原子力規制委員会の人選も決まらないのに始まったロゴマーク公募
9月に発足予定の新しい原子力規制組織、原子力規制委員会が象徴となるロゴマークを公募している。公募期間は平成24年7月6日~8月10日。内閣官房原子力安全規制組織等改革準備室で受け付ける。
原子力規制委員会は、東日本大震災に伴う東京電力福島第一原子力発電所の事故で、原子力利用における安全を守るべき原子力安全・保安院が機能しなかったことへの反省を踏まえて設置される。今回ロゴマークを公募する目的は「原子力規制行政の刷新を実現する強い決意と、放射線の有害影響から人と環境を守る精神を内外に示すため」印刷物やホームページ等で使用する。
応募資格は、年齢、プロ・アマ、個人・グループは不問。必要事項(住所、氏名、年齢、職業、電話番号)とともに、作品を郵送又は電子メールで送付する。複数作品の応募も可能。
応募方法は、紙の場合:A4サイズ白色用紙を縦に使用(10㎝×10㎝の枠内)し、1作品につき1枚プリントアウトして提出する。データの場合は、1作品につき1ファイル。ファイル形式はJPEGまたはGIF形式(2メガバイト以内)。
原子力規制員会の人事も決まらないのに、組織の理念を象徴するロゴの公募が先行するというのはどういうことなのだろうかと、疑問を覚えざるをえない。背景には9月中旬に予定されている国際原子力機関(IAEA)の総会までに規制委員会の組織を固め、国際社会にも大きくアピールしたい官庁の意向が読み取れる。
規制に必要な中立性と事故対応に欠かせない現場を知悉した専門家
先月成立した規制委設置法と、7月3日に発表された原子力規制委員会の委員長と委員の人選基準ガイドラインに基づく人選のポイントは以下の3点だが、これらが大きな矛盾をはらんだものであることは否めない。原子力発電の安全を守るためには、中立性が欠かせないが、同時に事故対応を考えると原発の現場を知り尽くした専門家も必要だからだ。
- 原子力利用における安全の確保に関して専門的知識、経験、高い識見を有する。
- 直近の3年間に原子力関連会社などの役員や社員だったり、報酬を得ていたりする者を除外する。
- 直近3年間に関連会社や関連団体から寄付金など、一定額(年間50万円程度)の報酬を受けた者も除外する。
国の原子力規制委員会の動きを受けて、島根県は、中国電力島根原発(松江市)の安全対策などを専門家の立場で県に助言する「県原子力安全顧問」のメンバー(14人)が、原発メーカーや電力会社など原発推進派から利益供与を受けていないか、実態調査を進めてきた。調査の結果、顧問14人のうち2人が、電力会社や原発関連企業から寄付金を受けていたことが明らかになった。
これを受けて、10日の定例記者会見で、溝口善兵衛島根県知事は、顧問全員の中立性を確認する方針を示した。島根県では、国の原子力規制委員会の委員らの選考基準を参考に、県独自の基準を早急に作り、基準に反した顧問には退任を求める。各原発設置都道府県でもこのような動きが予想される。
一方、日本経済新聞電子版読者1047名(男性92%、女性8%)を対象に行われた調査では、専門知識を重視する人が58.6%で、原子力関連企業と関わりのある人を除外すべき(41.4%)を上回る結果となった。島根県の動きと世論調査の結果は、規制組織の人事に関する難しさを浮かび上がらせている。
政治と無関係ではすまされない規制組織の人事
アメリカ合衆国原子力規制委員会(NRC)では、ウェブサイトから原子力業界OBを公募する。安全対策の訓練や災害時の対応においては経験豊富な企業経験者の知見が活かされる。一方、業界関係者との癒着を避けるためには、企業と関係のない中立の立場を貫ける人選が欠かせない。
規制組織の改革にあたり、もともと民主党が出していた原子力規制庁(案)に対して、自民・公明党が出した原子力規制委員会の考え方は、IAEA(国際原子力機関)やアメリカ合衆国原子力規制委員会(NRC)を意識したもの。直近のNRCの人事では、新委員長にジョージ・メイソン大(バージニア州)のアリソン・マクファーレン准教授(48)が就任したばかりだ。
今年5月にオバマ大統領の指名を受け、議会の承認を得て7月9日に委員長に就任した。マクファーレン氏は地質学者で、ネヴァダ州ヤッカマウンテンに計画されていた使用済み核燃料の最終処分場建設に反対の立場を取っている。前任のグレゴリー・ヤッコ氏(41)は、福島第一原発の事故を受けての規制改革を推し進めるなかで、同僚に対する強引な態度が「ハラスメント」と問題視されるようになり、辞任に至った。
ヤッカマウンテンのあるネヴァダ州選出の民主党上院議員ハリー・リード氏は、「ヤッコ氏は、安全を重視する強力なリーダーシップにより原子力産業に改革を求め、ネヴァダ州の安全は守られた」と評価する。一方、ケンタッキー州選出の共和党上院議員ミッチ・マコネル氏は「弱い者いじめの態度が女性の環境活動家らの反感を招いた」と指摘する。
福島事故後、NRCが安全規制を強化することに対して、業界関係者からの規制強化への抵抗があったといわれている。原発のコストが高くなり、安価なシェールガスとの競争力を失うためだ。業界とのつながりがなく、ヤッカマウンテンの使用済み核燃料の最終処分場建設に反対の立場をとるグレゴリー・ヤッコ氏には職場内外に多くの敵がいたことは想像に難くない。とりわけ、原子力推進派の共和党には多かったはずだ。
独立性が高いと言われるNRCであっても、原子力規制組織の人事が完全に政治と無関係ではいられないとすれば、総選挙がささやかれるなか、日本の規制委員会の人事にもなんらかの影響があることは想像に難くない。
エネルギーの選択肢がどうであれ、 安全を守るには組織改革が必要
事故等の非常時を含む安全対策には、原子力発電所の現場を知悉した専門家が必要である。しかし、企業OBを除外すると、現場を知らない人ばかりになってしまう懸念が生じる。一方、企業OBでは人間関係に縛られて正しい判断ができないことも十分に予想される。とはいえ、業界とのコミュニケーションができない人選では有効な対策ができないだろう。加えて、安全工学、地震学、地質学、放射線影響の専門家、自治体や市民団体、リスクコミュニケーションの専門家など、さまざまなステークホルダーとの対話も必要とされる。
8月末までに予定されているエネルギー基本計画により、ゼロシナリオ、15シナリオ、20~25シナリオのどれが選ばれるにしても、2030年までは原発を安全に運転し、問題があれば停止できる仕組みや組織が必要なことに変わりはない。新しい規制組織には「原子力ムラ」の二の舞を踏まないための仕組みが必要だが、人事も決まらないうちからロゴマークを公募する形式重視のやり方は「原子力ムラ」への逆戻りの懸念を招くのではないだろうか。
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