『ブレーン』では佐藤可士和さんが美大生からの質問に答える連載コーナー「美大生からトップクリエイターへの質問」を掲載しています。アドタイでは、隔週でこの連載を転載しています。
※本記事は、『ブレーン』2011年10月号(連載第3回目)掲載分です。
連載「佐藤可士和さんに質問」はこちら
(東京工芸大学 芸術学部 デザイン学科4年 嘉義あゆみ)
A.変化は後から振り返って気づくもの
平穏という前提が崩れ去った
これまでのデザインやクリエイティブは、平穏な日々という前提があった上でつくられてきました。けれど震災、特に原発の問題でその前提が根本的に崩れ去った。僕は基本的にポジティブな人間ですが、仕事に対する姿勢以前の、もっと大きな生活の基盤、日本で生きていくという前提の部分さえもが揺らぐという初めての体験をしました。
一方で、会う人ごとに大きな温度差があることにも驚きました。僕以上に深刻にとらえる人もいれば、楽観視している人、諦めている人、問題意識を持って前向きに取り組もうと自ら行動する人…。仕事でもプライベートでも、会う人ごと、その立場ごとに違う考え方がある。
あらゆる考え方、価値観が錯綜する中で、自分はどう感じるのか、どう動くのかということは、まだ模索中です。刻々と変わりゆく状況を見つめつつ、問題意識を持って日々の仕事により真剣に取り組むしかない。そのようにクライアントに関わることが、復興の一助になれば…というのが、いまの僕の基本スタンスです。
例えばユニクロやセブン‐イレブン、楽天は、インフラに近い機能をもった企業ですから、通常営業することが非常に重要な意味を持つ。そういうクライアントの活動を通してできることを、精一杯していきたい。
グローバルの仕事では、海外に向けて「日本は元気だよ」というメッセージを伝えていくことが大切な役割だと思うようになりました。震災以前は、日本というブランドを、クライアントを通して世界にプロデュースしていく感覚でした。いまはブランドというより、経済的な面での復興を強く意識するようになった。
国内外を問わず、自分の中に「この仕事は本当に日本のためになるのか?」という新しい判断基準が生まれたことは確かですね。
震災以降にスタートを切る君たちへ
そういった意識の変化がデザインを変えたという自覚はまだありません。でも影響は確実にあり、それは後から振り返って気づくものという気がします。子どもが生まれたときも、いろいろな人に変化を問われたけれど、4年経ったいまになってやっと「そういえば」と気づくことがあるように。きっと今回の影響も、3年後か5年後に振り返ったとき、明らかな変化に気づくんでしょうね。
現役学生の君たちは、震災後に仕事をスタートする世代です。望むと望まざるとにかかわらず、その影響はきっと大きいと思います。僕の場合は89年、バブル崩壊ギリギリの入社で、ほとんどバブル崩壊後のスタートでした。世の中がいきなり不景気になってからのスタートを経験したからこそ、徹底して効率を重視した「SMAP」のようなキャンペーンができた。震災後も、そういう違いが生まれて当然だと思います。
周りが震災で変わったから自分も合わせて変わらなきゃ、なんて思う必要はない。最初に言ったように、この大きな変動の中では、あらゆる価値観が交錯しています。時間がかかってもいいから、素直に、ニュートラルな気持ちで問題意識を持ち続けることが大事です。自分は今どう感じているのか。そのセンサーを信じて表現し続けることで、自然と答えが導き出されるのではないでしょうか。
※編集部では佐藤可士和さんへの質問を随時募集しています。 brain@sendenkaigi.co.jp まで[質問、お名前、学校名、学部名、学年]を書いてお送りください。お待ちしています。
(プロフィール)
佐藤可士和
アートディレクター/クリエイティブディレクター。1965年生まれ。多摩美術大学卒業後、博報堂を経てサムライ設立。主な仕事にユニクロ、楽天グループのクリエイティブディレクションなど。
シリーズ【佐藤可士和さんに質問】
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