心を揺さぶる「自虐」アプローチ
最近、地域発信のユニークなプロモーションが熱い!中でもストレートに地域自慢するものではなく、あえてマイナスなポイントを逆手にとった「自虐」アプローチが話題になっています。海外に比べ日本ではなかなか受け入れられなかったネガティブアプローチですが、ここにきて日本人の心を動かし始めています。不況による国内旅行の需要拡大、震災以降の地域や故郷での繋がり強化、SNSの普及によるコミュニティの活発化など、いくつもの背景がうかがえますが、いずれにしても地域の「本気」を感じます。
この「自虐」アプローチを実行に移すには強い覚悟が必要だと思います。現代のようなソーシャル時代では賛否両論の見解が毎日のように飛び交い、ポジティブなものだけでなく「なんでこんな酷いことを言うんだ」「住民として憤りを感じる」など様々な本音が露になる。制作者や発信側にも個々の声が届いていることでしょう。心を強く揺さぶる尖ったアプローチがゆえの代償です。
でも僕は、人を動かすということに直進するこれらの活動が大好きです。応援しています。地域だけでなく日本全体に元気を波及する力強く素晴らしい取り組み。最後まで信念を貫き日本の広告の新しい領域を確立し、いずれは日本特有のカルチャーに押し上げてほしいと思います。あ、何だか偉そうなこと言ってしまいましたが、もちろん僕も追いかけます。汗かきます(笑)。
そんな訳で、いま僕が感化されている地域プロモーションを紹介させてもらいたいと思います。まずは昨年末立ち上がった香川県のプロモーション。同県出身者のタレント要潤さんを副知事に「香川県は“うどん県”に改名しました。」と大胆な宣言をしました。
当時、僕は山手線のトレインビジョンでニュース風の動画を見たのですが「マジですか!?」と一瞬驚きました。単純…。当然本当の改名ではないですが、香川県がうどんを愛する県であることを“うどん県”と堂々と発信した潔さはスゴイと思いました。普通だったら「うどん以外もあるよ」キャンペーンを展開しそうなものですが「香川はうどん」と割り切ったのはある種の自虐です。香川県は日本で一番面積の小さい県だそうですが、懐も含め、むしろ大きな県に感じました。
Webサイト内には“うどん県民”のインタビュー映像もあり、香川県出身の豪華キャスト扮する様々な県民の反応が見られます。フィクションなのですが、内容もいちいち面白く、後ろめたさや迷いが一切ありません。このコンテンツを考えた制作スタッフや県の方々が本当に地元を愛し想いを込めて作っている様子が浮かんできます。
左から香川県、島根県、広島県の自虐アピール。実に強者ぞろいです。
「日本で47番目に有名な県。負けるな!島根県。」全国的に知名度が低いことを逆手にとって自虐アピールしている島根県のカレンダー。ブラックな「秘密結社 鷹の爪」のキャラクターたちが登場しています。そもそも鷹の爪の吉田くんが島根県吉田村の出身で、以前県のPR大使に任命されたことから登場しているのだそうです。
しかしこのカレンダー、コンセプトもさることながら、月々のコピーがハンパないです。ドキドキするくらい際どい。最初テレビの特集で見たとき目を疑いました。「県のスローガンは“リメンバーしまね”…すでに後ろ向き」「島根って、鳥取のどの辺?ってきかれた」「いいえ、砂丘はありません」「世界遺産があると言っても信じてもらえない」「この際、鳥根でもいいです」。ここまで開き直れば、拍手ものです。
最後に広島県。これまた同県の出身者であるお笑いタレントの有吉さんを起用した毒舌満載の自虐プロモーション。「おしい!広島県」。おしいは、おいしいの一歩手前と言い切っているのが実に痛快です。広島名物「お好み焼き」は店舗数日本一なのに「広島風」と言われる…など、広島の名産、名所のおしい!所をアピールしています。自分の県をなかなか「おしい!」と言いたくはありませんが、覚悟を持ってこの絶妙な言葉を選んだことで、一気に話題になったのだと思います。
このキャンペーンも同県出身の豪華タレントたちが出演しています。宣言ムービーからも本当に地域を愛する人たちが一丸となり、しかも自らが楽しんで地元を盛り上げているのが伝わってきます。これらの活動は、この場所でしか言えないし、できない。改めて世界に自慢できる日本ならではのプロモーションだと感じました。
夕張市で実践した「自虐」アプローチ
