原発民間事故調報告書で「稚拙で泥縄的な危機管理」と評された政府の実態

想像を絶する危機の連続で政府組織はレイムダック化

2月28日、「『そんなこと聞いてない』響く怒号!」「パニックと極度の情報錯綜」「官邸の介入で無用の混乱」など、多くのマスコミ各社の報道で当時の政府の原発対応に批判が集中した。その背景となったのは、福島原発事故独立検証委員会による民間事故調査委員会検証報告書が、記者会見を通じて公表され、官邸の指示が事故の拡大防止にほとんど貢献しなかったと総括されたからである。

当該委員会の設立趣旨は、昨年11月15日に日本記者クラブの記者会見において、「政府や国会の事故調査委員会とは異なり、既存の組織や枠組みにとらわれない純粋に独立の立場から事故・被害調査の報告書を作成し、被災住民の方々や日本国民、世界の市民に向けて教訓や提言を広く発表することを目指していく」としていた。詳細は「財団法人日本再建イニシアティブ」のホームページで開示されている。

現時点で膨大な報告書の全内容については公表されておらず、前掲の日本再建イニシアティブでは公表方法を検討中とのことだが、報道の反響が大きかっただけに、一刻も早い全容公表が期待されている。

報告書の要旨については2月28日付「産経ニュースウェブ版」で掲載されているので、日本の危機的状況を憂う国民の1人としてぜひとも一読していただきたい。また、この報告書の評価内容を理解するにあたり、当時の公表された状況について参考資料を添付するのでこちらも参照頂ければ幸いである。

つまびらかにされる危機管理能力の脆弱性

報告書には、まず、「想定外」を裏付ける「シビアアクシデントに対する備えの不足と連絡系統の混乱」が挙げられている。続いて、放射性廃棄物の処理に関する法体系の未整備状況や低線量被曝に対する科学的理解不足、特に危機が発生した際の国民の不安や不信感に対する配慮がなく、リスクコミュニケーションのスキルに課題が残された点などにも触れている。

また、当時の菅首相の個人的資質に基づくマネジメント手法にも言及し、自ら重要な意思決定のプロセスおよび判断に主導的役割を果たそうとするトップダウン型へのこだわりや強く自身の意見を主張する傾向が見られたことで、現場に一定の影響を及ぼし、物事を決断し実行させるための効果という正の面があった一方で、混乱や摩擦の原因となったことが記載されている。このような視点から、緊急事態の際の政府トップによる現場への介入が、実務責任者を萎縮させるなど心理的抑制効果を生み出し、状況を悪化させるリスクを高めたと指摘された。

さらに、報告書の最後には、「『国策民営』のあいまいさ」と評して、直ちに取り組むべき事項のひとつとして、事故が起こった場合の国の責任と、対応する実行部隊の役割の明確な法体系化を掲げている。「口は出すが責任は取らない」国の対応が原発問題をより深刻にしたことを痛烈に批判し、締めくくっている。

米国FEMAに代わる国内組織編成への期待

米国には連邦緊急事態管理庁(Federal Emergency Management Agency)、通称FEMAが存在する。FEMAは緊急事態対応活動の重複に伴う連邦経費の増大を改善し、連邦政府の窓口を一本化することによって州や地方政府との協力関係を円滑に進めるために、1979年に設立された。そして、なによりも国の責任として危機的事態を積極的に収束させるための推進機能として存在している。

FEMAの機能は、準備(Preparedness)、対応(Response)、復旧(Recovery)、被害軽減(Mitigation)に分類され、数千人の常勤職員数に加え、その2倍近くの災害支援職員を有している。この災害支援職員(Disaster Assistance Employees)は①被害家屋・施設の調査、②電話対応、③議会、マスコミ、地域住民対応、④人事・賃金・物資の供給、輸送・通信などの管理業務、⑤コンピュータネットワークの構築と運営、⑥データ入力と記録などの業務を行う。

