一人ひとりが日常の生活の中で、仕事の中で、何かに気づくことによって、その気づきから動くことによって、社会は大きく変えられます。私たちはそんな動きを、「希望をつくる仕事=ソーシャルデザイン」と呼びます。
広告マーケティングに関わる方々が、クリエイターの方々が、これまで培ってきた「伝える」「巻き込む」ノウハウによって、個人の気づきを社会の大きなうねりに変えることができます。
※本連載は、3月22日に発行する書籍『希望をつくる仕事 ソーシャルデザイン』の出版にあわせて掲載します。
※書店には、25日(月)から順次並びます。
広告会社など企業に属して働く人が、その立場を生かしながら社会貢献に通じる仕事をしたいと考えた場合、どんな選択肢があるのだろう。そのヒントは「ソーシャルワークシフト」というキーワードにある、と書籍『希望をつくる仕事 ソーシャルデザイン』を監修した電通ソーシャル・デザイン・エンジンの福井崇人さんは言う。
『ブレーン』4月号の記事を元に作成
誰でもソーシャルクリエイターになれる
22日に発売される書籍『希望をつくる仕事 ソーシャルデザイン』の中で、私たちはソーシャルプロジェクトに取り組むさまざまな人たち――小学生、 主婦、公務員まで年齢も職種も多彩な人たち――にインタビューを行いました。彼らの話を通じてわかったのは「生活の中での『気づき』と『社会をよくすること』を結びつけるアイデアと、それをサポートする仕組みさえあれば、誰でもソーシャルクリエイターになれる」ということです。
ソーシャルクリエイターとは、大小ある社会課題を「希望ある社会へのヒント」と捉え直すことで、解決しようとしていく人たち。本書には、35の事例が登場します。さまざまなプロジェクトをアイデアごとに7 つの視点に分類して紹介することで、自治体や教育機関、国際機関など多彩な立場の人に、ソーシャルプロジェクトの発想のツールとして使ってもらうことを意図しています。
アイデアを継続、発展させていくためにはマネジメントの仕組みと、それを役割分担しながら回していくためのチームの存在も重要です。この本の中には、小学生のときに起業した “ 小学生社長 ”、米山維斗くんが登場します。米山くんは小学3年生のときに分子構造に興味を持ち、それを当時友だちの間で流行っていたカードゲームと結びつけて、誰でも楽しめる化学記号の対戦型カードゲーム『ケミストリークエスト』を作りました。それを見たお父さんが、教材コンテンツの会社に紹介したことで、商品化へと結びつき、国際科学フェスティバルへの出展、そして世界でのアプリ展開にまで一気につながっていきました。周りの大人が製品化や戦略の部分をサポートしてくれたことで、米山くんが自分のアイデアを形にしていける体制が整っているんです。
広告会社にも、クリエイティブ、戦略、コミュニケーションデザイン、アカウントプランナーなど、ひとつのプロジェクトを形にするためのリソースがすべて揃っています。そういう意味で、広告会社はソーシャルプロジェクトを形にするのに最適な場所だと言えるのではないでしょうか。
企業と広告会社がチームを組んで課題解決
ソーシャルプロジェクトによって、これからの企業と広告会社の関係も変わっていくと思います。広告会社はこれまで企業から依頼を受けてクリエイティブやソリューションを提供する、受注型のビジネスを行ってきました。しかし、今後はテーマ協賛のような新しい形で、企業と広告会社が組んで仕事に当たっていくようになると思います。広告会社がある社会課題をテーマに立て、そこに賛同する企業の協賛を募り、集まった企業と共に、解決に向けたアイデアを開発したり、実行に向けたスキームを組んでいく。それは、互いが持つ知識やノウハウを提供しあうチームのような形になるはずです。報酬も成果報酬型になるなど、広告会社のビジネスも、どんどん合理的になっていくのでしょうね。
社会問題の解決のためのさまざまな知見は、企業の中にこそ多く眠っているはずですが、そのリソースの使い方やプロジェクトとしての動かし方にもノウハウが必要です。それがないために、せっかくの知見がうまく問題解決に生かされていないことが多いのではないでしょうか。そういうときこそ、広告会社やコンサルティング会社の出番です。広告会社はアウトプットまで含めて手がけることができますから、サポート面で企業の力になれることはたくさんあると思います。
