9月9日。母を伴い、ロスアンゼルスに戻った。日曜だったので、娘が空港に迎えに来ると言い張った。車を運転して空港に現れ、お婆ちゃんに良いところを見せようと思ったのかもしれない。娘の初めての空港送迎に、果たして45マイルも先から間違いなく来れるのだろうかとハラハラした。
最近はトムトム(カーナビ)があるから、初心者であってもさすがに道に迷うことはなくなったが、その反面、彼女たち高校生は地図が読めなくなっている。ということは、地図を読む楽しさもまたなくしているわけだ。トムトムが作動しなければ、iPhoneがバックアップしてくれる。というわけで、デジタルネイティブたちの車には地図がのっていない。
空港からの帰り道、娘がウキウキした声で言った。
「パパに聞かせたい曲があるんだぁ」。
「なになに」と私。
「1日に何回もラジオで入るからさ、きっとそのうちに聴けると思うよ」。
しばらくして、 聞き覚えのない言語のダンスミュージックが流れた。
「これこれ!」と娘。「いまうちの高校で流行ってるんだ。面白いでしょ?」
アメリカのティーンエージャーの前に、彗星のごとく現れたそのポップスターの名前はPSY。韓流スター、ついに米国上陸である。そのミュージックビデオ「Gangnam Style」は、今年の7月15日にオフィシャルにアップロードされ、iTunes チャートを駆け上がり、今やYouTubeでは約2億ビューに迫る勢いである。言うまでもなくYouTubeは世界的なデジタルブロードキャストだから、日本をはじめ各国でも同時多発的に話題になっているに違いない。
ここアメリカでは、ニューヨークにプロモーションツアーに訪れているPSYを、ローリングストーン誌がつかまえ、45分の取材に成功したという記事が載ったのがつい先日、9月14日のことであるから、このネタはまだホットなのかもしれない。ライターはよほど興味深いとみえて、その一つひとつのシーンについて、それができた経緯や意味を尋ねている。
それによると、ビデオスタート後16秒目のミニチュアダンシングシーンに登場する男児は、韓国版「America’s Got Talent? 」である「Korea’s Got Talent?」から来ているようだ。米韓のエンターティンメントのパイプは、そういうところでもつながっていることが伺える。なお、「America’s Got Talent? 」とは、アメリカで人気のある公開オーディション番組である。
そのPSYがELLENという人気トーク番組に出演した時の様子が印象的であった。ホストであるELLENとゲストであるBritney Spearsの大物を相手に、このコリアンスターは堂々と英語で彼の「ホースダンス」を教えている。ブリットニーをして、なんとも滑稽なホースダンスを踊らしめたこのラッパーは、今やデジタルネイティブ世代のヒーローと言えるのかもしれない。というのも、アメリカのシンガーは、とてもブランドイメージを大切に考えており、それが少しでも崩れるようなことをやりたがらないからである。
ソーシャルメディアからラジオ・テレビへ飛び火したPSYブーム
日本で韓流スターが人気番組に登場するのはもはや目新しいことではないが、アジア系のミュージックビデオ(しかも韓国語)が、アメリカのティーンにうけているのは前代未聞のことである。和製ミュージシャンがアメリカのトップチャートに登場!などと日本のメディアが騒ぎ立てている時でさえ、実際にその曲がラジオやテレビで流れているのを耳にしたことがない。しかし、この韓流のミュージックビデオは正真正銘である。YouTube→Facebook→Radio→TV のような流れでブームに火がついてきたのは明白である。詳しく調べてみないとわからないが、もしかするとこのキャンペーンは、メディア費ゼロに限りなく近かったのではないだろうか?
現在、FBでのいいね!が50万に迫り、特筆すべきは、その半数を超えた30万あまりのカンバーゼーションが巻き起こっている。これは凄い。iTunesの売上も相当なものだろうと予想できる。
海外の曲、さらには英語ではない曲が、いきなり保守的なアメリカのラジオで取り上げられることはあり得ないことだから、そういう意味でYouTubeは世のミュージシャンに民主的な機会を与えたと言える。少し前なら、日本で流行った「トイレの神様」のように、地方のラジオ局で流れたのを機にブームが起きたということはあり得る話であったかもしれない。しかし、今やトラディショナルメディアであるラジオは、その目利きの機能をデジタルメディア、つまり生活者に譲ってしまったようにさえ見える。
もっともアメリカのラジオやテレビ局は、ソーシャルメディア時代の生活者の動きには敏感だから、TwitterやFacebookとの連動には力を入れており、ソーシャルメディア分析にも余念がない。また、現在進行中である4年に一度の大統領選挙では、そういったツールや分析者が影で活動を支えている。ラジオもテレビも生き残りに必死であり、それが前向きなパワーを生んでいると感じる。
その代表的な番組が先に挙げた「America’s Got Talent」である。その他にも生活者参加型のテレビプログラムやリアリティショーが凌ぎを削っている。それは、もう飽き飽きするほどである。余談ではあるが、それらの番組を手掛けているビデオグラファーの友人によれば、数多くのリアリティショーは台本のあるドキュメンタリーのようなもので茶番もいいところだと嘆いていた。
韓国の米国進出のためのマーケティング戦略
米国においては韓国人と同じアジア系の住人である私としては、もう少しスタイリッシュなものがアジア系のエンターティメントとして脚光を浴びてほしかったという思いはある。が、PSYは、本国韓国でサムソンやヒュンダイ、キアのようにアメリカンドリームを成し遂げた者の一人として、人々の希望の星となったに違いない。
このミュージックビデオのブームを身近で見聞きし、これは偶然の出来事ではないと感じた。韓国ブランドの米国進出のためのマーケティングは進んでいるのだ。
その考えは、私たちが日本映画のアメリカ進出のサポートをしている時から肌で感じていたことであった。アメリカンフィルムマーケットというトレードショーでジャパンブースを手伝っていた2003年〜2005年当時、日本と韓国の映画は会場の通路を境に対峙していた。しかし、その市場進出に対する戦略が明らかに違うことは、ポスターの作り方を見るだけで容易に想像がついた。
当時から韓国映画のポスターは、タイトルやレイアウトが米国流で、本格的にハリウッドムービーのマーケティングを勉強してきたと思えるのに対し、日本映画は「ものづくり」に対する意識が強いのに加え、あくまでもターゲット市場が日本中心で、米国市場の調査分析していないためか、そのまま日本語のポスターを持参するケースや翻訳をしてくるだけの作品が目立った。これは小さな一例だが、そういったマーケティングに対する理解と継続が、現在の韓国ブランドの活況を生み出しているのではないかと思う。
PSYのミュージックビデオを見ていると、韓国では既に有名なスターが、まるで「America’s Got Talent」から一夜にして現れてきた新星のようにみえる。つまり、彼らは「America’s Got Talent」の傾向を学び、そのコアユーザーであるデジタルネイティブ世代のインサイトを掴み、彼らに受け入れられるためのメディア選択とその共通言語であるFUNNY!というコアバリューを徹底的に追及したのではないかと思えるほどだ。
日本市場だけではなく、世界に向かってブランドを発信するということは、その先のローカル市場を知り、ターゲットを知ることから始まる。もしアメリカでブームになれば、同時に世界に拡散できるチャンスを得ることにもなるのだから、そのためには、今や世界共通とも言えるソーシャルプラットフォームを使いこなし、ソーシャルメディア戦略を持つことは必須である。しかし、それは何もアメリカ進出のために限ったことではない。
近い将来、娘たちのデジタルネイティブの心をつかむのは、日本発のCoolなブランドであることを期待してやまない。
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