私が国連で働くことになった理由
「Ciao Bello!(チャオ、ベッロ)」「Come Stai?(コメ、スタイ)」イタリアの首都、ローマに移ってきて7カ月が経つが、朝、家を出て通勤がてら息子の保育園まで歩く100メートルほどの間に何度もかけられる通りすがりの人々の挨拶に未だ慣れないでいる。日本語に訳すと、「ようハンサム君」「元気?」と言ったところか。2歳の息子に褒め言葉が集中するのはちょっと残念だけれど、調子にのって「チャオ」なんて返している息子をみると微笑ましい。
自己紹介が遅れました。今回からコラムを書かせていただくことになったローマ在住の山下亜仁香です。今春よりローマに本部を置く国連の食糧農業機関で広報の仕事をしています。
国際連合と聞くと、何を思い浮かべますか?青い旗に世界地図というロゴを思い浮かべる事もあれば、学生時代に暗記をさせられたフレーズや年号を思い出します人もいるかもしれません。
日本の大学を卒業後、日本テレビというガチガチのマスコミで記者として働きだした私は、まさか自分が10年後に国連で働くことになるとは想像すらしていませんでした。外交官か国際関係論の専門家の職場というイメージがありました。しかし大学院を卒業後、夫の仕事の関係で5年近くを中東で過ごすことになり、そこで参加したパーティーでたまたま国連機関の「物資の空輸」の専門家と話すチャンスがあって、国連にもそんな職種があるのか!と驚き、興味を持ちました。
中東のドバイ首長国に住んでいたのですが、そこでは日系銀行から現地の首長の投資会社まで様々な組織の広報やイベントマネジメントなどをしていました。妊娠や出産が重なっていた時期で、ドバイでの仕事と子育ての両立に手いっぱいだったこともあり、国際的な転職などを考える余裕はありませんでした。しかし子供が保育園に通いだす頃、自分の将来設計を具体的に考える時間ができて、国連への転職を狙い始めました。そして外務省の派遣プログラム候補生に選ばれたことがきっかけでローマに引っ越してきたわけです(このプログラムについては次回ご紹介します)。
「なぜ80人も広報スタッフがいるの?」
入ってみれば、国連といえども、会計から財務、人事やITなど実に多岐に渡る職種の人が働いているのは普通の企業と変わりませんし、もちろん広報やWebデザイン、クリエイティブや映像作りの仕事もあります(詳しくは国連事務局のキャリアページをご覧ください。)
私は現在、Food and Agriculture Organization of the United Nations(国際連合食糧農業機関/通称FAO)で「広報官」という肩書きで仕事をしています。国際機関は大なり小なりどこも広報や渉外を行う部署を持ち、メディア対応から事務局長のスピーチ作成、Webの管理やキャンペーンの運営など、幅広い業務を取り仕切っています。
その中でも、私の働くFAOは国連システムの中でも最も大きな専門機関で、広報渉外局もスタッフを80人近く抱える大所帯です。これがニューヨークに本部を置く国連事務局になるともっと人数は多いそうです。
前職のクウェート系不動産投資会社では一人で8カ国の不動産プロジェクトの広報、メディア対応および社内コミュニケーションを行っていたので、赴任当初「なぜこんなに大勢いるの?」と驚きましたが、それもそのはず、仕事が大変複雑なのです。例えば、ポスターを一枚作るにもFAOではオフィシャルな発表文や広報資料は基本的に全て6つの公用語に翻訳が必要です。それだけでも大変なのですが、言葉の一つ一つも特定の文化や国で受け入れられないものが使われていないか、チェックが必要になってきます。これに国連の他機関との調整や、プロジェクトの資金を出している国への配慮が入ってきて、キャッチコピー1つとっても、ポスター1枚にしても、色々なコーディネーション力が問われます。最近、職場のWebサイトが200万ページもあることを知って倒れそうになりました。
言葉の壁を超えれば広がるチャンス
6カ国語なんて書くと、英語で苦労している日本人は気が遠くなりそうですよね。中東時代も周りは多言語を操る人が多かったのですが、国連で働くようになって上には上がいる、ということを知りました。例えば同僚の中東系スイス人の女性。彼女は母語がアラビア語とフランス語で、教育は英語で受けてきたそうです。これだけでも3つ国連用語をカバーして強いのですが、さらなるスキルアップのためにロシア語もマスターして校正作業なんかもこなしちゃうそうです。もちろん生活に必須のイタリア語も堪能。「日本語のひらがなと漢字が美しいので今度教えてほしい」と話す彼女を見ると、天才への道は地道な努力かなぁ、と思います。
国連で働きたい、と密かに思っている日本人にとって一番の障壁はやはり語学ではないでしょうか。業務レベルの英語もしくはフランス語ができることは必須条件で、これがないとどうにもなりません。必要なレベルは職種によって違いますが(デザイナーなどは言葉よりデザイン力の方が問われるでしょうし)、プロフェッショナルとしてやっていくには英語がマストです。逆に言えば、言葉の壁をクリアしてしまえば日本のコミュニケーション業界というタフな世界で鍛えられた能力は、十分国連のコミュニケーションの世界でも通用するのではないかと思うのです。
数少ないアジア人国連コミュニケーターとして、今後ももっと日本やアジアからエッジの利いたコミュニケーションのスペシャリストにこのキャリアに挑戦して欲しいなぁ、と思う今日この頃です。
このコラムでは、担当するキャンペーンの舞台の裏話を中心に、イタリアのコミュニケーション市場のお話を色々と紹介していきます。コメント、質問などあれば是非教えて下さい。できるだけ反映できる形を取りたいと思っています。「で、どうやって国連の仕事につくの?」はよく聞かれる質問なので、次回ご紹介します。