データは膨大でも課題が明確ならば最適に活用できる
先ほどの「あらゆるデータが集められる」というのはマクロの視点から述べたことです。実際にマーケティングを行っていくうえでは、膨大なデータをすべて使うことはありません。マイクロソフト、ジャガー、ルフトハンザ、シティバンク、フォードをはじめ、さまざまな顧客から相談される際は、例え全体の問題は大きかったとしても、その中で「この課題について解決してほしい」と焦点を絞って相談してくれます。従って、膨大なデータを前に何をすればいいのかと持て余すのではなく、それらに一つひとつ対処していきます。
ソーシャルメディア、データを活用した事例
先ほど「デジタルのトレンド」について述べた「ソーシャルメディアの活用」と「データの活用」について事例を挙げます。
まず、アメリカにおける顧客であるスターバックスコーヒー。ここが現在のようにソーシャルメディアを活用した来店施策を行うようになったのは最近のことです。
CEOが語ったところによると、来店を促すために伝えていきたいことは非常にシンプル。「朝起きて、洋服を着て、道を渡り、スターバックスに入ってコーヒーのいい香りをかぐと、気持ちよく朝をスタートできる。その体験から次の日もその次の日もスターバックスに行きたくなる」ということ。やはり実際に店に来てもらい、あの香りをかいでもらうことこそが重要なのです。だから、マーケティング課題はとてもシンプルで「どうやって店に来てもらい、コーヒーの香りをかいでもらうのか」ということなのです。
従って、最初は「目的は店に来てもらうことなので、インターネットやソーシャルメディアの活用は必要ありません」と言われました。でも、そうした中でもやはりネットの使い道はあったのです。スターバックスにはビジネスを始めようとする人々がPCを持ってたくさんやってきていました。WiFiの環境がありますし、オフィスがなくてもそこでビジネスを始めることができます。少しずつこういう人たちが集まってコミュニティーができ、その数が増えていったのです。こうしたことから、スターバックスは「単にコーヒーを提供する店」ではなく「人が集まるところ」となり、その人たちがインターネットでつながり、オンライン上でもコミュニティーができていったことから、ブランドは「人々が集まる店」から「オンライン上でも集まれる場所」になっていったのです。
さらに、店頭で使えるプリペイドカード「スターバックスカード」をオンラインで売ることで成功しました。以前はオンラインでコーヒーを売るなんて無理だと思われていましたが、それを実現しているのです。また、このカードは購入前に顧客データを登録するので、潜在顧客・顧客のデータベースが構築できます。それを活用してさらにビジネスを広げることができました。
もう一つが、WPPグループの、そしてワンダーマンの大きなクライアンの一つであるフォードです。以前はインターネットで車の販売ができるなどとは考えていませんでしたが、今や、10台売れたうちの9台までが、購入のきっかけはインターネットと言われています。ディーラーに足を運ぶ前に、ネットで自ら十分に情報を収集しているのです。そして新しい車を買う前に、古い車の買い取り商談を済ますことさえできてしまうのです。
そうした人に向けて私たちが行っていることは、オンラインで車の購入を検討している人を探し出し、その人たちをフォードのサイトに連れてくることです。そうしてフォードのサイトで情報を得たうえでディーラーに足を運んだ消費者は、さまざまな情報を自身で調べ、さらにそれをプリントアウトして持ってくるぐらいの状態。つまり、ディーラーとしては、かなり購買に近い状態から接客をスタートできるのです。
顧客がオンラン上で情報を登録し、我々はその情報をフォード社内の関係各所やディーラーにつなげ、彼らはその情報に基づいて試乗の機会などを顧客に提供するわけです。つまり、我々はフォードやディーラーに販売のための確度の高いリード、すなわちホットリードを獲得するサポートを提供しているわけです。
われわれは、魅力的なテレビCMによって「この車いいな」と思う潜在顧客を増やすだけでなく、そこから進んで「この車を買いたいな」と思う人の見込客リストを作るという、これまで以上に価値のあることをクライアントに提供できていると思っています。
さらに一歩進んだこととして、技術詳細が書いてあるマニュアルのスマートフォンアプリを作りました。これにより、何かトラブルがあっても分厚いマニュアル読むことなく、知りたいことに関する言葉を入力すれば、すぐに情報が出てくるようになりました。
そして将来的には、スマートフォンを車のコンソールに差し込むと、何かおかしいところがないか、自動的に車の状態をスマートフォンが察知して、その情報をディーラーに送るという技術が可能になるでしょう。
これが意味するところは、データは購入前から購入後にいたるまで完全につながったということです。顧客がどんな車の不具合に遭遇したのかなどのデータが購入前からのデータと統合され、顧客のブラント体験の完全なるデータができ上がるというわけです。いまや、オンライン上で何を見て来店したのか、ディーラーには何度足を運んだのか、こちらから何回フォローを行ったのかなど、1人の顧客が何を体験して現在の状況に至ったのかということ、そのすべてのステップを把握し、それをマーケティングに生かすことができるようになったということです。
スターバックスとフォードの事例から分かるように、デジタルコミュニケーションを有益に活用し、さらにこのような膨大なデータをマーケティングに生かすには、「明確な課題と目標」が必要なのです。われわれはこれからも、顧客の課題に対して解決に必要なデータを用いながら、より最適なソリューションを提案していきます。
モバイル活用の先進性を生かし優れたマーケティングプログラムの提供を
日本は、モバイルテクノロジーに関して世界的にも優れていると思います。日本は携帯端末で電車に乗れて、買い物ができるなど洗練されており、消費者もそれに慣れている状態です。米国など一部の銀行など限られたところで同じような使い方をすることができますが、まだまだ日本のレベルには達していません。ただ、米国ではそうした限られた技術環境の中でも多くのマーケティング活動が行われています。それを踏まえて、私がこれまで2、3度来日して感じたことが、こんなに技術が洗練されていて、顧客との接点として貴重なデータが得られるデータソースを日本の企業はもっとマーケティングに活用した方がよいということです。日本ほどモバイルのテクノロジーが進んでいない米国でも、顧客の接点としてのモバイルをデータソースとしてマーケティングの活用が進んでいます。従って、日本の企業も、もっとモバイルを顧客のデータソースとして有効に使っていくことで、より価値のあるマーケティング活動ができると思っています。
もしかしたら、クライアント側もこうした先進技術のマーケティングへの活用について調査中なのかもしれませんが、われわれのような広告会社側も、より洗練された技術を活用したマーケティングプログラムをしっかり構築し、提案していければいけないのだろうと思います。そうすることでもっと、もっと洗練されたマーケティングができるようになると思います。