海外におけるテロ・誘拐事件などの広報対応の留意点

テロ・誘拐事件などの情報管理の難しさ

アルジェリアにおける人質事件では、多くの犠牲者を出し、日本全体が悲しみに包まれた。どうしてこのような事態が発生したのか、防止することはできなかったのか、再発防止には企業はどのような対応に留意すべきなのか、については別稿で投稿しているので、このコラムでは控えたい。一方で、今後も継続するこの種のテロや誘拐事件などに広報として対応するため、留意点について若干コメントしたい。

海外で発生するテロや誘拐事件では、日本における「誘拐報道協定」は期待できない。仮に人質の人命に影響がある場合でも現地政府やマスコミから情報が漏れる可能性もあり、企業側は慎重を期す必要がある。

海外の多くの国で、基本的に日本のような「記者クラブ」制度がなく、上記のような情報漏れは即「スッパ抜き」となり、管理が難しい情報となる。取材記者は、日本の海外特派員や現地記者、通信社などに限定され、日本の特派員の主たる取材源は駐在日本大使館や現地新聞報道(テレビ、ラジオを含む)が中心となる。

現地マスコミ記者は、現地政府関係者(軍や警察・治安部隊など)に取材し、現地新聞報道は、日本人特派員の貴重な取材源となる。被害者を出した企業は、現地駐在員や日本から新たに派遣された役職員に、本大使館経由で、現地政府などにマスコミへの厳重な情報管理を依頼するのが一般的だが、実際に情報管理ができる保証もなく、日本政府として正式に現地政府に要請し、プレッシャーを与えることが望ましい。

そのような要請を行ったとしても、残念ながらテロや誘拐事件に関する情報が漏れてしまうことが多く、この場合、現地記者や現地政府を敵にまわすことは得策ではない。このような事態においても、最低限の鉄則は、人質の生命すなわち生死にかかわる情報は伏せるというのが基本となる。

誘拐事件では、「人質の生命・生死にかかわる情報」を秘匿とすることが要件となるが、これらに関する情報とは、①解放取引のプロセス、②解放現場、③身代金の額、④身代金の受渡場所や方法、⑤犯人を特定する情報、⑥人質の安否(生死情報)、などがある。

一方、今回のアルジェリア人質事件のように大規模に行われた組織的テロ(制圧・殺傷を目的とするテロ行為)については、現地マスコミを含めマスコミとの接点なしには情報入手が困難なため、マスコミとの関係を維持しながら、政府とも連携しながら情報収集に努めることが重要となる。

アルジェリア人質事件での広報対応

アルジェリア人質事件では、日本のテロ被害者最大規模である10人の犠牲者を出してしまった。襲撃された石油ガスプラントは、アルジェリアの国営企業、イギリス石油大手メジャーのBP社、ノルウェーのスタトイル社による合弁企業による運営であり、この中に、プラント建造に関わる仕事で、日本のプラントメーカー「日揮」の関係者も勤務していた。多くのアルジェリア現地スタッフのほか、海外から派遣された駐在員、技術者、スタッフ、労働者、出張者を含め、800人以上が働く現場でのテロは、またたく間に世界中に周知される一方、現場地域が封鎖される中、情報が錯綜、混乱し、多くの政府が現地から発せられる情報に振り回されることになった。

16日早朝に開始されたイスラム武装勢力の襲撃・制圧に対して、日本政府が機敏に対応、17日にはアルジェリアに城内外務政務官を派遣し、現地での情報収集を開始した。安倍首相は18日未明にアルジェリアのセラル首相と電話会談を行い、アルジェリア軍による軍事掃討作戦の継続、人質に死傷者が出ている情報に対して、強く人質の人命を危険にさらす行動を避けるよう訴えた。

