米国で日本企業のブランディングなどを手掛ける結城喜宣さんと高校生の娘(17歳)が、日常的に繰り広げられるデジタルライフをレポートする本コラム。今回は、11月初旬にニューヨークで開催された「ad:tech NY」のほか、現地のエージェンシーを訪問した父・喜宣さんのレポートをお届けします。
日本の広告会社で働く、30人の精鋭とNYへ!
昨夜、夢を見た。自分だけが小人になっている。驚いて首を振ったら、等身大に戻った。先週、一週間、ニューヨークで怪しい空模様と林立する高層ビルを見上げ過ぎたからかも知れない。
10月末にハリケーンが直撃し、その直後にニューヨーク入りしたのは、日本では宣伝会議社主催のツアー「Business Creation Lab NY」が最初だったのではないだろうか?この会は、主に広告会社の精鋭・30人で構成されており、私たちYs and Partnersは、そのコーディネーションとナビゲーターを務めた。特にクリエイティブの分野で活躍する参加者が多かったのが印象的であった。
先週のニューヨーク は、そこを訪れる誰にとっても記憶に強く残るものとなった。大型ハリケーン後の混乱、寒波と初雪、そして大統領選挙の決戦日と重なったからである。
多くのマンハッタンにあるエージェンシーやそこに勤める人々は、ハリケーン・サンディの被害に遭い、一時は私たちの訪問予定の企業とも連絡が途絶える状況となった。不安は募ったが、その最悪の状況下でも、多くのエージェンシーが笑顔でツアーを歓待してくれた。これは、なかなかできることではない。
大統領選開票当日、私たちは夜になってタイムズスクエアに繰り出し、CNNが提供する大型スクリーンに映し出された選挙速報に一喜一憂することとなった。
昨年7月にも宣伝会議が主催するSFデジタルツアーをナビゲートしたが、その際に参加者と過ごした独立記念日とはまた異なる体験をすることができた。今回は、高校生の娘が大学受験で同行できなかったため、サンフランシスコで披露した「アメリカのデジタルネイティブ世代」についてのプレゼンテーションができなかったのが残念であった。
デジタルネイティブを狙った戦法で、オバマ勝利へ導いた08年の大統領選
アメリカの大統領選挙は、エージェンシーが活躍する場でもある。今回、訪問した企業のなかで、Droga5(ドローガ・ファイブ)のTed Florea氏が、4年前のオバマキャンペーンのケーススタディを披露してくれた。
「私たちの綿密な事前調査により、選挙の左右を握るフロリダ州において、年老いたユダヤ系住民が成否の鍵を握っていることがわかりました。しかし、残念なことに彼らの多くはオバマの支持者ではありませんでした」とFlorea氏。「しかし、彼らは特に熱狂的な反対論者でもなかったのです。そのため、私たちはフロリダ州外にいる デジタルネイティブ世代――つまり、州外に出て大学などで勉強をしている彼らの孫たちに対してキャンペーンを打つことを考えたのです」。
オバマ陣営は、ビデオを使い、若いユダヤ人のオバマ支持者たちに対し「フロリダに戻ってお爺ちゃん、お婆ちゃんにオバマに投票するよう説得しよう!」と訴えた。その試みは見事に当たり、最終的に難関であったフロリダを手中に収めたのである。これだけを聞いていると何やら日本の戦国時代に武将たちが使った奇策のようである。が、それもこれもエージェンシーのストラテジストが、ユダヤ系デジタルネイティブ世代と、「孫が可愛い」というシニア世代のインサイトを発見し、うまく利用できたからだと言えよう。まさにダイバーシティマーケティングの良い手本である。
あれから4年。今年の大統領選挙は特に熱気を帯びていた。歴史上、稀にみる激戦だったからである。タイムズスクエアの大型スクリーンに映し出された各州の開票速報、それを見守るNYの人々、寒いが次第に熱くなる現場の雰囲気。私は、その決定的な瞬間に居合わせ、アメリカ国民が歓喜するのを初めて肌で感じることができた。