「自虐」アプローチ。僕がこの響きに打たれるのは、以前同じようなキャンペーンを手がけたことがあるからです。以前のコラム(第3話)でも少し触れましたが、2007年に353億円の負債を抱え、財政破綻した北海道夕張市の再生を目指した市のPRキャンペーン。ツギハギだらけの服を着た貧乏な夫婦のキャラクター「夕張夫妻」を作り、3年弱に渡る自虐的なプロモーションを展開しました。
夕張の出身者でもなく、しかもガイシ系広告代理店に籍を置く僕がこの地域再生に関わり始めたキッカケは正直、クリエイターとして自らのアイデアで人を動かす話題になることがしたかったから。それがいずれはクリエイティブエージェンシーの財産にもなる。僕は会社にお願いしてボランティアでの活動を許可してもらいました。
夕張は古くは炭坑の街として日本を支えてきた裕福な街でしたが、エネルギー変化に伴い炭坑は閉山。「炭坑から観光へ」夕張市は多額の投資をしてホテルや観光施設を建設しました。しかし、その全てが負の遺産となり財政破綻しました。その負の遺産を全て買収し、市の再生に乗り出した民間の観光会社「夕張リゾート」が自主提案の窓口でした。
一切お金は貰わない、こちらの持ち出しで全てを考え制作するので好きなようにやらせてほしい、それが当初、先方と約束したことでした。先方も何か面白いことを考えてくれれば、いろんなとこにポスターとか貼りますよ、場所はたくさんあるから(笑)。と言ってくれていました。
夕張市の負の遺産を露にして全国の人に現状を知ってもらうために作ったPV。カラオケにもなりました。
しかし、いざ企画を考え始めると単なるクリエイターの「エゴ」だけでは、このプロジェクトは成り立たない、そう感じるようになりました。この想いはプロジェクトが進むにつれ大きくなっていきました。まるで住民になったかのように。当時を振り返ろうと、一番はじめに夕張市にプレゼンした企画書を引っ張り出してみました。
「夕張を話題にする元気にする再生させる大作戦」。そんな大それた企画書の1枚目「はじめに」の言葉には当時の想いが書かれていました。
我々は恥ずかしながら夕張市の現状をニュースで知りました。夕張という名前は知っていましたし、一度行ってみたいと思っていました。まさかそんな窮地にあったとは夢にも思っていませんでした。今回このような機会にあたり、我々広告に携わる者として何ができるか、何をすべきかということを真剣に考えました。
最初は「頑張ろう夕張」とか「胸を張ろう夕張」のような元気のでるキャッチコピーをつくり、夕張の素晴らしい場所や資産を紹介していこうと考えました。でもそれは、人々の心をノックしない「キレイゴト」にしか過ぎないと思いました。ましてや住民の方々がそれを聞いて嬉しいのか?喜ぶのか?そんなことよりも実利につながり、世の中がざわめき、街が変わり始める、そんな強い「何か」を求めているのではないかと考えました。
広告とはその名の通り「広く告げること」莫大な予算をかけてテレビCMやポスターなどで暴力的に露出していくのも広告の手段ですが、斬新なアイデアを少ない予算で工夫し話題にしていくのも広告です。今回の提案は今の夕張にとって最も効果的で、街が動くアイデアです。夕張が話題になり注目され元気になり再建への足がかりとなる。そのために広告のプロとして精一杯力になりたいと思います。
僕は、夕張といえば世の中の大半の人が「財政破綻した街」と答えます!と切り出しました。でも、実はこれはすごいことで一気にメジャーな街になったわけです。名前も素性も知っている、もう自己紹介はいらない。だから、この「負の資産」を隠すより有効活用しましょう。しかも、世間やマスコミは夕張の次の出方を待っている。ビッグチャンスです!「負債を抱えた街=夕張市」この誰もが耳を傾けるネタを使って夕張市を日本一有名な市にしましょう。題して、夕張市再建「自虐系キャラクター」作戦です!!
こうして負債を抱えた夕張の未来を抱えた夫妻、自虐系キャラクター「夕張夫妻」が誕生したのでした(続く)
三寺雅人 「ガイシの夜明け」バックナンバー
- 第9回 世界で高め合う広告の質。(5/10)
- 第8回 オープンな社と個人主義。(4/26)
- 第7回 愛するブランドとチーム。(4/19)
- 第6回 ヒトの行動を変える方法。(4/12)
- 第5回 突然のマネジメント着任。(4/5)
- 第4回 悔しさ爆発アドフェスト。(3/29)
- 第3回 自分環境を開く格闘時代。(3/22)
- 第2回 情熱がくだけた衝突時代。(3/15)