永井一史さんに聞く(前編)はこちら
永井一史 プロフィール:
HAKUHODO DESIGN 代表取締役社長/クリエイティブディレクター/アートディレクター 1961年生まれ。1985年多摩美術大学卒業後、博報堂入社。2003年トータルにブランディングを手がける、(株)HAKUHODO DESIGNを設立。2007年デザインを通じてソーシャルイシューの解決支援に取り組む活動を手がける、Hakuhodo+designプロジェクトを主宰。主な仕事に、サントリー「伊右衛門」「ザ・プレミアムモルツ」、資生堂「企業広告」、日本郵政「民営化キャンペーン」など。毎日デザイン賞、クリエイター・オブ・ザ・イヤー、ADC賞グランプリなど受賞多数。
(前編)からの続きです。
ボランティアでは、「素の人間」になる感じがあります。
永井:NPOの仕事は、取り組み方は普段の仕事と全く変わらないのですが、前提となる条件が大きく違う。当然、予算もないので、より本質的で有効なことを求められるし、組織の目標がまっすぐに社会問題の解決に向いているので、活動を知ることで、深く共感したり、感動したりすることは多いです。なので、普段とはまた違う部分での達成感がありますね。
並河さんは、電通でソーシャル・デザイン・エンジンというチームにいて、NPOのコミュニケーションを手がけることが多いから、そうした感覚がスタンダードなんじゃないですか?
並河:僕の場合、NPO自体のコミュニケーションのお手伝いもしていますが、企業とNPOの共同によるソーシャルプロジェクトを立ち上げる仕事も多いです。
昨年は、トヨタエスティマハイブリッドCharge the Future Projectというプロジェクトを手がけました。エスティマハイブリッドの電源を使って、いくつかの復興支援のアクションを展開していく企画だったんですが、プロジェクトを進めていくと、いつのまにか、企業の方も、関わっていたNPOの方も、運営するスタッフも、すべての人がチームメンバーとして、不思議な一体感に包まれていました。
ソーシャルプロジェクトの場合、関わっている人たちが仕事抜きにして、「人として」「立場を超えて」そのプロジェクトに共鳴している、と思える瞬間があって、そういう瞬間が、仕事をしていて、いちばん嬉しいときなんです。
永井:分かります。ボランティアって、自分の社会的なポジションからいったん離れて活動するから、「素の人間」になる感じがあります。
モノを売って消費するというサイクルを早めていくモデル自体が、限界にきている。
並河:広告のシステムの、こういうところは悪いんじゃないか、こういうところは変わっていくべきだと感じていることはありますか?
永井:たぶん10年前、20年前に比べて、局面が変わってきている気はしています。
常に新しい商品を売って消費を促すというサイクルを繰り返しで、経済を継続、成長させていくモデル自体が、やはり限界にきているんじゃないでしょうか。景気の低迷もあると思いますが、若い人を中心に新しい価値観が生まれていきている。大量生産、大量消費型ではない、新しい暮らし方や、それに伴った新しい企業像や社会のあり方が模索されていく中で、コミュニケーションが担える力って何なのか。抜本的にいえば、そういうことだと思いますが、でも、どうすればいいかという答えは……まだ分からないです。
並河:その答えを探していくのが、このCOMMUNICATION SHIFTなんです。
高度成長期の頃は、広告を打てば売り上げが伸びて、雇用も生みだして、広告=100%社会のためになると、多くの人が思っていたけれど、でも、その時代は終わってしまった。
今でも、広告の打合せの場で、「バーンと日本が元気になるようなCM作ろうよ!」という人は、きっと、モノが売れて、雇用が生まれて、それが社会のためになるっていうことを指しているんですよね。もちろん、今でも売り上げがあって、雇用があって、それは実は社会にとってすごく大きな意味があって、見落としてはいけない大事なことでもあるんですが、でも、「大量消費=善」の時代からシフトしているときに、広告というものは、相変わらず、「ある商品を効果的に伝えることで売り上げを伸ばす」という方法論のその次を見つけられていない。
永井:結局、「商品やサービスが最初にあり、あるメディアをつかって、多くの人に伝える」という従来の広告の方法論が変わっていかないと、いくら表現が変わっても、抜本的には変わらない。
作り手の気持ちだけではなく、これからの社会における広告の意味や役割自体、変わっていくんじゃないでしょうか。
