく、企業文化として浸透するレベルに達したインナー・ブランディングの成功例と言えるだろう。

1 全日空

ANAグループで顧客満足活動の核となる「ソーシャルシフト推進室」にあたる部門は、2002年に発足した社長直轄のCS推進室だ。CS推進室はカスタマーサポート部門も含めて98人の組織となっており、その中でもCS推進戦略の企画立案を担うのが16人で構成されるCS企画部だ。ブランドステートメントの集約から、あらゆる顧客接点での顧客体験の向上、サービスの品質管理と改善活動、社内におけるCSマインドの啓発、教育まで。全社における顧客満足向上の取り組みを戦略的に推進する組織だ。

CS企画部に所属する荒木知哉氏は語る。「現在ANA社員が共有している『あんしん、あったか、あかるく元気!』というブランドステートメントは、2004年に明文化したものです。ブランド構築においては、コピーライターやコンサルタントなどの外部プロフェッショナルの方にはあえて参加いただきませんでした。社内で実際に大切にされているエッセンスを、自分たちで集約して、本音の言葉として共有したいという思いがあったからです」

2001年、9.11同時多発テロの影響で、多くの航空会社は深刻な経営危機に陥り、複数の会社が破綻に追い込まれた。ANAも例外ではない。さらに追い打ちをかけたのがJAL/JASの経営統合だ。危機意識が頂点に達する中で、2002年1月1日、当時社長だった大橋洋治氏が『ANAグループ基本戦略構想「新・創業宣言」』を発表する。「安心」と「信頼」を基礎に、価値のある時間と空間を創造する。いつも身近な存在であり続ける。世界中の人々に夢と感動をお届けする。宣言と共に成文化された『ANAグループ経営理念』の中に謳われたのは、ANAが50年をかけて築いてきた「お客様に徹底してこだわる姿勢」いわばDNAそのものだった。そして、この宣言を受け、CS推進室が社長直轄組織として組織化されることになった。

そして2004年には「ひまわりプロジェクト」が発足する。その後約半年のプロジェクトワークを経て「あんしん、あったか、あかるく元気!」というANAグループのブランドステートメントが社内で練り上げられ、発表される。それをベースに、現場の一人ひとりが「ANAらしさ」を発揮できるように「インターナル・ブランディング」も積極的に推進されるようになった。あらゆる顧客接点でANAブランドの哲学が実践されるよう、CS推進室はその浸透をミッションとして活動を続けている。

元から顧客志向が根強く、「お客様の声に徹底してこだわる」という社風が、CS推進室の活動にも大きな支えになっているようだ。すべての顧客接点から吸い上げられた顧客の声は「お客様の声データベース(ANADAS)」に一元管理され、各部門はそのデータベースより各課題を抽出し、お客様視点に基づいた品質改善のサイクルを回している。これにより、教育だけでなく、実際の現場におけるブランド浸透度合いも可視化される仕組みがあるのが強みだろう。全日空の自社サイト内にある「これまでのお客様の声」というコーナーでは、お客様からのご意見をもとに改善された業務が毎月公開されている。すでに100件超、8年以上も継続しており、絶え間なく継続的なCS改善が続けられていることをあらわしている。 (次ページへ続く

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斉藤 徹(ループス・コミュニケーションズ代表取締役)
斉藤 徹(ループス・コミュニケーションズ代表取締役)

1985年3月慶應義塾大学理工学部卒業後、同年4月日本IBM入社。2005年7月、ループス・コミュニケーションズを創業。現在、日本国内においてソーシャルメディアに関するコンサルティング事業を展開。業界を牽引するとともに、ビジネスへのインパクトを広く啓蒙している。
近著に「ソーシャルシフト~これからの企業にとって一番大切なこと」(日本経済新聞出版社、2011年11月発行)がある。

ループス・コミュニケーションズ: http://www.looops.net/
Twitter: http://twitter.com/toru_saito
facebook: http://facebook.com/toru.saito

斉藤 徹(ループス・コミュニケーションズ代表取締役)

1985年3月慶應義塾大学理工学部卒業後、同年4月日本IBM入社。2005年7月、ループス・コミュニケーションズを創業。現在、日本国内においてソーシャルメディアに関するコンサルティング事業を展開。業界を牽引するとともに、ビジネスへのインパクトを広く啓蒙している。
近著に「ソーシャルシフト~これからの企業にとって一番大切なこと」(日本経済新聞出版社、2011年11月発行)がある。

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Twitter: http://twitter.com/toru_saito
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