アルジェリア軍の軍事作戦は止むことなく継続され、19日に終了したが、多くの人質が救出された一方で、人質にも多数の死者が出ていた。20日未明に、アルジェリア政府は公式発表として、武装勢力32人を殺害鎮圧したが、人質にも23人の犠牲者が出たことを公表した。フランスのオランド大統領は、軍がイスラム武装勢力の拠点であるマリへの進軍を行っており、その影響を最小限にとどめたアルジェリア政府の対応を評価し、「最も適切な対応」と公表したが、イギリスのキャメロン首相は、「事前に知らせてもらった方が望ましかった」と失望感を漂わせた。日本政府を含め、関係各国は、依然として不鮮明な安否情報に緊張感を解かず、一刻も早く関係者の安否を確認することに最大限注力した。

こうした流れの中で否応なく話題の中心企業となってしまった「日揮」は、遠藤毅広報・IR部長が、連日マスコミからの質疑に冷静に対応した結果、不要な憶測を呼ばず、企業としての誠実な広報活動として評価できるものだった。この種の事件では、情報が極めて少なく、得られた情報の真偽さえ難しいものが多い。一方で、社会的な関心を背景として、マスコミから多くの質問にさらされることになるため、広報対応(クライシス・コミュニケーション)そのものの態勢やスポークスマンの技量が求められる。今回のテロにおける犠牲は極めて残念な結果となったが、広報対応を見る限り、「日揮」という企業が、これまでに多くの時間を割いて危機管理広報のシミュレーションを実施してきたことがうかがわれた。

なお、犠牲となった方々のお名前を政府の責任で公表したことは、正しい選択であったと考える。ご家族の心中をはかり、犠牲者の方々の名誉を守り、マスコミからの取材攻勢を回避するには、ご遺体の搬送というタイミングとともに政府公表として発表することは不可欠であった。政府の広報対応についても評価を与えたい。

最後に、今回のテロ事件でお亡くなりになった全ての犠牲者とご家族の皆様に哀悼の意を表する。

白井邦芳「CSR視点で広報を考える」バックナンバー

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白井 邦芳(危機管理コンサルタント/社会情報大学院大学 教授)
白井 邦芳(危機管理コンサルタント/社会情報大学院大学 教授)

ゼウス・コンサルティング代表取締役社長(現職)。1981年、早稲田大学教育学部を卒業後、AIU保険会社に入社。数度の米国研修・滞在を経て、企業不祥事、役員訴訟、異物混入、情報漏えい、テロ等の危機管理コンサルティング、災害対策、事業継続支援に多数関わる。2003年AIGリスクコンサルティング首席コンサルタント、2008年AIGコーポレートソリューションズ常務執行役員。AIGグループのBCPオフィサー及びRapid Response Team(緊急事態対応チーム)の危機管理担当役員を経て現在に至る。これまでに手がけた事例は2700件以上にのぼる。文部科学省 独立行政法人科学技術振興機構 「安全安心」研究開発領域追跡評価委員(社会心理学及びリスクマネジメント分野主査:2011年)。事業構想大学院大学客員教授(2017年-2018年)。日本広報学会会員、一般社団法人GBL研究所会員、日本法科学技術学会会員、経営戦略研究所講師。

白井 邦芳(危機管理コンサルタント/社会情報大学院大学 教授)

ゼウス・コンサルティング代表取締役社長(現職)。1981年、早稲田大学教育学部を卒業後、AIU保険会社に入社。数度の米国研修・滞在を経て、企業不祥事、役員訴訟、異物混入、情報漏えい、テロ等の危機管理コンサルティング、災害対策、事業継続支援に多数関わる。2003年AIGリスクコンサルティング首席コンサルタント、2008年AIGコーポレートソリューションズ常務執行役員。AIGグループのBCPオフィサー及びRapid Response Team(緊急事態対応チーム)の危機管理担当役員を経て現在に至る。これまでに手がけた事例は2700件以上にのぼる。文部科学省 独立行政法人科学技術振興機構 「安全安心」研究開発領域追跡評価委員(社会心理学及びリスクマネジメント分野主査:2011年)。事業構想大学院大学客員教授(2017年-2018年)。日本広報学会会員、一般社団法人GBL研究所会員、日本法科学技術学会会員、経営戦略研究所講師。

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