FEMAの任務は以下のとおり、地震等の自然災害から核戦争まで非常に広範囲をカバーしている。

  • 核攻撃に対する民間防衛の準備・調整
  • 国家の安全保障にかかわる緊急事態が発生した場合の政府の体制確保と資材調達・動員計画の策定
  • 災害に関する計画、事前準備、被害軽減、緊急時対応および復旧について州や地方自治体を支援する活動
  • 大統領の災害宣言が発令された場合の連邦支援の調整
  • 災害時による被害を軽減する対策の実用化
  • 平時における原子力発電所等の放射線事故や危険物事故に対する事前準備の調整
  • 連邦、州および地方行政当局の緊急時対応担当者の能力向上を目的とした教育訓練、研修の提供
  • 火災による損失の軽減
  • 国家洪水保険制度に関する保険事業、損失軽減対策および危険度評価
  • 国家地震被害軽減計画の主導的官庁としての活動
  • 非常食および避難所に関する国家会議の運営
  • 気象災害と家庭の安全についての啓蒙活動

見て頂ければわかると思うが、東日本大震災の事例では、原発事故を含めた多くの事象がFEMAの対象業務となったものと推察される。残念ながら、現時点において日本ではこのような組織は存在していない。FEMAは、捜索・救助活動と情報・計画活動の主務官庁として機能する他、連邦対応計画の総合調整役を担っている。まさに今回の日本において欠けていたものではなかったか?

同時に、原発事故では、首相官邸の現場介入後の影響について多くが語られているが、むしろその介入の背景となった事情にこそ問題がある。報告書では、その原因として「有事の対応マニュアルの想定不備や官邸の認識不足」「東電や保安院への不信感」「被害拡大の危機感」などを挙げている。

平和ぼけしている日本が、すでに危険な水域を超えていることにも気づかず、目を覚ますことすらしないのであれば、国民は溺れることから逃れられない。他国は歴史的に常に危機と向き合い失敗から多くを学んできた。民間事故調査委員会の報告書は、その意味で日本のぬるま湯的環境に一石を投じたと言える。この機会に他国での危機管理態勢を学び、抜本的な見直しを検討すべきと考える。

注:参考図書:日本規格協会「米国連邦緊急事態管理庁 企業と自治体のための総合地震対策指針」

白井邦芳「CSR視点で広報を考える」バックナンバー

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白井 邦芳(危機管理コンサルタント/社会情報大学院大学 教授)
白井 邦芳(危機管理コンサルタント/社会情報大学院大学 教授)

ゼウス・コンサルティング代表取締役社長(現職)。1981年、早稲田大学教育学部を卒業後、AIU保険会社に入社。数度の米国研修・滞在を経て、企業不祥事、役員訴訟、異物混入、情報漏えい、テロ等の危機管理コンサルティング、災害対策、事業継続支援に多数関わる。2003年AIGリスクコンサルティング首席コンサルタント、2008年AIGコーポレートソリューションズ常務執行役員。AIGグループのBCPオフィサー及びRapid Response Team(緊急事態対応チーム)の危機管理担当役員を経て現在に至る。これまでに手がけた事例は2700件以上にのぼる。文部科学省 独立行政法人科学技術振興機構 「安全安心」研究開発領域追跡評価委員(社会心理学及びリスクマネジメント分野主査:2011年)。事業構想大学院大学客員教授(2017年-2018年)。日本広報学会会員、一般社団法人GBL研究所会員、日本法科学技術学会会員、経営戦略研究所講師。

白井 邦芳(危機管理コンサルタント/社会情報大学院大学 教授)

ゼウス・コンサルティング代表取締役社長(現職)。1981年、早稲田大学教育学部を卒業後、AIU保険会社に入社。数度の米国研修・滞在を経て、企業不祥事、役員訴訟、異物混入、情報漏えい、テロ等の危機管理コンサルティング、災害対策、事業継続支援に多数関わる。2003年AIGリスクコンサルティング首席コンサルタント、2008年AIGコーポレートソリューションズ常務執行役員。AIGグループのBCPオフィサー及びRapid Response Team(緊急事態対応チーム)の危機管理担当役員を経て現在に至る。これまでに手がけた事例は2700件以上にのぼる。文部科学省 独立行政法人科学技術振興機構 「安全安心」研究開発領域追跡評価委員(社会心理学及びリスクマネジメント分野主査:2011年)。事業構想大学院大学客員教授(2017年-2018年)。日本広報学会会員、一般社団法人GBL研究所会員、日本法科学技術学会会員、経営戦略研究所講師。

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