才能で自由に泳ぐプール制
「ハイ、○○広告社、第○クリエイティブ局、○○部、○○チームの三寺です」15年前、新人の僕が外線の応対をしていたときのセリフ。自分の名前を名乗るまでにいくつもの所属名や個人名が出てきました。この文句をスラスラと噛まずに発することが難しく、よく目の前の部長に「いま俺の名前抜けてたぞ!」と怒られていたのを思い出します。前社や国内大手の広告会社の組織では立場や役割がしっかりと細分化されており「個」の責任範囲も明白。縦の繋がりも濃く、上長、その上の上長との間において信頼関係が築かれています。
その点、ビーコンは組織として完成されていません。「自由」とも言えます。名刺にはクリエイティブやアカウントなどの所属だけが明記されており、その下の部や班などはありません。
「ハイ、ビーコンコミュニケーションズ、クリエイティブの三寺です」長い社名以外、実にシンプルです(笑)。
以前にも書きましたが、ガイシにはタイトルと呼ばれる職階は存在しますが、年次を基にした縦の関係やラインが希薄です。理由はいくつかあります。会社の歴史が浅い(10年足らず)こと、人の出入りが激しい(社長やマネジメントもよく変わる)こと、さまざまな国籍や経歴を持つ人々が集まっており、いくつもの文化が混ざり合っていることなど。
ただ、どちらの会社も経験してきた僕にとって、今の環境(ビーコン)は若くて、刺激的で、未知にあふれていて、日々何かが起きる面白いところです。そして何より、変化に追われる広告業界において、個々のアイデアや提言に会社が聞く耳を持ち、素早く行動に移せる姿勢がある。野心があり環境を良くしようと思う人間にはすごく開かれているし、向いていると思います。
クリエイティブ部署では、数年前に「プール制」を導入しました。これも社内から挙がった声をカタチにした施策でした。ひとつのブランドだけではなく、新しいクライアントや複数のプロジェクトに関わり、その才能を開花させていく。クリエイターたちはひとつの大きなプールの上にいて、自由な発想と共に、あちらへこちらへと泳ぐことができる。この考え方は長く特定のブランドを育てる事に集中してきたブランドエージェンシーにとっては新しいものでした。今も試行錯誤しながら進めているところですが、少しずつ新たな化学反応が生まれています。ブランドの責任者でありリーダーであるクリエイティブディレクターも、固定されたメンバーだけでなく、多くの個性(タレント)と顔を合わせ、お互いが刺激し合うようになってきました。
また定期的に「オープンブリーフ」という試みもしています。先日は、とあるキャンペーンで「テレビCMに出演する“ロボット”のキャラクター(デザイン)を募集します」というアナウンスが全クリエイティブスタッフに出され、実際にクライントへプレゼンされました。普段の仕事とは違い、自分のセンスやアイデアを存分に発揮できるチャンスに多くのスタッフが楽しんで参加しました。
しかし、この「プール制」には欠点もありました。それは、個々が時間やスケジュールを管理し調整しなければならないという点です。中には新しいプロジェクトに手を挙げたものの、結局仕事が膨らみ、全てが中途半端になってしまう人もいました。そこで「個々の仕事状況」「得手不得手」「周りからの評価」「チームとの相性」を俯瞰で見て最適な人選をする「クリエイティブリソース」というポジションができました。抜擢された元敏腕営業の女性は、持ち前の明るさと強さ、そして冷静な判断力で所属する80人の現状を把握し、ベストな人選を提案してくれています。本当に助かっています。その場の雰囲気や個人的な感情に流されず信念を持って会社のためにベストな提言をする。打たれ弱い僕にはきっとできません。もう頭下がりっぱなしです。彼女の強力なサポートも得て「自由」な発想が生まれています。
「個」を大切にするという社風
ビーコンには仕来りや文化、明確な社風がありません。強いて言うなら「個の自由な発想を大切にする」ことがこの会社のユニークさかなと思います。僕自身9年もの間、社長やマネジメントに直接提言したり、やりたい仕事をやれる環境を作るために動いたりと、自由に暴れてきたので。そんなことを考えていたときに、ふと昨年ビーコンの新卒採用のために作った社員紹介の企画を思い出しました。「Beacon Style.」というビーコンならではのユニークな「個」にスポットを当てたFacebook上のスタイル誌。今ではビーコンのホームページに格納されています。ここには、僕だけでなく、自分たちの発想やアイデアで新しい環境を拓いてきた同志たちがいます。その中のいくつかの「個」を紹介したいと思います。
「同期×同期(ドキドキ)デビュー!俺たち広告ルーキーズ」。若手のコピーライターとアートディレクター。とあるクライアントの仕事に同期だけで乗り込んだことがありました。昔の僕に似て、誰にも頼りたくなかった、変な上司が入ってくるのが嫌だった、そうです。まあ、気持ちは分かります(笑)。同じ部署だった僕は、彼らがふたりして浮かない顔をしていたり、本気で喧嘩をしていたり、嬉しそうに企画を見せてくれたりしたのを覚えています。会社やクライアントといくつかの問題はあったようですが、自分たちの力で前に進めたこのプロジェクトで彼らは自信をつけました。そして「環境は自分で創るものだ」ということを肌で感じ若手のホープとなっています。
「女子力、モってます。ハートもチャンスも鷲掴み」。とあるガイシのクライントとの新しい仕事で結成された女子力たっぷりの営業チーム。女性用の商品ということからターゲット当人たちが担当者になるという試みをしました。これも本人たちのアイデアから出てきたものでした。ここにクリエイティブもストラテジックプランニングも素敵な女子が加わり競合プレを見事モノにしました。実はこのチームにチラッと属していたのですが、強烈な女子力パワーと見事なバイリンガルっぷりにあまり出る幕がありませんでした。
「IT’S A“賞”TIME!セカイ揺るがすB系グルーヴ」。ビーコンの強みのひとつであるデジタルチーム。彼らはコンスタントに素晴らしいキャンペーンを手がけ、多くの海外賞を獲得しています。デジタルの人間はテクノロジーオタクのように見られがちですが、彼らは違います。思考回路もプライベートもアナログそのもの。酒乱だし(笑)。常に自らの心が動いた「体験」をベースにアイデアを開発しています。マス広告もデジタル広告も「人の心を動かす」という部分で想いはひとつ。「デジタル」と「クリエイティブ」が同じチームの中で変な格差を感じず、お互いが才能を認め合い、一致団結できているのは彼らの志の高さゆえです。最近ではICR(インタラクティブクリエイティブ)という新しいチームを発足させました。そのメンバーを社内から募りヤングカンヌばりの24時間トライアウトを行ったり、デジタルブートキャンプという社員セミナーを定期的に開いたり、新たな発想でより良い環境を創りだしている眩しい「個」です。
ガイシには縦の繋がりがほとんどないし、文化も根付きにくい。でもそういう「決まり」がないからこそ、発想やアイデアを持つ人間が声をあげ、新たなことに挑戦し、会社を変えることができる。そんな「自由」こそが、変化を続けるこれからの広告に対しての付き合い方なのかも、と思う今日この頃です。
三寺雅人 「ガイシの夜明け」バックナンバー
- 第7回 愛するブランドとチーム。(4/19)
- 第6回 ヒトの行動を変える方法。(4/12)
- 第5回 突然のマネジメント着任。(4/5)
- 第4回 悔しさ爆発アドフェスト。(3/29)
- 第3回 自分環境を開く格闘時代。(3/22)
- 第2回 情熱がくだけた衝突時代。(3/15)
- 第1回 ”ガイシ”でもがいた9年間。(3/8)