今日並河さんと話したことを振り返って考えると、大きく3つの道があるんじゃないかと僕は思います。
1つ目は、企業といっしょに新しいサービス開発や、事業開発、新しい商品づくりを行う、という道。広告というよりも、もっと大きな意味でのデザイン。企業のサービスや事業、商品自体を、これからの社会に求められるものにデザインし、その一環としてコミュニケーションもデザインする、という道です。僕は、デザインとは、本来、こうあるべきだと思っています。
2つ目は、これからの社会にとって重要で価値のある、新しく芽吹いた何かを見つけて、自分たちのクリエイティブスキルを使って、それがすこしでも広がっていくお手伝いをする、という道。プロボノでNPOを応援するのも、これですね。
3つ目は、クリエイティブに関わる人、自らが主体者になる。クリエイティブの力を使ったイノベーティブな事業や社会的課題の解決を行うようなことを事業主体としてやる、という道。昨年、いっしょに立ち上げた祈りのツリープロジェクトをNPO法人化しようか、と並河さんと話し合ったことがあったけれど、大きな意味でのクリエイティブと考えたら、この道も絶対ありうると思います。
並河:僕は、NPOというカタチではなく、広告会社という存在自体が、3つ目の道へシフトしていけないかと、ずっと模索しているんです。
例えば、ある途上国の衛生環境の指標をこれだけ良くしようと数年間の数値目標を定め、そのためにはこういう支援活動が必要だ、そのためにはこういう衛生製品がこれくらい普及する必要がある、とマーケティング的に設計していき、ある部分はNPOと共同でプロジェクト化し、ある部分は企業とともにビジネスとして取り組んでいく。
そうしたことを広告会社として実現していきたいんです。
永井:それは……もしかしたら、政治家の仕事?
でも、考えてみれば、政治も、大きな意味での、ソーシャルデザインですよね。
並河:僕がイメージしているのは、コミュニケーション領域を起点とした社会課題の解決を掲げ、企業やNPOとともに実現する、新しいカタチの広告会社。それを、いつか実現してみたいというのはあります。
永井:ある規模感で、そういうソーシャル領域専門のエージェンシーが立ち上がって、ビジネス的にも成り立てば、きっと広告の世界も、ちょっと変わる予感がしますね。
社会にある様々な関係の、その束の最適解を見つけるのが、デザイン。
並河:今日お話を聞いて、腑に落ちたのは、永井さんのいろんな活動の、その上位概念にあるのは「デザイン」なんだということです。
永井:そもそもイギリスで産業革命が起こって、暮らしのまわりにあるものが工業製品化していく中で、質の悪いものが世の中にたくさん出回って、これじゃまずい、このままだと人は豊かに生きられない。そのカウンターとして、デザインという概念が生まれました。
僕は、いま社会にある様々な「関係」の、その束の最適解を見つけるのが、デザインの役目だと思っています。
その「関係」の中には、企業と人との関係もあれば、社会との関係、地球との関係もあって、そうした、たくさんの関係の束の中の最適な答えをデザインの中に見い出していきたい。これから先、そういう考え方がますます重要になっていくと思います。だから博報堂という広告会社も、広い意味でのデザイン会社になった方がいいんじゃないかと、僕はずっと思っています。
並河:HAKUHODO DESIGN の「DESIGN」には、そういう意味があったんですね。
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「COMMUNICATION SHIFT」第3回は、中村洋基さん(PARTY)とお話しします。
タイトルは、「世界をつまらなくしているものに抗いつづける」。
9月5日に更新予定です。
並河 進「広告の未来の話をしよう。COMMUNICATION SHIFT」バックナンバー
- 松倉早星さんに聞く「解決しない広告」(11/7)
- 佐藤尚之(さとなお)さんに聞く「効率じゃないコミュニケーションへ」(10/24)
- COMMUNICATION SHIFT「今週は、ひとりごとです」(10/17)
- 丸原孝紀さんに聞く「ホットパンツで革命を」(10/3)
- 箭内道彦さんに聞く「バラバラになった日本を、広告の技と愛でつなげたら」(9/19)
- 中村洋基さんに聞く「世界をつまらなくしているものに抗いつづける」(9/5)
- 永井一史さんに聞く「デザインとは、もともと社会をよくするためのもの」(8/22)(こちらの記事です。)
- 澤本嘉光さんに聞く「広告の未来は、広告をつくっている僕らが決めることができる」(8/1)