出発は明日。
今、僕はスーツケースにできるだけたくさん本をつめこみたくなっている。今まで手をのばせばそこにあった資料がないなんて、心細い。本だけでなく、そもそも、今まで培った人間関係やそれなりの立場やコピーライターとしての日本語能力もぜんぶ置いて行くことになるのだから、行ったら何も出来ないってことなのだ、きっと、新人時代に感じた無力感を四十になってもう一度味わうことになる…。
そんな恐怖心(大袈裟に言えば)がないわけではない。でも。だからこそ、僕は今ワクワクしているのだった。怖さを感じなければ、それを越えるときのドキドキワクワクもない。考えてみれば、クリエイターの必要条件は、クライアントよりも、生活者よりも、世の中の誰よりもドキドキワクワクしていることではないだろうか。
恐怖心に負けて、ドキドキワクワクを手放してはいけない。僕が大好きな言葉の一つに、アレックス・ボガスキー氏の“Fear is the enemy of creativity, innovation, happiness and love.”がある。そう、僕たちは、しばしば恐怖心に負けて、大切なものを手放してしまうのだ。
広告は、ドキドキワクワクしているだろうか。
ここ何年も個人的に思うのは、広告ビジネスが、高度に成熟したステージに来ているせいで、担い手である僕たち自身が、新しさにドキドキワクワクすることが難しくなってきたんじゃないかということだ。
これは致命的なことで、なぜなら、クリエイティブは流れ作業の改善やシステム化することでは、クオリティを上げられないからだ。各々のクリエイター自身がドキドキワクワクすることによってしか、良いアウトプットは生まれないのだ。ではどうすればいいのか。僕の答えは「迷ったら、ドキドキする方へ」。
もっとはっきり言うと「ちょっと怖い方へ」。やったことのないこと、見たことのないもの、会ったことのない人、しゃべったことのない言葉、その中に飛び込んで、自分の中のドキドキワクワクを呼び覚ますのだ。つまり、今までの自分を壊す快感、今までの自分を壊すドキドキ感によって、生まれ変わることなのだ。
Disruption(破壊)する広告会社?
僕は2010年に、博報堂からTBWA\HAKUHODOに移った。ここで出会った言葉が“Disruption(創造的破壊)”。TBWAグループの理念は「破壊」だという。つまり破壊活動する会社かあ、ちょっとこれ見よがしだけど、なかなかしゃれてるなあ。と思った。
どんなに良いブランドも、鮮度を失い、その輝きを失うときがくる。だから、次のステージへ行くために「創造的破壊」をして=変化を与えて、強いブランドに生まれ変わろう。という考え方(かなり僕の個人的な解釈入り)。
すんなり来たのは、これがブランドの話だけでなく、人生論として聞こえたからである。行きづまってる感じがするなら、壊せばいいじゃん、そんな時期にきてるんだから、と。
どちらかというとグラフィック系のコピーライターとして歩んできた僕が、そのころ感じていたモヤモヤ、すでに変わりはじめていた広告のカタチ、それに対する羨ましさ、いろんなものをまとめて吹き飛ばしてくれたのがDisruptionという言葉だった。
僕はそれ以後「無領域なCD」を自分のスローガンとして、様々なチャレンジを会社に許してもらい、やったことのない種類の仕事の中で、たくさんの新しい仲間に出会うことが出来た。
伝説の生まれる場所へ。
ロスのTBWA\CHIAT\DAYは、TBWAのグローバルネットワークの中でもひときわ目立つ拠点である。そこにいるのは、スティーブ・ジョブズの相談相手として“1984”や“Think Different”を生みだしてきた伝説のCD、リー・クロウ。
僕がはじめてカンヌ広告祭に行った1998年、プレス部門のグランプリはThink Differentで、表現としての凄さもさることながら、Apple復活という現象と一体となったそのスケール感に身震いした。
15年後、それが生まれた現場に自分が行くことになろうとは夢にも思わなかった。いったい、そのクリエイティブパワーの源泉は何なのか。少しでも多くそのヒントを探り、日本のクリエイティブが強くなるきっかけを持って帰りたい。
ロスの空に、海賊の旗をたなびかせたオフィスの下で行われるDisruption=破壊活動のスピリットを、みなさんにお伝えできたらと思う。言葉とか、年齢とか、領域とか、いろんな壁を壊して、大事なものを掴んできたい。そんなわけで、スーツケースは、できるだけ軽くすることにした。持って行くものより、持って帰るものの方が、はるかに多いはずだから。
【原田 朋「原田朋のCHIAT\DAY滞在記 ~リー・クロウの下で365日~」は隔週金曜日の更新です。】