追跡評価報告書
文部科学省傘下の独立行政法人科学技術振興機構に社会技術研究開発センターがある。今年3月16日にそのホームページに戦略的創造研究推進事業「安全安心」研究開発領域ミッション・プログラムⅠ追跡評価報告書と、長々と命名された報告書が開示された。
この種の第三者評価は大学の教授を中心に学術研究者が評価を実施することが通例であるが、透明性あるいは現実的な実効性の視点から私も10人の追跡評価委員のひとりとして任命されたのは昨年のことである。
この追跡評価は、研究開発終了後一定期間を経過した後、副次的効果を含めて研究開発成果の発展状況や活用状況等を明らかにし、事業及び事業の運営の改善等に資することを目的として実施された。
評価対象は、平成13年度に発足し、平成17年度に研究開発が終了した当該プログラムで、平成21年度に追跡調査が実施されたが、さらに、研究開発課題ごとに研究開発終了時点から現在に至るまでの状況を
- 基礎データの把握と確認
- 一般公開データの収集
- 研究代表者への聞き取り調査
- 共同研究社への聞き取りもしくは書面調査
- 社会への関与者への聞き取り調査
- 追跡調査結果のまとめ
の手順で実施した。
この「安全安心」研究開発領域ミッション・プログラム1の評価対象研究開発課題には、総括研究(「食の安全」を含む)、会話型知識プロセス、失敗学、社会心理学(コンプライアンス)、法システム、リスクマネジメント、原子力安全1、地震防災、化学プロセス(安全)、交通安全、医療安全の11の領域で構成されている。
昨今の企業不祥事に関わりの深い「社会心理学(コンプライアンス)」、「リスクマネジメント」はもちろん、防災に直結する「地震防災」、「原子力安全」、「食の安全」、「失敗学」などがキーエッセンスに含まれていること、特に今回の評価期間の延長線上に昨年3月11日の東日本大震災が発生している点から考慮して、科学技術の貢献がより現実的な実効性の視点から評価されなければならないとの意図もあり、私が委員のひとりとして任命された意義を考えた場合、身が引き締まる思いだった。
11分野のうち、私は「社会心理学(コンプライアンス)」と「リスクマネジメント」の分野で主査を務めさせて頂いたが、このコラムでは「リスクマネジメント」分野から一部を紹介したい。
「リスクマネジメント」研究グループの各課題は、社会全体として市民の視点に立ったリスクマネジメント(パブリックリスクマネジメント)を実現するための分野横断的な社会技術の方法論の構築と、公平かつ効率的に安全安心を確保できる社会技術の開発を目的に実施された。
その概要として、(1)パブリックリスクマネジメントのための社会技術の方法論の構築、(2)効果的・効率的なリスクガバナンスのためのリスク情報開示・流通手法の開発、(3)市民レベルでのリスクマネジメント行動支援手法の開発などが行われてきた。
その開発研究から津波災害に対する総合的な防災計画の策定を支援するために「津波災害シナリオ・シミュレーター」や、津波防災のみならず「災害総合シナリオ・シミュレーター」として、家屋倒壊・道路閉鎖・施設損壊などの被害状況も考慮し、地震と津波といった複合災害のシミュレーションにも適用できるツールが開発されている。
当初は人をどう避難させるかに視点が置かれていたものであるが、シミュレーションにはヒト・モノ・情報・交通(物流)という4つのポイントがあり、それらの視点も加えられたことで、これらがどうダメージを受けて復興・復旧をどのタイミングで考えるか、という判断にも活かせるようになった。
実効性の評価では、これらの技術が社会実装における効果検証でさらに研究が深められ、新たな実装化への道筋がつけられているかが重要となる。その一例は、群馬大学大学院教授・片田敏孝氏による三陸地方自治体、住民を巻き込んだシミュレーションツールを利用した防災教育と啓蒙活動である。大人だけでなく、被害が集中する子ども達にスポットをあて、「動く津波ハザードマップ」を作るなどして防災教育を進めたことも評価できた。
かつて発生した明治三陸大津波で釜石町(当時)は人口6529人のうち4041人が犠牲となったが、その教訓から片田氏は科学技術を住民の危機意識の認知というレベルに押し上げた。
昨年起きた東日本大震災では、釜石市(現在)で実施されたこれらの啓蒙活動が功を奏し、小学生1927人、中学生999人の命が助かり、生存率は99.8%だった。1人ひとりが地震と津波との因果関係を認識し、「逃げる」ことを実践した結果だった。
委員として評価を実施した過程で、科学技術の実装化はまだまだ前途多難ではあるが、確実に進みつつあることを実感できた。これからも日々研究を進めている方々にエールを送りたい。
地震のデータをどう活かすかは各社自身の責任
4月18日に文部科学省のプロジェクトチームが地震のシミュレーション結果に基づく発表を行い、その内容に伴い東京都防災会議がその一部の内容を公表している。
これまで18のカテゴリーに及ぶ首都直下型地震の中から、より喫緊の地震4つをシミュレーションしたもので、こちらのサイトに詳細を添付している。
「首都直下地震等による東京の被害想定報告書」と命名された報告書は全404ページにわたるもので、詳細なシミュレーションをもとに被害の状況がかなり細かく記載されている。
これまでとの大きな違いは、震度7のエリアが発生すること、震度6強のエリアが東京だけでなく千葉、埼玉、神奈川の一部に大きく拡大したことにある。
最も被害が大きいとされる「東京湾北部地震」の想定被害では、国の中央防災会議の試算などでも、震度7で、木造建物(81年以降建築)の全壊率は16%以上となるが、特に62年~81年(建築基準法改正前)の木造建物では65%以上の全壊率となる。
地下施設や地下鉄などへの直接の影響は少ないと考えられているものの、震度7では一般鉄道の92.9%が脱線する可能性も指摘されている。これはプレート型地震と違い、直下型地震が緊急地震速報の機能が働きにくいためで、発災直前に十分な対応が取れないことが想定されている。
さらに停電後の予備電源は40分しかないため、空調装置などが止まり、早い段階で地下から脱出できないと二酸化炭素中毒による意識障害や昏睡状態に陥る可能性があるとしている。
これまでの想定被害では火災が大きなファクターとなっていたが、揺れ自身の大きさのファクターを加わり、火災、津波、液状化などの被害想定が詳細に記載されている。我々の生活に直結するライフラインへの影響度分析(復旧までの期間)も以下のように修正されているので各社、個人ともに対策を講じる必要がある。
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