職場からソーシャルな活動に関わっていく
近年のソーシャル分野への注目の高まりを受け、ソーシャルデザインを仕事にするための選択肢が以前よりも広がっています。かつては、自分で社会起業をしたり、NGOやNPOを自ら立ち上げる、転職するといった選択肢が中心でした。広告会社のコミュニケーション構築スキルやコンサルティング会社の事業構築スキルは、ソーシャル分野では特に不足しているために、活躍の場は無数にあります。本気で自分の志を実現するため、思いきって仕事を離れ起業や転職をした人たちが、いまのソーシャル領域を支えています。
一方で、本業のかたわら、個人の活動としてNGOやNPOを立ち上げたり、プロボノとして活動するという選択肢も存在します。私自身も電通に所属しながらNPO「2025PROJECT」を運営し、同時にプロボノで数々のソーシャル広告の仕事を手がけてきました。でも、プロボノはあくまでボランティア。もっと大きくコトを起こしたい、片手間でなく本気で取り組みたいという人にとっては、物足りない部分もあります。そこで、その間に浮上してきているのが「いまの自分の仕事の中に社会問題を解決する視点を入れていく」という第3の選択肢。自分の職場をソーシャルな仕事の現場に変えていく方法です。
私がプロボノを手がけるようになったのは、いまから約15年前。当初は社内でもほとんど理解を得られず、肯定的にとらえない人もいました。正直、会社を辞めるという道も何度も考えましたが、「会社自体を変えるように動いていった方がいい」と周囲のアドバイスに背中を押されて、役員へのプレゼン、社内での度重なる講演、プロボノの仕事で広告賞を獲るなど実績を積み重ねることで、徐々にその活動を認めてもらえるようになったと思います。2009年にはソーシャル領域のプロジェクトを手がける専門ユニット、電通ソーシャル・デザイン・エンジンが社内に発足しました。いまでは会社の重点領域のひとつとして大きな期待をかけられていると自負しています。
気づきやアイデアは個人のものかもしれません。でも、実行するときには多くの人や組織の力を生かした方が、大きなうねりにつながります。一人でも多くの人がそのことに気づき、たくさんのソーシャルワークシフトが起き、ソーシャルクリエイターがあふれる世の中になればと願っています。
福井崇人(ふくい・たかし)
電通ソーシャル・デザイン・エンジン代表。NPO2025PROJECTの代表理事。クリエイティブディレクター/アートディレクター。主なソーシャルデザインに難民キャンプに古着を送るプロジェクト「FAMINE」、夏至の日のライトダウン、朝日新聞社「ジャーナリスト宣言」、野生トラ保護プロジェクト「Tigers Save Tigers!」、ラブケーキプロジェクト、「COP10折り紙からのメッセージ」他。カンヌ、NYADC、ADCなど受賞多数。金沢美術工芸大学、熊本大学、上智大学、宮城大学非常勤講師。書籍のプロデュースに 『たりないピース』(小学館)『Love Peace & Green たりないピース2』(小学館)『エコトバ』(小学館)『世界を変える仕事44』(ディスカバー21)『この子を救うのは、わたしかもしれない』(小学館)ほか。
※3月23日・4月6日(2日間集中)ソーシャルデザイン実践講座もやります。講師は、電通ソーシャル・デザイン・エンジン 福井崇人氏、TABLE FOR TWO小暮真人氏。
【「ソーシャルデザインとは何か?」バックナンバー】
- 自分らしさや個性を生かして輝く女性たち
- なぜ、井上雄彦が表紙を描いたのか
- 広告界に起こるソーシャルワークシフト(こちらの記事です)
社会に働きかけたいけれど具体的に何をすればよいか分からないでいる人、アイデアに行き詰まりを感じている人、学生や主婦など、すべての「社会をよりよくしたい」という想いを抱いているすべての人に贈るソーシャルデザインの入門書です。
※書店には、25日(月)から順次並びます。