グロスベヌール通り5353番地。
ロスには縁がなかった。一度、CMの音楽をつくってもらうのに3日間いたことがあるだけ。それだけに何もかも新鮮だ。東京と比べると、道は広い。建物は低い。だから空が広い。風景がパノラマだ。空気は乾いていて、砂っぽい。これは十代の頃にMTVで見ていたLAメタルのPVのまんまじゃないか。
家と家、建物と建物のあいだは離れ、街はざっくりとつくられていて、いろんなものを受け入れる懐の大きさがあるように感じる。めざすTBWA\CHIAT\DAYはロスの中心部を離れて空港の近くにあり、郊外の巨大倉庫がそのままオフィスになったようなものだという。
いよいよ出勤日の4月1日。朝起きて、クルマで埃っぽい道を走り、オフィスへ向かう、これも新鮮。東京やNYやパリと違い、ここではクルマがなければ何も始まらない。こんなに広いのに道路はたくさんのクルマで混んでいる。どこからこれだけのクルマが集まってくるのだろう。ロスの人には「クルマ離れ」というコトバの意味がわからないかもしれない。
大通りの通勤ラッシュの大通りを抜けると、CHIATのあるグロスベヌール通り5353番地が近づいてくる。黄色い巨大な建物が見えてきた。海賊たちのアジトだ。
別名、クリエイティブ・シティ。
迎えてくれたHR(Human Resources /人事担当)のブリトニーが、そのままオフィスをぐるっと案内してくれた。オフィスは外から見ても中から見ても巨大である。巨大なワンルームなのだ。
黄色く塗られたむきだしの鉄筋が、建物の骨組みになっている。立体通路が何本も通り、多層構造の中を人が行き来している。どの部屋も通路にむかって開放されており、立体駐車場の中に部屋がいっぱい入っているようだ。
年代物のクルマ。大量のサーフボード。バスケットコート。コーヒー飲み放題コーナー。生きた木のある公園。それは、楽しいガジェットがつめこまれた巨大なおもちゃ箱のようでもあり、活気のある小さな都市のようでもある(クリエイティブ・シティとも呼ばれるらしい)が、何と言ってもメインモチーフは海賊だ。
社員入り口にペイントされているのは大きなスカル。トイレのドアには男女の海賊。ここは世界中から500人の海賊が集まる海賊船なのだ。頭上にひろがった空間に、海賊たちの打合せの声や大きな笑い声が、いたるところから聞こえ響いている。東京の高層ビルのオフィスでは、こんなに声も響かないし、他の人と出会わないかもしれない。
船長の部屋。
オフィスの目抜き通りはクリエイティブの部屋が並ぶ。その先端、公園に面したところに、船長リー・クロウの部屋はあった。ガラス張りで開けっ放し、老成とか世界的権威などというイメージとは無縁の部屋だ。みんなが打合せに使っているそうだ。残念ながら今日は不在だという。それにしても、七十歳近い彼とひとつ屋根の下ではたらけるとはなんという幸運だろう。あせらず会える日を待つとする。オフィスツアーの後、滞在中の僕のスーパーバイザーとなるCDのカールに挨拶すると、早速ランチにつれていってくれるという。
歓迎ランチ。
ロスの人たちのファッションはだいたいTシャツ基調の超カジュアルだが、カールは袖にデザインの効いたジャケットを着こなした、お洒落でスリムな髭のジェントルマンだ。話し方も優しくて僕は一目惚れしてしまった。
彼のクルマで、オープンテラスのお店に着いた。ロスじゃ料理がいっぱいでてくるけど、全部食べるのがマナーなんだぜ。とロスがほぼ初めての僕をからかう。
聞けば、カールは東京の広告代理店にいたと言う。そのオフィスは目黒にあり、そのすぐ近くに僕の東京の家はあるのだ。巨大なアイスティを飲みながら目黒ローカル話がもりあがった。目黒で仕事をしていたカールが、今ロサンゼルスでCDをしている。目黒に住んでいる僕が、今ロサンゼルスに修業にきている。
ここは、財宝を求めて世界を旅する海賊たちが集まる、多国籍な海賊船なのだ。財宝とはもちろん、世界規模にでっかいブランド、世界規模にでっかい広告。リー・クロウという船長率いるこのCHIATという船は、今日も止まることなく進み続けている。どんな獲物にありつけるか、つまり、どんな経験ができるかは、それぞれの腕次第なのだ。
ウェイターが大皿を器用に何枚も抱えてやってくる。カールの言った通り、食べきれないぐらい山盛りのポテトフライが付いたラップサンドが来た。食べきれるだろうか?それはCHIATのスケールにたじろいでいる僕を、試しているようだった。
【原田 朋「原田朋のCHIAT\DAY滞在記 ~リー・クロウの下で365日~」バックナンバー】