今後のメディアにおける「3つの巨大トレンド」―紀伊國屋サザンセミナー「自分を“メディア化”すると、仕事はもっとうまくいく!」

11月20日、東京・新宿の紀伊國屋サザンシアターにて、「MEDIA MAKERS―社会が動く『影響力』の正体」(田端信太郎著)の刊行を記念し、第118回紀伊國屋サザンセミナー「自分を”メディア化”すると、仕事はもっとうまくいく!」が開催となった。セミナーには著者の田端氏信太郎氏が登壇し、講演を行った他、ライフネット生命保険の岩瀬大輔氏との対談も実施。本記事では、田端氏の講演内容をレポートする。

サムライ魂の剣豪も鉄砲隊の前には無力になる

メディアを取り巻く環境、さらには社会全体が大きく変化していますが、その根幹にあるのはテクノロジーの変化です。歴史を振り返っても、常にテクノロジーの進化が時代を変えてきました。例えば戦国時代、どれほど素晴らしい武士道精神を持った剣豪であっても、鉄砲が出てきた時には無力になってしまう。武器に頼るのは武士道精神に反するのかもしれませんが、そこは勝てば官軍。戦場に出たら、どんな剣豪も機関銃には勝てないのです。

メディアビジネスの世界もまさに今、機関銃が登場している状況と言えます。それまでのコミュニケーションのビジネスにおける、例えば「宮本武蔵的」な人たちが、時代遅れになりつつある。しかし、私は剣豪そのものを否定するわけではありません。鉄砲でなく剣で戦う、さらに遡って素手で戦う時代においても、強い軍隊をつくるためには、武士道的に、勇敢さを尊ぶ精神は常に必要だと思うからです。しかし武士道精神を持ちながら、なおかつ最新型の武器であるデジタル・テクノロジーも理解しなければ、これからのメディアの戦場では戦えないと思います。

テクノロジーの進化が起こす社会における3つの変化

現在、テクノロジーの進化が与える影響が3つの大きな変化の波をつくっています。まず一つがモバイルインターネットの波です。テレビやラジオが普及し、ほぼ100%に達したと同様に、むこう5年ほどで私はスマートフォンの普及率は、ほぼ100%に達すると予測しています。これによりモバイルインターネットの大きな波が訪れるはずです。

さらにスマートフォン、モバイルインターネットはクラウド、そしてソーシャルメディアと3つがセットになって一つの波を形作るのではないでしょうか。今、小さなスマートフォンの端末の中に多くの重要な情報が詰まっています。しかしスマートフォンはトイレに落として水没させてしまうかもしれないし、タクシーの中に置き忘れてしまうかもしれない…。そう考えると、端末自体が破損しても中の情報は守れるよう、クラウド上にデータを保存する流れになっていきます。そしてスマートフォンはソーシャルメディアとも親和性が高い。フェイスブックに写真を投稿するのに、デジカメで撮影した写真をデスクに戻ってPCに取り込み、やっと投稿できる…というプロセスが必要だったら、ここまでの浸透はなかったはずです。

スマートフォンは精神の乗り物

スマート“フォン”と言われると、あたかも「電話」の延長にあるツールと捉えてしまいがちです。しかし、私はスマートフォンは電話よりも自動車に近いものだと考えます。自動車は物理的に人を移動させる「乗り物」ですが、スマートフォンは「精神の乗り物」。

人を前に話をしているときでも、スマートフォンをいじると心はそちらにいってしまう。あるいは家電量販店の店頭で気になった商品があると、その場でスマホから最安値をチェックして、ECサイトでより安く売っていれば、店頭にいながら気持ちはネットに行ってしまう…。瞬時に人の心を別の場所に移動させてしまう「精神の乗り物」が、スマートフォンの特徴だと思います。

この波の中で、今後モバイルインターネットの広告市場も拡大していくと考えます。米国の2011年のデータですが、消費者が費やしている時間と実際の広告費を比較すると、テレビは43%に対し、42%と拮抗しています。しかし、プリントメディアは消費者の時間における占有率は7%であるにも関わらず、広告費は25%も取ってしまっている。そしてモバイルは消費者の時間占有率が10%であるのに対し、広告費はまだたったの1%を占めるにすぎないという結果が出ています。これを見れば、大きな伸び白があることが分かります。

