各国の政治的綱引きがチャイナリスクをさらに深刻化させる
アジア戦略を強化しようとするオバマ政権が勝利したことで、尖閣諸島(中国名:釣魚島)をめぐる日中間の問題に米国が積極的に乗り出すことにより中国を刺激し、さらに日中間の関係が深刻化するとの懸念が高まっている。現時点においても、中国経済が急激に減速していることで、日本の対中輸出は大幅に減少しつつあり、このままでは昨年の比較において20%以上も低くなるものと推定されている。
金融筋では、「日中関係が正常化するには、少なくともあと半年以上はかかる」との見通しを示しているが、オバマ政権の対応次第では、さらに長期化することも想定しなければならない。一部の報道にもあるが、今後も日中関係の悪化の影響を受け続け、中国向けの輸出が引き続き減少した場合、半年後には、日本の国内総生産は0.5%低下する可能性も出てきた。今や、チャイナリスクは金融面でも放置できない危険なカントリーリスクとなりつつある。
また、最近では、中国に進出した日本企業の中で、悪化した日中関係を機に中国からの撤退を検討したり、新たな進出を中止する企業が増えている。中国は数年前から人件費の高騰や当局の外資不利の政策が進められており、中国市場から得られるメリットが希薄になりつつあったが、さらなる日中関係の悪化で、撤退が加速された現状がある。そうした中、企業は投資家をはじめとする利害関係者に対しても、なぜ今中国なのかをカントリーリスクの視点で説明責任を負う事態となっている。
カントリーリスクへの理解
一般的に、投資の世界ではカントリーリスクを図のように見ている。「戦争危険」は、戦争、革命、内乱、暴動、騒擾などが含まれており、今回の50カ所以上の反日デモなどもこの中の「騒擾」に当たる。「収用危険」は、国有化、収用、没収、徴収などであり、すでに企業の中には撤退後の設備の没収などが実施された事例も存在する。「送金危険」は、為替取引の制限・禁止、途絶などであり、香港などで一部緩和されていた金融取引についても本土からの規制が始まるとの警戒がある。
事業リスクの中の外部要因については、当局による制度・政策の変更、現地経済の不安定化、市場での競争条件悪化、労働攻勢の激化などであり、すでにその予兆は顕在化しつつある。
さらに、こうした状況は、現地化の要請、外国人従業員の就労制限、原料・部品の国産化率引き上げ、原料・部品の輸入制限、製品輸出比率の引き上げ要請、税制(輸入税、法人税、取引高税等)の変更などや、政情不安・社会不安・経済の不安定化がもたらす潜在的な労働運動の過激化につながっている。放火や労働訴訟の増加、ストライキなどが中国国内で顕在化している点もこうした背景が起因していると考えられる。
また、カントリーリスクを長引かせる要因として、内政的には、政情不安の存在、汚職事件などの頻度の高さ、民族差別の存在、民意の食い違い、近隣諸国との緊張などが挙げられ、政情不安そのものの原因にも、少数派の抑圧、学生や知識人などの世論の離反、高い失業率(中国社会科学院 2008年9.4%、中国人民大学教授 同年27%以上、と統計データは混乱している)、所得を上回る生活費の高騰、汚職の拡大と被害者との関係の悪化、政府の経済運営能力の不足、経済発展の地域別格差の発生、所得格差の拡大などでカントリーリスクは大きくなっており、今後のオバマ政権のアジア地域の制海権への関心を考慮すれば、その緊張緩和は当分考えられない、と思われる。
中国投資を検討している日本企業は、引き続き、企業内組織としての現地の情報収集、カントリーリスクの分析・評価を織り込んだフィージビリティ・スタディ(実現可能性を前提とする予備調査)、リスク拡大を予知させるアーリー・ウォーニング・システムの導入が不可欠である。
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