文:AKQAチーフ・クリエイティブ・オフィサー レイ・イナモト
世界を舞台に活躍するレイ・イナモトさんが考える日本の強さとは。日本のコミュニケーションビジネスの今、そしてこれからを考える全4回の短期連載。(この原稿は「宣伝会議」12 月15日号に掲載をされたものです。レイ・イナモトさんの連載は、「宣伝会議」15日発売号に全4回シリーズで掲載の予定です)
プロデューサーとプロジェクト・マネージャー
ほぼ毎年、当社には日本の広告関係者の方たちが見学に来ている。社内の組織などについて、いろいろお話をするのだが、そこで必ずと言っていいほど出てくるのが「プロジェクト・マネージャーとは何ですか?」という質問だ。
僕は最初「えっ…?」という感じで(失礼ですが)、なんでこれが質問として出てくるのかが、あまりよく分からなかった。
確かに、以前はAKQA 社内でも時折「プロデューサー」と「プロジェクト・マネージャー」の違いが不明瞭であると議論になっていたこともある。結論から言うと、今ウチではこの2つの役割をする人が別々にいる。
「プロデューサー」は映画、テレビ、そしていわゆるトラディショナルなエージェンシーのなかでは、よくある役割だ。一方で「プロジェクト・マネージャー」はソフトウェアの会社にある役割。
つまり、前者はどちらかというとクリエイティブ傾向にあり、後者はテクニカル傾向にある。別の言い方をすればプロデューサーは「Story/物語」をつくる際のまとめ役。プロジェクト・マネージャーは「Software/ソフトウェア」をつくる管理人といえるだろう。
いろいろなエージェンシーの話を見たり聞いたりして気が付くのは、この2つの役割を理解しきれていない会社が多いということだ。その結果「ソフトウェアのアイデア」であるにも関わらず、「物語のアイデア」をつくる意図で取り入れてしまったりする。これはトラディショナルなエージェンシーでよ
く見られることだ。これではプロセスがとんでもないことになり、惨劇確実だ。
一方でいわゆるデジタル・エージェンシーでよく見られるのが「何が物語なのか」を認識せずに、ソフトウェアをつくる意識で「マーケティングをつくろう」としてしまうことだ。これでは、できあがるものに「心」が入らず、情緒がないものになってしまう(どちらも欧米の広告業界の話で日本ではどうかわかりませんが)。
アイデアとエクゼキューション
この話は前回(「宣伝会議」2011年11月15日号掲載)のテーマである「アイデアとエクゼキューション」の話にも関係してくることだ。一般的に、広告をつくる際にはアイデアは社内で、エクゼキューションは外注するケースが多い。これはアイデアとエクゼキューションを分けて考えているからだ。
それとは対照的にソフトウェアをつくる時には「エクゼキューションがアイデア」となる場合が多い。その例にあげたいのが、僕がAKQA に入ると決めた作品のひとつ「NikeRun London」だ。これはもう7~8年前の古い作品で、テクノロジーを使ったものなのだが、非常に心が動かされた。初心者向けの10キロマラソンレースで使用された携帯電話向けのサービスで、自分がゴールする瞬間の映像が携帯電話に送られてくるという仕組み。自分がゴールした瞬間を見ることができるし、友達に送って共有することもできる。
テクノロジーがそのままアイデアになりながら、物語があるので情緒的要素もある。これこそ「アイデアとエクゼキューションの融合だ」と思ったことを今も記憶している。
これからの広告でソーシャルメディアやモバイルなどのテクノロジーが欠かせないのは、いうまでもないことだ。しかしテクノロジーを使う上では、エージェンシー内部にテクノロジーのエクゼキューションが分かり、自らもある程度つくれる人材が必要となる。こうした人材がいるかどうかが、プロセスもそして最終的な仕事の質もかなり左右することになる。(後篇につづく)
AKQAレイ・イナモト「MADE BY JAPAN」バックナンバー
- 特別篇―「Agency of Tomorrow」次世代のエージェンシー
- 第3章(後篇) 「Agency of Tomorrow」次世代のエージェンシー
- 特別寄稿―僕とジョブズと「海賊の会社」
- 第2章 Idea & Executionアイデアとエクゼキューション
- 第1章 世界に通用する日本の未来
レイ・イナモト(稲本零)
英Creativity誌「世界の最も影響のある50人」の1人にも選ばれた、世界を舞台に活躍するクリエイティブ・ディレクター。R/GA、Tronic Studioなどを経て、2004年10月、欧米大手デジタル・エージェンシーAKQAにグローバル・クリエイティブ・ディレクターとして入社 。2008年にはチーフ・クリエイティブ・オフィサーに昇進。2010年には日本人として初めてカンヌ国際広告祭チタニウム・インテグレーテッド部門の審査員に抜擢されるなど、「広告業界のイチロー」とも呼ばれている。
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