日本でも生活者の総メディア接触時間が増えない中で、様々なメディアが生活者の時間を奪い合う厳しい戦いが続いています。電車やエレベーターの中など、これまでメディア接触していなかった隙間時間に入り込めるモバイルは、この戦いにおいても有利だと言えるでしょう。

誰でも編集長 編集・編成の民主化進む

続いて2つ目の波は「コンテンツ編成・編集の民主化」です。総務省の流通情報インデックスによれば、インターネット上の情報量は平成13年から21年までの8年間で約71倍に激増。一方で情報消費量は2・5倍程度しか増えていません。

さらに情報過多の環境の中で、HDレコーダーのようなツールが登場。誰もが自分の好きな情報だけ、好きな時に得ることができる時代になってきました。メディア企業の編成・編集がパッケージングしたコンテンツを、受け手側が好きに編集・編成できる。現在は「誰でも編集長」時代と言えます。

さらに消化しきれないコンテンツを受け手が食べやすい形に情報を料理してくれるキュレーションと呼ばれる行為も登場。「NAVERまとめ」のように、受け手のエージェントとなって情報を取捨選択、圧縮して届けてくれるキュレーションメディアも成長しています。

つまり、今起こっている変化を一言でいえば「編集の民主化」です。寿司屋に例えれば、板長のお任せコースしかなかった時代から、好きなものを好きなだけ食べることができる回転寿司へとコンテンツ消費の形が変わっているのです。そして、消費者にとっては板長が薦める「今、旬なネタ」よりも、食べたいネタを気兼ねなく食べられる方がはるかに重要なのです。
 
最後、3つめの波とは「プラットフォーマーによるメディア空間の支配」です。グーグルの元CEOであるエリック・シュミットがD9カンファレンスで「グローバルでプラットフォーマーとして生き残るのはグーグル、アップル、フェイスブック、アマゾンの“ギャング・オブ・フォー”に集約されるだろう」と発言しました。

世界から莫大な量のアクセスを集め、個人データと決済情報を持つこの4強以外、プラットフォーマーにはなれない。しかし、これらのプラットフォーマーは、日経新聞もフジテレビも一個人も同様に扱います。それゆえ、大資本を持たない個人にとっては、このプラットフォームが用意するクラウド環境は大いに活用余地があるものと言えます。

巨大な流通業すら中抜きにされかねない

ここまでで説明してきた大きな3つの波。それが過ぎ去った後に、訪れるのはどのような世界なのでしょうか。私は、あらゆるものの境界線が消滅した「ノーボーダー」の世界が出現すると考えます。広告主とメディア企業の境界線の消滅、広告と販促、広告と広報、ECと店頭など既存の広告マーケティングビジネスの境界線の消滅、さらには個人メディアと組織メディアの境界線をも消滅していく時代になると考えます。

例えば、飲料などのマスプロダクツを製造・販売するメーカーが健康食品などのダイレクト販売事業に参入するケースが増えています。コンビニエンスストアをはじめとする流通店頭では日夜、血で血を洗う様な棚を取るためのバトルが繰り広げられていますが、もしメーカーがダイレクト販売を通じ、住所や年齢、購買履歴などの顧客データを蓄積できたらどうなるでしょうか。メーカーが自前の販売チャネルを作ることもできるわけで、コンビニやスーパーのような巨大な流通企業すら中抜きにされる可能性すらあります。

テクノロジーの変化がメディアビジネス、広告ビジネス、企業経営に与える影響を知ることはもちろん重要ですが、組織を離れた一個人としても、境界線が消滅していく時代をサバイブするために、メディアの影響力を知り、それを活かしていくことがとても重要になってくると思います。

『MEDIA MAKERS』
個人や企業の命運をも左右する「メディア」。企業のマネージャークラスであれば「財務諸表は読めません…」とは恥ずかしくて言えないのと同様に、今の時代「メディアについて分かりません」は通用しなくなっています。「R25」、「WIRED」、「LINE」…数々のメディアビジネスを経験した著者が、その成り立ちから影響力の正体を解き明かします。

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