【カンヌ直前集中連載】世界の広告賞をおさらいしよう(1)

ロンドン国際広告賞の台頭

この2 ~ 3 年で、4 つの広告賞に仲間入りしたのは、26 年の歴史を持ちながら鳴かず飛ばずだったロンドン国際広告賞(LIA)だ。

ロンドン国際広告賞(LIA)のトロフィー

ロンドン国際広告賞(LIA)のトロフィー。

LIA の台頭の陰には、クリオの衰退の原因にもなった事件がある。クリオは経営者交代劇の際に、同賞に半生を捧げたスタッフの多くを解雇した。そのうちの1 人にトニー・ギリサノがいる。マディソン・アベニューのクリエイターの中ではちょっとした有名人だ。70 年代、クリオの生みの親と言われるビル・エバンスの時代から、トニーはクリオの後見人を務めてきた人物だ。広告界の知識の豊富さで彼の右に出る者はいない。そこに目をつけたのが、LIA を経営するバーバラ・リービーである。彼女は早速トニーをLIA の審査員ディレクターとして迎え入れ、二流の広告賞という地位に甘んじていたLIA を、ワンショーやD&AD 賞に匹敵する広告賞にするための努力を開始した。

サーパは「自分が尊敬できない審査員が名を連ねる賞に応募するクリエイターはいない」と指摘する。多くのCD も「広告賞に権威を持たせる唯一の方法は審査員の質を上げること」口を揃えるように、審査員に誰が名前を連ねているかで、その年の賞の応募数は上下する。

この事実をよく知るトニーはすぐさま、クリオ時代の同僚のウェーン・ヨウクハナと、友好関係にあるマディソン・アベニューのトップクリエイターをたどって、一流の審査員を起用し始めた。パブロ・デル・カンポ(Del Campo NazkaSaatchi&Saatchi)から、アンドリュー・ケラー、スティーブ・ミケロン(TAXI)にタム・カイ・メン、デイビッド・ノベー(Droga5) …。

こうした努力は心あるアドパーソンの関心を引き、LIA に対する評価が高まった。経済不況に悩む広告業界の中で、今年、LIA のエントリー数は9%上昇。審査員に対する丁重な扱い、昔かたぎで、時間とエネルギーを惜しまないきめ細やかな審査方法(LIA では全審査員が全作品に目を通す)も、広告賞の氾濫する現状の中で新鮮な魅力なようだ。

LIAの主催者バーバラ・リービー

LIAの主催者バーバラ・リービー。ロンドン滞在中にLIAを創設した。

トニー・ギリサノ(左)とウェーン・ヨウクハナ(右)

LIAを盛り上げる力となったトニー・ギリサノ(左)とウェーン・ヨウクハナ(右)。2人とも2年前までクリオ賞で働いていた。

広告会社の受賞対策

広告会社にとっても、クリエイターにとっても、受賞はあらゆる面でプラスになる。そこで、ほとんどの広告会社では、賞へエントリーする作品には、CCO の目が通されることが必須となっている。米国の広告業界では、賞が獲れる可能性のある作品をエントリーするための作業は、CCO の重要な仕事なのだ。

例えばレオ・バーネットでは、年に4 回、全世界にある31 のオフィスの作品を1 カ所に集め、それぞれの作品に1~ 10 の点数をつける。「7が通過点。7 以上を取った作品でなければ、広告賞には応募させない」とタッセル。タム・カイ・メンによるとO&M では、応募作品の質を上げるために「ワークショップのほかに毎年、『ベスト・オブ・オグルヴィ』という社内誌を発行して、クリエイターの意気昂揚を図っている」。リラックスした企業文化で知られるCP+B では、「僕の目を通さないで応募する作品もかなりあるようだが、できるだけ、そうならないように努力している」とケラーは述べる。多くの国際賞を受賞している電通でも、「エントリー作品は社内の審査委員会が選ぶ」と、同社グローバル・ソリューション・センターのECD中山幸雄は言う。

応募作品の品質管理の背後には年々高まる応募費の問題がある。
「クリエイターが希望する通りにエントリーさせていたのではいくらあっても足りない」とタッセル。ケラーも「応募費の捻出が毎年大きな問題になる」と頭を痛める。

数年前、CP+B は自社の知的資産を作るために、アイデア商品の開発を試みることになり、その資金に広告賞への応募費を充てようとした。最初は多くがこの考えに賛同したが、いざ賞には一切エントリーしないと決まると、ためらう人間が出てきた。その結果、この試みは白紙となった。クリエイターにとって、それほどまでに賞は魅力的なのだ。 

けれど「エントリーには、馬鹿にならない金額がかかるんだ」と話すケリーの悩みは消えない。

増える広告賞

ここ数年、広告業界を対象とした賞が増えている理由のひとつは、テクノロジーの革新だろう。それにより広告業界が変貌し、さまざまなカテゴリーの広告賞が必要とされているのだ。国際広告賞にはないメリットや魅力のあるローカルな広告賞も数多く誕生している。「ローカル賞はそのエリアの広告主の関心を引く最も有力な武器になるため、当社はこうした賞へも常に応募している」とサーパ。同じ理由で「それぞれの支店のある地域のローカル賞には欠かさず応募している」とタッセルも同調する。一方、「今ではいずれの賞もインターナショナルをうたっているので、本当の意味でのローカル賞がなくなってしまった」と嘆くのはタム・カイ・メン。「国際からローカルまで、広告業界ほど賞が多い業界はない。どのくらい増えるか見物だね」とケラーも冷ややかだ。

インターナショナルにしろローカルにしろ、賞の数が増えている最大の理由は、それがいいビジネスとして成立するからだ。事実、ケラーが言うようにローカル賞がどんどん幅を広げて国際賞に変貌して行く背景には、カテゴリーを増やせば、エントリー数が増えるという目算がある。 次回は「1+4」以外に注目する意義のある、または流行の広告賞について、考察してみたい。

楓セビル
青山学院大学英米文学部卒業。電通入社後、クリエーティブ局を経て、1968年に円満退社し、ニューヨークに移住。以来、アメリカ広告界、トレンドなどに関する論評を各種の雑誌、新聞に寄稿。著書として「ザ・セリング・オブ・アメリカ」(日経出版)、「普通のアメリカ人」(研究社)など。翻訳には「アメリカ広告事情」(ジョン・オトゥール著)、「アメリカの心」(共訳)他、多数あり。



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