鳩山元首相のイラン訪問に見る政治家のリスクコミュニケーション能力

「国益」を理解している政治家が日本にはどれほど存在するのか?

訪問前より物議をかもしていた鳩山由紀夫元首相は、予定とおりイランを訪問し8日にはテヘラン大統領府においてアフマディネジャド大統領と会談した。大統領府は会談後、鳩山氏が「国際原子力機関(IAEA)がイランを含む特定の国に二重基準的な対応をとっていることは不公平だ」と語った、とするコメントを発表したことで、
(1)コメント内容の信憑性の有無
(2)イラン側のIAEA批判や核開発活動の正当化への政治的利用
(3)日本の国益の損失
に言及する報道が一斉に配信され、政府内や与野党から批判の声が上がった。

異例のことだが、玄葉外相も「あくまで個人の立場。これは本当に政府と関係ありません」と説明口調になる始末で、改めて鳩山氏のこのタイミングでのイラン訪問に全く理解できないと首をかしげた。

鳩山氏は(1)に対しては「捏造」とし、「NPT(核拡散防止条約)において核の保有国が優位だというのは事実だから本当の意味で公平性はないが、それでも日本はIAEAに協力している」「イランも国際協力を得るような結果を出す努力をすべきだ」と語ったと自ら釈明したが、報道の内容との違いがどこにあるのかわからないほど近似している。「核保有国が優位だ」「本当の意味で公平性がない」と言及したのであれば、「IAEAに批判的」「特定の国に二重基準的」というキーワードを出されても仕方がない。

(2)については、国を代表する立場の者が行う公式な会談と違い、非公式会談では内容を一部フォーカスして政治的に利用されることはよくある事例である。しかも、会談相手が核問題をめぐり、国連安全保障理事会常任理事国にドイツを加えた6カ国との協議直前の緊張感が張りつめているこのタイミングで、日本の元首相が会談するとなれば、会談内容を自分達に有利な方向へ誘導し、その部分だけを公表するという戦略は当然に想定されうるリスクで、それに見合う成果の確実性がない限り、訪問自体に疑問が生じる。イラン大統領が具体的に何を語ったかについては明らかにされておらず、成果がないまま14日に行われるイラン核問題に対する協議を前に、政治的に利用されたと見えなくもない。

(3)については、鳩山氏自身のホームページで、「イラン・イスラム共和国訪問にあたって」というタイトル(4月6日付)で「国益」について触れられている。その中の言葉を借りれば、まさに今、イランの核開発疑惑をめぐり緊張が高まるなか、対イラン武力行使等が最悪の事態となれば、その影響は日本や国際社会に対して深刻となるため、武力行使を避け、平和的に問題を解決すべきと考え、このタイミングでイラン政府首脳に働きかけをすることは非常に重要と考えた、としている。

同時にホームページでは、「元内閣総理大臣として、民主党最高顧問として、また衆議院議員として、国益に資することは何かをいうことを自ら問いかけながら行動する」としており、今回のイラン訪問は政治家としての経歴、国益を考慮した上で動いた、との認識に立っているようだ。

もし、そこまで覚悟の上でイラン訪問及び大統領との会談を行ったのであれば、その内容を明らかにし、また自らのホームページにおいて結果報告を行うべきであると考えるが、否定的なマスコミ報道や政府・与野党内での批判が相次ぐなかでもその報告が現時点において発表されていないのは残念なことである。

緊張時の二元外交危機管理活動

イランと日本が国交を樹立してから81年以上が経過しており、イランが日本に対する原油の最大供給国としてはもちろん、供給国各国への影響力を有する最重要主要国であることはあまり認識されていない。そのような背景の下、日本は経済、政治、文化面での関係を維持・強化しようと政府、民間ともに努力してきたが、昨年12月31日、アメリカによる石油部門を始めとする対イラン制裁が発動、さらに今年1月23日には、イラン産原油禁輸制裁案がヨーロッパ諸国で可決され、日本は苦しい立場に追い込まれている。

今回の鳩山氏の訪問の背景がこのあたりにあるのかどうかさえ説明がなく不透明であるばかりか、政治家の危機管理活動として「二元外交」がときとして必要としているが、その目的や成果について詳細を語らないのはルール違反である。

かつて「13ディズ」という映画があった。歴史に残る「キューバ危機」を題材にし、米ソ間での核戦争勃発を前に相互の軍部組織が一触即発の事態に陥った際に、交渉役として任命された政治家が任務を果たし、核戦争は回避されるという内容である。

今回の鳩山氏の立場は政府が任命した交渉役でもなく、またそのような交渉は非公式であるからこそ有益であるが、自らのホームページで事前に公表するなどその意図は不明である。「13ディズ」では国家の危機が前提となっているが、鳩山氏から見えた日本の国家的危機とは何だったのか? 果たしてそれは国際的な日本の立場を危うくすることを引き換えにしてもなすべきことだったのか? 色々な意味で疑問が残る。

鳩山氏は元首相としてぜひとも自身のホームページにおいて今回のイラン訪問に対する総括を掲載されることを一国民として願いたい。

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白井 邦芳(危機管理コンサルタント/社会情報大学院大学 教授)
白井 邦芳(危機管理コンサルタント/社会情報大学院大学 教授)

ゼウス・コンサルティング代表取締役社長(現職)。1981年、早稲田大学教育学部を卒業後、AIU保険会社に入社。数度の米国研修・滞在を経て、企業不祥事、役員訴訟、異物混入、情報漏えい、テロ等の危機管理コンサルティング、災害対策、事業継続支援に多数関わる。2003年AIGリスクコンサルティング首席コンサルタント、2008年AIGコーポレートソリューションズ常務執行役員。AIGグループのBCPオフィサー及びRapid Response Team(緊急事態対応チーム)の危機管理担当役員を経て現在に至る。これまでに手がけた事例は2700件以上にのぼる。文部科学省 独立行政法人科学技術振興機構 「安全安心」研究開発領域追跡評価委員(社会心理学及びリスクマネジメント分野主査:2011年)。事業構想大学院大学客員教授(2017年-2018年)。日本広報学会会員、一般社団法人GBL研究所会員、日本法科学技術学会会員、経営戦略研究所講師。

白井 邦芳(危機管理コンサルタント/社会情報大学院大学 教授)

ゼウス・コンサルティング代表取締役社長(現職)。1981年、早稲田大学教育学部を卒業後、AIU保険会社に入社。数度の米国研修・滞在を経て、企業不祥事、役員訴訟、異物混入、情報漏えい、テロ等の危機管理コンサルティング、災害対策、事業継続支援に多数関わる。2003年AIGリスクコンサルティング首席コンサルタント、2008年AIGコーポレートソリューションズ常務執行役員。AIGグループのBCPオフィサー及びRapid Response Team(緊急事態対応チーム)の危機管理担当役員を経て現在に至る。これまでに手がけた事例は2700件以上にのぼる。文部科学省 独立行政法人科学技術振興機構 「安全安心」研究開発領域追跡評価委員(社会心理学及びリスクマネジメント分野主査:2011年)。事業構想大学院大学客員教授(2017年-2018年)。日本広報学会会員、一般社団法人GBL研究所会員、日本法科学技術学会会員、経営戦略研究所講師。

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