昨日カンヌから帰ってきました。
心身共にいわゆるカンヌ熱というのにうなされています。
広告業界の人ってなんでこんなにカンヌに熱くなるのでしょうか?
「あなたにとってカンヌとは?」
昨年クリエイティブキッチンというイベントで講演した際、会場からのこんな質問に、直感的に「カンヌは僕の母校です」と答えた記憶があります。
ある人にとってはカンヌは「試合会場」かもしれないし、別の人には「ビジネスチャンス」かもしれない。
カンヌを「エキスポ」とか「社交界」という人もいるでしょう。
ちょっと昔までは「ごほうび」という人も多かったですよね。
しかし僕にとっては、やっぱりカンヌは「学校」という表現が一番しっくりくるのです。
そう、ここは「カンヌ国際クリエイティビティ大学」。
7日間の特別集中講座。ちょっと授業料は高いけど、今年のカンヌ大学には世界中から1万人以上の学生が入学しました。
学部は、フィルム学部やアウトドア学部、サイバー学部やプロモ学部など既存の15の学部に加え、今年新設されたモバイル学部とブランデッドコンテンツ&エンタテインメント学部が増えて全部で17学部に増えました。
今年アウトドア部門の審査員をした市来健太郎氏が、カンヌは美大とMITとMBAを組み合わせたようなところだと言ってましたが、まさにそんな感じの総合大学だと思います。
カンヌ大学はまず「教材」が熱い。
世界各国から数万に及ぶ膨大な実験結果や研究論文などのケーススタディが集められ、各学部別に、映像やボードによって学生たちに解放されます。
これらの「教材」は、スクリーニング会場でCMやエントリービデオをシャワーのように浴びることもできるし、展示会場でボードを見ながら議論したり、PCキオスクで全てのエントリーを検索、閲覧することもできます。
同じ頃、会場の奥の部屋で5日間の審査が行われ、数万点のエントリーの中から、各学部の最も秀逸な研究成果が選ばれ、毎晩授賞式で発表されるのです。
授賞式の後には街中に特別なムードが漂います。
自分の仕事をエントリーしてカンヌに来た人が、この瞬間に歓喜や落胆、うれしさやくやしさのエネルギーを発散するからなのです。
ここで選ばれた受賞作は、今からしばらくの間はカンヌのWebサイトで世界中の人に閲覧され、広告業界のベンチマークとなっていきます。
そしてこの審査の中から、いくつかのキーワードが発信され、これが大きなクリエイティブやプランニングの指針になっていくのです。
カンヌ大学は教える「授業」も熱い。
1週間、昼間はびっちりセミナーやワークショップという「授業」があって、僕ら学生たちは時間割を組むのも大変です。
今年から先端技術を教えるテックトークという授業も増えました。
ここ数年でのセミナーの充実ぶりはすごいです。
広告やビジネスの話に留まらず、経済、テクノロジー、アートに至るまで様々な分野に渡ります。
「教授」たちは世界のさまざまな広告会社のリーダーたちに加え、今年はビル・クリントン元大統領のセミナーがあったり、ナディアコマネチやロナウドが登場するセミナーもありましたし、KPOPスターの2ne1が踊るセミナーもありました。
カンヌ大学は学生間の「交流」も熱い。
期間中、カンヌは街中がキャンパスになります。
3日目の晩と最終日の晩にはそれぞれオープニングガラとクロージングガラというパーティがあり、国籍や会社を超えて混じり合います。
それ以外の日も毎晩いくつかのパーティをはしごする生活です。
毎年たくさん持って行ったつもりでも名刺がなくなってしまいます。
カンヌならではの新しい出会いがあったり、数年ぶりに再会して近況を確かめ合ったり、ここでの出会いが仕事になったりもします。
僕はオープニングガラで、あるオーストリア人女性に声をかけられました。2004年に審査員として夜中まで戦った同志との5年ぶりの感激の再会でした。
さらに、毎晩12時をすぎた頃からガターバーと呼ばれるバーとその周りの路上に何百人のクリエイターが集まって、ビール片手に明け方まで語ります。
僕は今年はガターバーというこの課外授業に3回も参加しました。つまり週に3日も3時過ぎまで飲んでしましまったのです。当然翌日の朝のセミナーは眠くて仕方ない。
つまり、佐々木康晴さんの逆でした。ガターバーの出過ぎには注意しましょう。
余興として、カンヌ大学には「体育会」もあります。
大学といえばスポーツ。ヨーロッパでスポーツといえばサッカー。
会場裏のビーチで、カンヌビーチサッカーワールドカップが開催されます。
16カ国の代表選手が4つのグループ予選を勝ち抜いて、決勝トーナメントを戦うのです。
僕は2006年に選手として下手くそながら出場したのですが、その時は決勝リーグまで勝ち進みました。
今年は助監督として選手を集めましたが、グループ予選で残念ながら敗退しました。
優勝はデンマーク。準優勝はバルト3国の連合チーム。どちらも僕らがグループ予選で負けたチームでした。
授賞式では国旗をかざして壇上に上って正式にトロフィーを渡されるんですよ。
来年こそは、日の丸掲げて壇上に上がりたいものです。
最後に、カンヌ大学に来ると、世界の中の「日本の立ち位置」というものを実感します。
僕は、今年9回目のカンヌなのですが、初めてカンヌに来たのは2004年でした。
その年は、フィルムのグランプリがソニープレイステーション、サイバーのグランプリがNEC、ゴールドやシルバーも日本のクライアントが軒並み受賞しまくった一方、それらはほとんど海外のエージェンシーによるもので、日本のエージェンシーは散々たる結果だったのを覚えています。
日本のメーカーはこんなに世界でプレゼンスが高いのに、日本のエージェンシーはどうしてこんなに存在感が低いのだろうか、と悲しい気持ちになりました。
それから9年。
今年日本が50個もトロフィーを獲りました!!
こんな日本が強いカンヌはじめてだと思います。
自分も7つトロフィーをいただきました。銀3つと銅4つですが。
9年前のファーストカンヌのことを思い出すと今年の日本の大量受賞は感慨無量です。
もうすぐ始まるオリンピックでも日本が大量にメダルを取れるといいなと思ってしまいます。
最終日の晩、「卒業式」を迎えます。
クロージングガラでは、花火が打ち上げらます。
このときだけは、全員無言になって、海に反射する美しい花火を見つめながら、熱い「教材」や「授業」や「交流」のことを思い出しながら、「来年こそは!」と誓うのです。
こうして、今年もカンヌ大学の長い長い7日間は今年も終わるのでした。
(次回に続く)
木村健太郎「やかん沸騰日記」バックナンバー
- 第11回 ケトルを沸騰させる「ストーブ」始動 (6/13)
- 第10回 日本でツートップ経営はうまくいくのか(5/30)
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- 第5回 ただいまアドフェスト最終日。(3/21)
- 第4回 蕎麦打ちから弓道まで。ケトル研修合宿のお話 (3/7)
冠から「広告」がとれて2年目、広告の枠に留まらず、ソリューションとしてのクリエイティブのヒントを学ぶことができるセミナーです。今年のカンヌに赴いた実力派講師陣が今年の潮流をレポートします。
開催日 2012年8月29日(水)