彼らはオバマを誇りに思うのではない、彼に票を投じた自分を誇りに思い、歓喜するのだ。それは感動的かつPricelessな体験だった。
ARのマペットでデジタルネイティブ幼児をエンターテインするバンドエイド
今回は、幸いなことに私の古巣であるJWTにも訪問することができた。JWTは世界的に最も知られたマーケティングコミュニケーションブランドで、世界90カ国、200拠点にオフィスをもち、1万人の社員を抱えている。そのため、今回訪問した他の企業――たとえば AKQAやDroga5などでも、JWT卒業生たちと出会うことができた。
JWT New Yorkでは、モバイルのカテゴリーでカンヌのゴールドを受賞した、ジョンソン&ジョンソンのバンドエイドのキャンペーンを披露してくれた。それは、ディズニーのマペットが登場するクリエイティブで、最も若いデジタルネイティブ世代に向けてつくられたインタラクティブ・エンターテイメントであった。
目的は、バンドエイドを他の類似商品と差別化するためのブランディングを強化するというもので、JWTにとってはお家芸的なソリューションを提供している。簡単に説明をすると、マペットがついているバンドエイドをスマホでスキャンすると、AR(augmented reality)のテクノロジーが作動してマペットが登場し、子供たちに話しかけるというものである。
最も若いデジタルネイティブ世代とは、アメリカでは4~5歳のことを指す。そして、彼らが痛みを覚えたトラウマの体験を楽しいマペットたちが癒してくれるというわけだ。
辛い思いをした時に優しくされたブランド経験は、その後の両者の関係性をより強固なものにするに違いない。子どもたちのインサイトを捉え、テクノロジーを効果的に介在させた、なかなか巧妙なキャンペーンである。
国政トップのスピーチからマーケティングの成熟度が分かる
今回、日本の広告会社の人たちと話す機会に恵まれ、彼らが抱えている課題を知ることとなった。もしかすると目の前に見える大きな変化に戸惑いを覚え、ベーシックなことを忘れてしまっているのではないか?
それは、たとえば野球であれば、投げて、打って、走るというようなことだ。プロであれば、いちばん速い球を投げ、いちばん遠くに飛ばし、いちばん速く走る人たちだけがチームに貢献でき、勝ち残ることができる。
私たちはプロフェッショナルとして、ストラテジーを構築し、クリエイティブとテクノロジーでそれを表現し、キャンペーンを率いるのが仕事である。それ以上でもなく、それ以下でもない。
大統領のスピーチは、ビッグデータから集められた民衆の声と科学的な分析。そこから生まれる戦略と、その上に創造されたブランドストーリーである。一方、日本の総理大臣のスピーチは、科学的な根拠がないポエムであり、国民のインサイトを捉えきれてない。この比較は、日米のマーケティングに対する成熟度の違いを物語っている。
選挙戦終了間近になって米国東海岸をハリケーン・サンディが襲うとわかった時、リサーチャーとストラテジストが動き、大統領に策を進言したであろうことは言うまでもない。オバマ大統領は、遊説先からすぐさま被災地に飛び、年老いた被災者にあたたかい言葉をかけて回った。その後、オバマ支持者が増えたことから、これがなければ、今回の大統領選で勝利するのは難しかったのではないかと言われている。
私たちが日本で欧米型の戦略論を口にする時、その方法論を正しく学び、それによって日本ブランドの世界的な格付けを上げたいという想いがある。アメリカのデジタルマーケティングを学ぶツアーが、一人ひとりの参加者に刺激を与え、それぞれの現場で行動を起こすきっかけになるとを願っている。
※「ad:tech NY」などニューヨーク視察ツアーの詳細については、12月1日発売の「宣伝会議」にてレポート予定です。
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