2 無印良品
「無印良品」のブランド形成に大きな影響を与えているのは、今はなきグラフィックデザイナー、田中一光氏をはじめとしたアドバイザリーボードの存在だ。現在のボードメンバーは4人。クリエイティブディレクターの小池一子氏、インテリアデザイナーの杉本貴志氏、アートディレクターの原研哉氏、プロダクトデザイナーの深澤直人氏と、豊富な実績を持つ著名なクリエイターで構成されている。
無印良品では、このアドバイザリーボードによる厳しいフィルターをくぐり抜けた商品だけが店頭に並ぶ。「生活臭はイヤだけど、生活美学は大切にしよう」とは生前の田中氏が語った言葉だが、「生活臭」と「生活美学」の境界を数値で正確に図ることは困難だ。このようなスペック化できない感性領域に、社内事情を配慮することのないプロフェッショナルの厳格なフィルターが存在することは、無印良品のブランド形成に大きく貢献している。ブランドに対する信頼や愛情は、そんな頑固な一貫性から生まれてくるものだ。
WEB事業部でコミュニティを担当する風間公太氏は語る。「私は中途入社なのですが、ここまで世界観が統一されているのはなぜだろう? と常に感じていました。もちろん企業理念やブランドコンセプトはしっかりしていますが、特別な教育ですりこまれるわけではありません。それなのに、暗黙の共有している空気感があるんです。明確に定義されているわけではないけど、明確なイメージがあります。衣料品を企画しても「赤」は出てきません。それぞれ「無印良品とはこうだよね」という共通に持っているものがあるんです」
商品も、統一されたデザインコンセプトは特にはないと言う。ナチュラルカラーや自然素材を使うことが多いが、明確にそれを使う定義しているわけではない。無印良品はシンプルを売りにしているわけではないが、機能を追求したらシンプルになったという。無印良品はすべてがプライベートブランドである点も大きい。無印良品の商品は、一部を除き直営店舗に行かないと買えないし、すべて良品計画が企画・開発している。そのため、衣料品の棚がこれだけあって、並べる商品数は限られているので、工場で何センチにたたまないといけない。そんなところまですべて自社で決める事ができる点が強みだろう。このような製造小売業をSPAというが、衣料品、生活雑貨、食品まで一貫してSPAを行っているのは無印良品だけだろう。その意味では、ハード部門とソフト部門、開発部門と販売部門をあわせ持つアップルの強みにも通じるところがある。妥協無く、唯一無二の製品開発を行うことができるからだ。
無印良品の基本はライフスタイル提案だ。その背景にはメーカー視点ではなく、ユーザー視点でモノをつくるという創業以来のこだわりがある。「モノづくりコミュニティー」をいち早く立ち上げ、生活者参加型の商品開発を成功させたのも、その社風ゆえだろう。そして企業の都合を押し付けないことを大切にしているという。例えば商品名だ。「コップ」と名前をつけるとコップという用途しかなくなってしまうので「ガラス器」という商品名をつけて売っていた事がある。コルクのふたを別売りにして、ペン入れやキャンディの入れ物にも使えるようにしていたという。もちろん成功も失敗もあるが、いずれにしても言葉で定義されていない「無印良品のイメージ」を社員が共有していることは確かなことだ。
オープンリーダーシップを明文化する
そしてもう一つ。透明性の時代における新しいリーダーシップ・スタイルのあり方を企業ごとに推奨することをおすすめしたい。謙虚に、かつ自信を持ってコントロールを手放す。そして、従来のような権限管理と情報統制に頼らず、部下の仕事を支援し、部下からの信頼、尊敬を得て、彼らから献身と責任感を引き出す能力を持つリーダーのあり方を全社的に推奨するということだ。ザッポスなどのソーシャルシフト先進企業では、顧客を大切にすることと社員を大切にすることは、比較できない最重要課題として位置づけられているケースがほとんどだ。現場社員がハッピーで、会社を愛し、自らの判断で自律的に動けることこそ、お客様にハッピーを届ける最大の動力源となるからだ。社員が幸せであること、現場社員をエンパワーメントできる支援体制。それを実現するためのリーダーシップ・スタイルを人事部門の力も借りて検討し、明文化することをおすすめしたい。
オープンリーダーシップをいかに規定し、推奨するかは、企業内の組織や伝統的なマネジメントスタイルによって異なってくる。やはり人事部門を交えて議論を重ね、練り上げることが重要だ。より深く学ぶためにシャーリーン・リー氏の著作『OPEN LEADERSHIP 〜 フェイスブック時代のオープン企業戦略』で学ぶことをおすすめしたい。名著『グランズウェル』の共著者による新著で、新しい時代におけるオープンリーダーシップの必要性を提言した書籍でもある。事例とともに具体的な方法論が記されており、大いに参考になるはずだ。
最後に、これらの共通価値を単なるお題目にせず、社員一人ひとりがいつでも閲覧できるよう、小冊子などにパッケージ化するべきだろう。リッツカールトンにおける「クレド」、無印良品における「無印良品で働くみなさんへ」など、多くの一流ブランドではそのような配慮がされ、社員が価値観を共有するための努力がなされている。
※今回のコラム詳細はループスのメディアであるin the looopにも掲載しています。
【お知らせ】
斉藤徹さんの著書新刊「ソーシャルシフト~これからの企業にとって一番大切なこと」(日本経済新聞出版社)が11日に発売されました。当コラムのテーマでもあるソーシャルメディア時代の企業経営のあり方について深く掘り下げて解説しています。
斉藤 徹「ソーシャルメディア時代のチェンジマネジメント」バックナンバー
- 第8回 ソーシャルシフト:ステップ1 プロジェクトのコアをカタチづくる
- 第7回 企業をソーシャルシフトする6つのステップ(10/31)
- 第6回 ソーシャルメディアは、生活者、社員、経営者を結ぶ情報パイプライン(10/24)
- 第5回 大企業におけるオープン・リーダーシップ(10/17)
- 第4回 企業の哲学が問われる時代 (10/11)
- 第3回 透明性の時代。企業と生活者、新しいコミュニケーションのカタチ (10/3)
- 第2回 米国先進企業に学ぶ、透明性の時代におけるオープン・コミュニケーション (9/26)
- 第1回 テレビより前にソーシャルメディアが報じていた、九電やらせメール事件 (9/12)