【ソーシャルがわからない企業に明日はない(5)】はこちら
日本人のソーシャル音痴は明治時代の英語の訳し方に遡る
再び「ソーシャルがわからない企業に明日はない」という本連載のテーマに立ち戻る。ソーシャル・マーケティングを試みる企業や個人は、程度は違えど「ソーシャル=社会」をどうとらえるかを考えることになるのではないかと思う。
最初は「ソーシャルメディアを使って、顧客とのつながりをつくって、コストをかけずに売上げアップ」という発想で考えるかもしれない。そこで早速フェイスブック・ページをつくり、ツイッターでの情報発信を始める。ほどなくして、ライバルも同じようなことを始めたのでPVを稼ぐために、写真投稿サイトにプロモーション写真をアップし、動画投稿サイトにも……と、作業量やコストは限りなく増えていく。
そこで、海外を含め、他社の成功事例を研究し、「ソーシャル」なコミュニケーション・デザインの難しさに気づく。
そして、何度か思考錯誤を繰り返してみるが、営業成績に直結する効率的な方法が見つからず、ネット上の情報のみならず、本から情報を得たり、専門のセミナーを受講したりする。書店にごまんと並ぶノウハウ本からは根本的な問いへの答えが見つからず、かといって対症療法的なやり方では埒が明かない。
それを見越したような社会学的なテーマについては、『フェイスブックインパクト』(2011年、宣伝会議刊)の第6章に詳しい。そのなかで執筆者の高広伯彦氏は、日本におけるソーシャルメディア活用における課題として、明治時代にまで遡り、もともと日本になかった概念societyを社会と訳したことが、「理解の壁」になっている点を指摘している。そこに、日本で「ソーシャル」を活用する悩みの元がある。欧米の文化的文脈で発達してきた「ソーシャル」に関していえば、日本人は「ソーシャル音痴」なのだ。
そのことに気付いたソーシャル・マーケティング担当者は、愕然とするかもしれない。もちろん、そうした課題を乗り越えて、新たなコミュニケーションの地平を開拓してきた先駆者たちもいて、「Dentsu Social」など、情報公開も進んできているので、今後日本人の「ソーシャル音痴」が克服されることに期待したい。
アメリカでも、ほとんどのマーケターは顧客が何を求めて自社のソーシャルサイトに参加しているのかを知らない
それなら、ツイッターやフェイスブックの発祥地、アメリカでは、みんな「ソーシャル」が得意なのだろうか。確かに、社会科学の方法論を用いた企業と大学などの研究機関の共同プロジェクトが活発に行われているようだ。
デジタル・アナリストで、社会学者でもあるブライアン・ソリスは「ソーシャルメディアは社会科学の問題であって、テクノロジーの問題ではない」として、社会科学との学際的な研究を推進している。ソリスが代表を務める、米カリフォルニア州サンマテオに本社を構える調査会社アルティメーター・グループのブログから、その論点を紹介する。
2007年に僕は「ソーシャルメディアは社会学の問題であって、テクノロジーの問題ではない」という記事を書いた。この5年間、毎日このフレーズをツイッターでシェアされているのを見ることができる。時が経ち、経験を積むにつれて、僕は「ソーシャルメディアは社会科学の問題であって、テクノロジーの問題ではない」と変えることにした。
なぜかというと、それがより真実に近いからだ。
社会学は方程式の一部に過ぎないが、社会科学は、社会と人間行動の研究だ。ソーシャルメディアとモバイル行動は、心理学、人類学、コミュニケーション、経済学、人文地理学、民俗学などと関連したより包括的な上位の概念としてとらえるべきだ。
しかし、残念ながら、人間の問題としてよりも、テクノロジーの問題として考えてしまう傾向がある。ソーシャルメディアやモバイルやウェブの戦略を考えるとき、企業のマーケターは、その先にいる、自社がメッセージを届けようとしている人のことをどれだけ知っているだろうか。顧客やステークホルダーは何を期待しているのか、どんな課題に直面しているのか、彼らがどうしてつながりをもち、コミュニケーションしようとしているのか、どれくらい知っているだろうか。最終的に、どんな過程を経て意思決定がなされているのか、僕たちはどれほど理解できているだろうか。
2011年に行った調査で驚くべきことがわかった。ブランド・マネージャーやマーケターに、彼らのソーシャル・カスタマー像をとらえているかをたずねると、77%が「イエス」と答えた。さらに調査を進め、「ソーシャル・カスタマーは、エンゲージしている企業に何を期待していると思うか」とたずねるとほとんどが「わからない」と答えたのだ。
ソーシャル音痴は産業競争力の大問題?
つまり、ほとんどのブランド・マネージャーやマーケターは、自社のソーシャルサイトを訪れる顧客像について属性などの表面的なことは知っていても、何を求めているか、ニーズまではわかっていないということだ。このことは、「ソーシャル」先進国のアメリカにおいても、ソーシャルメディアの双方向性を活かしきれていない企業が多いことを示している「米トップ100社CMOの多くが、ソーシャルメディアを使いこなせず」(3月31日、Advertimes)
ソーシャルメディアの活用法は、まだ発展途上にあり、効果的な手法を開発するには、さまざまな社会科学の知見が必要とされているというのが、ソリスの論点であり、また、アメリカではIT系企業と大学との共同研究なども活発に行われている。たとえば、HPラボでは中国でユーザー数3億人を超えるウェイボー(微博)の使い方の特徴を研究している。
そこで、日米の違いを考えてみると、日本でも、電通や博報堂に専門の部署があり、この分野を得意とする企業も続々登場しているが、やはりビジネスに活用していこうという「貪欲さ」においては、日本のほうが弱い印象を受ける。
あくまで印象レベルの話であり、定量的な根拠のある話ではないが、仮に日本人は「ソーシャル音痴で欲もない」とすると、フェイスブックの登録者数が9億人を超える時代、日本企業はグローバル市場で生き残れるのか、という不安が降りてくる。ひょっとするとこれは、スマホの保有率やSNSへのアクセス頻度うんぬんといった小手先の問題ではなく、産業競争力そのものの大問題ではないだろうか。
【連載】
- ソーシャルがわからない企業に明日はない(5)
- ソーシャルがわからない企業に明日はない(4)
- ソーシャルがわからない企業に明日はない(3)
- ソーシャルがわからない企業に明日はない(2)
- ソーシャルがわからない企業に明日はない(1)
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